第37話 真夜中の攻防!

「ごめんなさい!! ……ご迷惑を、お掛けしてしまって」


 バレルが去って、人も去った。喫茶店の前に立った俺達とトムディ、そしてルミル。『赤い甘味』に鍵を掛けると、真っ先にルミルは俺に向かって頭を下げていた。


「いや、謝られるような事は何も無いよ。気にすんなって」

「でも……バレルは一応、私達の身内なので……!!」


 とはいえ、向こうはあんまりそう思っていないみたいだけどな。バレルは何かのきっかけがあれば、ルミルやトムディを攻撃するつもりだった。……目を見れば、ある程度そいつが本気かどうかというのは分かるものだ。

 夕暮れの日差しが、頭を下げたルミルを照らす。その隣で、トムディは浮かない顔をしていた。……何かを後悔しているようにも見えた。

 リーシュは、バレルの事を余程嫌いになったようで、何やら怒りを見せていた。


「また、何かあったらすぐに私達を呼んでくださいっ!! グレン様、良いですよね!?」


 有無を言わさない様子で、リーシュは意気込んでいたが――……俺は微笑を浮かべて、リーシュの頭を撫でた。

 リーシュの気持ちも分かる。きっとこいつは、ルミルやトムディの事をもう友達だと思っているのだ。それはリーシュの性格があればこその想いだと思うし、尊い事だとも思う。……誰だって、仲良くなった人間が窮地に陥っている所を見たら、良い気はしないだろう。

 だから、俺は言った。



「いや。リーシュ、俺達は明日の朝、一番にこの街を出よう」



「――――えっ」



 リーシュが、呟いた。

 何にでも親身になるのはリーシュの良い所だし、サウス・ノーブルヴィレッジの人達も同じように、村の人達が一丸となって問題解決に望んでいた。それは、とても素晴らしい事だ。

 ……だが。それは、時と場合による。


「今回の件、俺達は直接的に何も関わっていない。攻撃されたとか何とか、そういう何かがあれば話は別かもしれないが……対象はマウンテンサイドの人達だ。そうだろ?」

「……そう、ですけど!!」

「なら、尚更俺達が首を突っ込んで、状況を悪化させる訳には行かないだろ」


 どうやら、気付いたらしい。はっとして、リーシュが顔色を変えた。

 確かに、協力すると言えば聞こえは良いが。少なくとも、俺達が外側から察して事情の全てを理解出来るような、簡単な問題では無さそうだ。その『ゴールデンクリスタル』が何なのかも分かっていないのに、簡単に同調する事もできない。

 俺達が手を貸す事で、必ずしも事態が良くなるとは限らない。……悪化する可能性だってあるんだ。リーシュは、その部分について配慮が足りていない。


「……悪化、するでしょうか」

「正直言うと、それさえ分からない。中身が分かれば、まあ協力出来ない事もないが……」


 俺は、ルミルを見た。……ルミルは、特に何も言わずに苦笑している。

 ……説明は、無い。

 あまり、関わって欲しいとも思っていないように感じる。恐らく、バレルの予想通り、ルミルは『ゴールデンクリスタル』とやらを持っている。だが、それが何なのかは悟られたくない。そういう事なんだろう。


 なら、俺達はここで引くべきだ。……元々、こういうのは俺の本業としてやるべき事だ。頼まれれば、金を取ってやるべき仕事。何も、セントラル・シティに集まるミッションだけが俺達の仕事じゃない。

 サウス・マウンテンサイドで仲間を引き入れる事も諦める訳だから、むしろ金額的にはマイナス。無駄足を踏んだということだ。……まあ、リーシュにそこまで把握しろとも言わないが。



「――――本当に攻撃されなければ、の話っスけどね」



 スケゾーが呟いた。……スケゾーは、事態を良く理解している。リーシュには意味が伝わっていないようで、きょとんとしていたが。

 俺は、ルミルとトムディに手を振った。


「それじゃあ。まあ、元気でな」

「はい。どうか、お気を付けて」


 ルミルは苦笑して、俺達に頭を下げた。

 今夜は宿に戻って、明日の朝にセントラル・シティまで戻る。……そこから先は、別の街へとヒーラーを探す旅に出なければならない。……くそ。ランニングコストが増えて行くな。

 まあ、これは必要経費だ。仕方ない。パーティーにヒーラーが加われば、一先ずランクEの呪縛からは抜けられるだろう。その先を目指さなければ。


「グレン!!」


 ふと、トムディに声を掛けられて振り返った。トムディは思い詰めたような様子で、両の拳を握り締めて、僅かに震えていた。潤んだ瞳から感じられるのは、渇望の色。

 その様子に、ほんの少しだけ、驚いている俺がいた。


「君は、すごいよ!! 周りから何を言われても、そんなに堂々として、強くいられる君はすごい!!」


 こういうのは、慣れない。俺は誰かの師になれるほど、強い存在ではないと思っているから。


「僕でも、やれるかな!? …………どうすれば、君みたいになれる!?」


 だが、その瞳は決意に満ちていた。全てを投げ打っても構わないとさえ思っている男の顔だった。その期待と願いのようなモノを背負えると、思った訳では無かったが。……それでも、自分の事を尊敬してくれているのだという事実に、少しだけ安堵感のような感情はあった。


 だって、そうだろう。人は前に進む。俺の後ろで、俺を目指してくれる人が居るという事は、その分だけ俺が前に進んだという事実に他ならない。

 ならば、返さなければな。

 道は違えど、同じ獣道を歩く人間の一人として。

 笑顔には、ほんの少しの信頼を。そして、俺を尊敬してくれるトムディに、精一杯の敬意を込める。



「諦めんな、トムディ。諦めさえしなければ、チャンスはどこかにあるさ。…………盲目に努力しろって言ってんじゃねえぞ。頭を使えよ。頭を使って、やれる事を全部やるんだ。やれる事が無いなら探せ。…………そうすりゃ、きっと見付かるさ」



 それは、トムディにとって期待されていた言葉だったのだろうか。…………俺には、分からない。

 だが、不安そうな顔で俺を見ていたトムディの表情が、笑顔にはならずとも、少しだけ晴れやかな色を見せた事に、俺は安心した。

 トムディは、涙を浮かべていた。


「解った!! …………ありがとう!!」


 辛い時期は、誰にでもある。挫けてしまいそうな時だって、何度でもある。出来る奴と出来ない奴のたった一つの違いは、そこでへこたれるか、そうでないかだ。

 やれる事がある限り、人は先に進む事が出来る。……それは、可能性だ。俺達は、可能性を掴む為に日々を生きているようなものだ。

 同じ場所を踏まずに、全ての道に足を置けば、暗闇でも道は見えて来る。


「…………トムディさん」


 リーシュは笑うでもなく、真剣な眼差しで、俺達の事を見ていた。



 *



 グレンオード・バーンズキッドが、サウス・マウンテンサイドの宿で、既に寝静まった後の出来事だった。

 山の木々に囲まれた煉瓦造りの町並みは夜も更けて、すっかりと静まり返っていた。疎らに見えていた民家の明かりも消え、遂にふくろうの音も聞こえ始めていた。今は雲に隠れている月も、南から来る暖かい風に吹かれて、直に顔を出すだろう。


 高低差のある土地に街を作っている以上、階段と坂道はどうしても多くなってしまう。石や煉瓦に囲まれた街の通り、城へと続く陸橋の下で、その陰に隠れて一人、魔法を練習している青年がいた。

 トムディ・ディーンは一人、月明かりで地面が照らされる場所で、自身の魔力を高めていた。


「…………【ヒール】!!」


 青白い光がトムディの周囲を覆ったかと思うと、その足下に魔法陣が描かれる。トムディの杖が眩く光り、やがてそれはトムディの体力を回復――――…………

 …………させる事はなく、トムディの尻が宙に浮いた。


「ちくしょう……また失敗だっ!!」


 だが、以前と違い、そのまま浮き上がり、着地出来ないという状況にはならなかった。トムディの身体は橋の天井に引っ掛かって止まり、魔法を解除すると同時にトムディは今一度、落下する。


「でっ!!」


 地面に激突すると、トムディは衝撃を受けた。頭を抱え、大事が無いように努める。

 既にトムディは全身汚れていたが、気にもしていないようだった。庇った身体を再び起き上がらせると、地面に落とした杖と王冠を拾い、もう一度魔力を高めた。


「今のは駄目だ。多分、魔法陣の中で機能していない部分があるんだ。それを探さないと……」


 念仏のようにトムディは呟いて、解を探す。一途な瞳に、決意を込めた。


「もう一回だっ…………!!」


 トムディの練習している橋の上を、黒猫が通り過ぎた。だが、そんな事をトムディは気に留める様子も無かった。猫が歩いた事にさえ、気付いていないかもしれない。トムディは、それ程に集中していた。

 そんなトムディの様子を、建物の陰から眺める男が居た。トムディは、その事に気付いていない――……男は今し方現れ、そこにトムディが居る事を発見した様子だった。


「…………【ヒール】!!」


 再び、トムディの尻は浮き上がる。今度は直ぐに魔法を解除し、落下の衝撃を軽減するトムディ。

 トムディの様子を見ていた男が、建物の陰から顔を出した。


「お前、まだそんな練習してんの?」


 気付いて、トムディは男を見る。

 白色に近い金色の髪は、月明かりに照らされて輝いていた。反面、褐色気味の肌は光を吸収し、男の印象をより一層暗くさせる。月光を背に受け、厭味のある笑顔を称えた男は、一部の民族が着るような――――複雑な模様の描かれたマントから、指輪だらけの右手を出した。


「クールじゃねえな」


 バレル・ド・バランタイン。

 トムディは直ぐに立ち上がり、不気味な影のある、その男を見詰めた。


「才能ねーんだって、いい加減に諦めろよ。お前一人、いつまでも立ち止まってる訳にゃ行かねえんだぜ?」


 バレルはにやにやと口元を動かし、トムディにそう言った。トムディの眉が一瞬動くが、トムディはバレルの言葉に動じていない様子で、正面からバレルを睨み付けた。


「僕は諦めないよ。…………僕は強くなるんだ、絶対。…………あっさり聖職者の道を諦めた、君と違ってね」


 その言葉に、バレルは笑みを消した。

 山風が、トムディとバレルの頬を撫でる。バレルはトムディを指差した右腕を、夜空に向かって高く持ち上げた。まるで面白くないと言ったような瞳で、死んだようにトムディの事を見ていた。

 トムディは緊張したような様子で、その場から身動き一つ取れずに居るようだったが――――…………


「――――ふーん?」


 パチン、と、持ち上げられたバレルの指が鳴る。瞬間、トムディも魔法を使っていた。


「【ヴァニッシュ・ノイズ】ッ!!」


 トムディは踵を返し、バレルから一目散に逃げ出した。その身を震わせる程の、黒く渦巻いた魔力――――戦ってはいけないと、トムディは思ったようだ。

 逃げ出すトムディの脚に、足音はない。高低差のある街を活かし、直ぐに建物の陰に身を隠し、階段を駆け上がる。

 だが、階段の上には別の人影があった。


「うわぁっ!!」


 階段の上からトムディに飛び掛かった人影は、そのままトムディを階段下の地面まで蹴り飛ばし、同時に組み伏せる。その頃になってようやく、トムディは人影の正体を目にする事になった。

 人間にしては、明らかに重過ぎる身体。押さえ付けられたトムディの四肢は、動かせる状態ではなかった――……感情の無い石造りの瞳が、トムディをぎろりと睨み付ける。


「ぎゃぁっ――――――――」


 目の色を変えてトムディが叫ぶよりも速く、石像の魔物はトムディの首を締め付けた。トムディの両手は自由になったが、発された声は一瞬にして虚無に紛れ、途切れた。

 バレルはその様子を確認して、トムディに向かって歩いた。


「へえー…………そう。…………それで、いつになったら出来るようになんの?」


 トムディは、目を白黒させてバレルを見ていた。……それがバレルの呼んだ魔物だという現実に、気付いたようだった。


「そんなオモチャみてーな魔法じゃ、何も出来ねえよ。ああ、可哀想なトムディ。助けも呼べない非力さよ」


 石像の魔物は、トムディの首を締め付け続けている。トムディは両手で、どうにか石像の魔物の腕を退かそうとした。だが魔物の力は強く、苦戦していた。

 バレルは、そんなトムディの様子をせせら笑った。


「『ゴールデンクリスタル』の場所、お前なら知ってるかと思ってさ。教えて貰いに来たんだ。…………まあ、言わないと殺しちゃうかも? そろそろ時間が無くてね、さっさと言ってくれよ」


 魔物の腕が、トムディから離れる。…………『ゴールデンクリスタル』の居場所を吐かせる為だろう。瞬間、トムディは咳き込み、涙を浮かべた。

 バレルを睨み付けると、トムディは杖を握り、バレルに向けた。


「聖職者に悪魔の魔物なんて、馬鹿にしてるのか!? …………【サンクチュアリ】!!」


 瞬間、トムディの両手が爆発した。


「あぐっ…………!!」


 魔法は失敗した。トムディは更なる痛みに顔を歪め、遂に杖を取り落とした。バレルは堪らずに吹き出した。


「コントか!! いやー、面白いぜ、それ。セントラルでやったらウケるかもしれないじゃんよ」


 石像の魔物が、トムディの腹に拳を減り込ませた。

 トムディが、唾液を吐き出した。


「――――――――調子に乗ってんじゃねえぞ、ドベが」


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