第30話 そこのけそこのけ聖職者様が通る
そんなこんなで俺は再び、冒険者依頼所まで来ていた。
ラグナスとキャメロンが居ない事が、冒険者依頼所までの道程をこれ程気楽にさせるとは思わなかった。これまで、リーシュと二人でミッションを探しに来れば、必ず奴等二人のうちどちらかが居て、やれ女の子を紹介しろだの、俺を魔法少女にしろだのと訳の分からない事を言って来るので、気が重かったものだが。
奴等、酒が入るとむしろ正常になる位だからな……変態とは恐ろしい。それでも酒に付き合ってしまう俺のお人好しさよ。
冒険者依頼所には幾つかのブロックがあって、依頼書の張られる場所っていうのは全体の一部に過ぎない。名前が付いて区切られている訳ではないけれど、長椅子があって座れるような場所があり、そこで冒険者達は待ち合わせなどが出来るようになっている。パーティーとは言え寝食を共にする奴ばかりではないので、これもセントラル・シティの配慮というヤツなのだろう。
「依頼書コーナーだけ見てりゃ狭くも感じるが、こうして見ると、ホントに広いもんだな……」
元々俺がパーティーメンバーを探していた場所でもある、長椅子の一区画を見た。俗に『斡旋の間』とも言われる場所で、ソロの冒険者でも人数規定のあるミッションを受けられるように、臨時でパーティーを組む為の待ち合わせ場所である。
…………また、この場所に訪れる事になろうとは。
俺は覚悟を決めて喉を鳴らし、冒険者依頼所の中を歩いた。
「むしろ、今までは避けてた雰囲気ありましたからねえ」
「言うな。俺にだってトラウマってもんがあるんだ」
斡旋の間に向かうと、どうしても近くに立っていた冒険者が振り返り、俺を見る。
「おい、あれ。『零の』……」
「ああ……グレンオードだ」
すっかり有名人だな、俺も。
人を自分のパーティーに誘うなど、何年振りの事だろうか。あの時は、ソロで潜り込むしか無かったが……今はリーシュがいる。二人とはいえ、パーティーである事に変わりはない。ソロで潜り込もうとすれば、人数が多いグループが精神的に有利な事もあって、どうしても『選定される』側になってしまうものだが。
今の俺は、『選定する』側なのだ。そのような気合いを持って挑まなければ。
俺は双眸を見開き、慎重に『斡旋の間』に集う冒険者達を観察した…………!!
ケース一。眼鏡を掛けた青年聖職者の場合。
俺は脳内でそんな台詞を再生し、黒髪の冒険者に近寄った。全身見るからに修道士系の装備に身を包んで、華奢な身体つきをしている。
「よう、あんた、聖職者で間違いないか?」
「やあ。君は……噂の、『零の魔導士』じゃないか」
笑顔が引き攣る。
「今、ソロのヒーラーを探しているんだ。ちょっと、話でもしないか?」
「ミッション同行の依頼なら、ランクE辺り五セルで請け負っているよ」
男は笑みを浮かべて、俺に紙切れを寄越した。ええと……これは、こいつの冒険者としてのスキルを書いたものだ。使える魔法から立ち回りまで、細かく記載されている。
おいおい……ランクE辺り五セル、ランクD辺り十セルって……。殆ど、こっちの儲けは無いに等しいじゃないか。この間の巨大トリトンチュラの一件でさえ、二人で十セル相当だ。あれがランクEだったから、三人でパーティーを組むと半額近く持って行かれる計算になる。
今の俺達じゃ、二人掛かりのミッションは重い。リーシュと二人で一人分のミッションをこなす状況だと、報酬はこいつの総取りだ。
「あー……えっと、そうじゃなくてさ。長期で仲間として組める奴を探してるんだ、報酬はメンバー毎に折半で」
眼鏡の男は苦笑して、首を横に振った。
「そんな事を考えているのか。残念だけど、それじゃあ話にならないな」
少し、俺の癪に障った。それでも、俺は笑顔を殺さずに耐えていた。眼鏡の男はあからさまに俺を挑発するような態度を見せる。
「まあ、僕にそれだけのメリットがあるかどうか、って話かな。僕は回復魔法も使えるし、支援魔法も一通りこなせるからね。君に僕を使うメリットはあっても、僕には無いって話だと、リスクリワード的な等価関係はダイレクトに築けないという事もあるし。大体、パーティーにおけるヒーラーの役割って他のメンバーからは下に見られがちだけど、実はメンバーの命を直接的に左右する極めて重要な職業で、そもそも論理的な価値観とイマジネーションから考えても総合的なイニシアチブと上下関係は寧ろヒーラーの方にあると思」
「おお、すまねえな。他を当たるわ、ありがとう」
おい面倒だな何だコイツは。
男の話を遮って、俺はその場を離れた。……あの先黙って話を聞いていたとしても、何か良い事が起こるとは到底思えなかったからだ。
……しかし、メリットか。確かにそうかもしれない。ヒーラーなんて入れたいパーティーは際限なくあるだろうし、ここは少し実力の無さそうな――……出来なさそうな奴を誘って、育てて行く作戦に切り替えた方が無難か。……お、あれなんかどうだ。
ケース二。背の小さい、頼りなさそうな聖職者を発見した。……少女か。少し、肩に力が入る。
「……よ、よう。あんた、聖職者で間違いないか?」
「はい、お仕事の依頼でしょうか」
少女は、さっきの男ほど仕事が出来そうな空気を纏っていない。装備もそこまで派手なものではないし、一般階級なのだろう。多分。
リーシュより小さい。俺の鳩尾辺りに彼女の顔がある……少し、怯えられているような気がした。
「あー……実は、長期でパーティーが組めるヒーラーを探しているんだ。こう見えても俺は前衛としちゃ割と出来る方で、回復魔法を鍛えるには持って来いじゃないかと思っているんだが」
「ご、ごめんなさいっ!!」
何故か謝られた。……くそ、勧誘ってのは何というかこう、精神的に来るモノがあるな。
「あの、今は単発のお仕事しか受け付けてなくて……」
そう言って、俺に紙切れを寄越す少女。……さっきの男も、こんなプロフィールみたいな紙を俺に渡して来たな。聖職者業界って、そういう物なのか……?
俺は少女に渡された、スペック情報を見て――――…………えっ。
「こ、これ、あんたの……?」
「はい、一応、ミッションはランクBから請け負っていまして……もし良かったら」
滅茶苦茶出来る聖職者だった。
嘘だろ、この見た目で、この装備で……? ランクBって言ったら、もう俺達の受けられるミッションのレベルを完全に超えている。報酬の配分は相変わらず割高だが、そんな事は関係無く、俺には手が出せない……。
「ご、ごめん。なんか勘違いしてたわ、ありがとう。他を当たるよ」
「ごめんなさい、お役に立てなくて……そうですよね、ランクBじゃ、お兄さんでは満足出来ませんよね」
迂闊にも、『前衛としちゃ割と出来る方で』なんて言ってしまった自分を呪いたい。……いや、どうだろう。挑戦した事が無いだけで、意外とランクBくらいのミッションなら俺にも……そんな事を言っている場合じゃないか。どの道リーシュが居るのだから、俺が可能でも仕方がない。
なんて事だ。さっきの眼鏡の男もそうだが、昨今のソロ事情ってこんなにレベルが高いのかよ。
ケース三。緑髪の、背の高い男の場合。
「よう。あんた、聖職者で間違いないか?」
「おおー!! もしかして、『零の魔導士』!? マジで!? ウケる!!」
「すまん、他を当たるわ、ありがとう」
俺は素早く身を翻して、男に手を振った。
*
「世知辛いな、聖職者事情……」
冒険者依頼所を出て、俺はどうしようもなく、そんな事を呟いていた。スケゾーが半笑いで、俺の頭を撫でていた。
「いやー、すげえっスね……報酬半額以上って、常識的な話なんスかねえ」
「足下見てんなあ、自分達がパーティーの要になるって知ってて……」
そういえば、『斡旋の間』にはソロの聖職者が沢山居て、優秀で価格の安い人間から順番に引き抜かれている様子だった。もしかしたら昨今、ヒーラーがパーティーの仲間に入っている事って、あんまり無くなっているのだろうか。
この様子だとソロの方が、パーティーを組んでいる時より儲かるみたいだからな。それもあるのかもしれない……。
……本当か? 本当にソロの方が、パーティーよりも得って事があるのか? ……うーむ。
もし、そんな裏事情があるのだと仮定すれば。仮にこれから聖職者を育てても、パーティーから離れて行ってしまう可能性がある、という事だろうか?
通りを歩きながら、俺は考えていた。そろそろ昼飯を食う時間だから、リーシュを起こしに行くか。……しかし。何の収穫も無いんじゃ、これからの予定も立てられないしなあ。
スケゾーが俺の肩で、腕を組んで唸った。
「うーん……それに、ソロで参加してる聖職者のレベルも高すぎるっスよね。あれじゃ、内側に入って貰っても申し訳無いだけっスからね」
「そう、それも問題なんだよな……」
出来ないってのは、まだ良い。出来過ぎているのだ。俺はどうだか知らないが、この状況でヒーラーを加えれば、リーシュは間違いなくパーティーの足を引っ張る。一人だけ戦えないというのも、リーシュにとってはストレスだろうし……。
これは困った。今の俺に、課題は二つあるという事になる。一つは、ソロとして雇う以上のメリットを持たせなければ、ヒーラーがパーティーメンバーとして定着してくれない、という点。そしてもう一つは、どうにか俺達のレベルに合ったヒーラーを探さなければ、入れても仕方がない、という点。
どうしたら良いんだ。……どちらも、これといって有効な対策が思い付かない。
こうなったら諦めて、ソロのヒーラーを加えても、ちゃんとした報酬が得られるようなミッション選びに精を出すべきなのか。
「スケゾー、一旦宿まで戻って、リーシュを連れて来よう。……どの道、そろそろ昼飯だしな」
「そっスね。呼んで来ましょうか?」
「ああ、頼む――――…………」
瞬間、細い路地から人が飛び出した。
俺は咄嗟に避けようと身体を反らしたが。既に時は遅く、そのまま横から俺に激突する。
身体のバランスが狂って、お互いによろめいてしまった。
初めに見えたのは、茶色のローブ。いや、ローブと言うよりボロ布と言った方が、まだ正しい表現の内に入るだろうか――……俺に激突すると、フードを被っていた人間の顔が俺の視界に入った。
肩くらいまでの、カールの掛かった金色の髪。以前見た時のような艶やかさは既に無く、裏路地の煤埃に塗れて、すっかり汚れてしまっていた。
目を見開いた。目の前に居る少女の顔を、俺はよく覚えている。
「…………ヴィティア?」
一瞬の出来事だった。すぐにその少女は俯いて顔を隠し、一目散に大通りを走って行く。俺に声を掛ける事はなく、また今は誰の制止にも耳を貸さないように思えた。
俺の目が悪かっただけだろうか。……もしくは、よく似た人物だったのだろうか。それは、判別が付かなかったが。
少女は、泣いていたように見えた。
「ご主人、あれって…………」
「あ、ああ…………」
スケゾーと二人、呆然と、少女の走って行った方角を見た。何があったのか、聞く余裕も無かったが……あれは本当に、ヴィティアだったのだろうか。
……………………ん?
ヴィティアと思わしき少女が走って行った方角。その視界の片隅に、見覚えのある小さな建物があった。前にリーシュが初めてミッションを受けた時、俺が入った喫茶店だ。テラスに並んだ席には、今日もそれなりに人が入っている。
『あ、本店がサウス・マウンテンサイドにあるんですけど、最近は魔物が多いので、こっちに移動しているんですよー』
そうだ。前に話した時、店に居た女の子が、そんな事を言っていた気がする。
「スケゾー。……確か、サウス・マウンテンサイドってさ」
「修道士の集まる街っスよね」
スケゾーも覚えていたか。
元・我が家の間近にあったから、あまり訪れる事の無かった街、サウス・マウンテンサイド。俺とスケゾーの記憶が確かなら、あの場所には修道士が集まるはずだ――――と過去に聞いた事がある。冒険者志望の聖職者が居るのかどうか知らないが、少なくとも聖職者志望の若者は集まっているはずだ。
そうか。セントラル・シティに聖職者の養成施設が無いのは、すぐ近くにサウス・マウンテンサイドがあるからじゃないのか。
「もしかしたら、だけどさ。修道士の時代から仲良くなっておけば、パーティーとしても参加してくれたりとか、するかな」
「ソロ活動する前ならって事っスか。……確かに、あるかもしれないっスね」
レベルの方は、間違いなく良い人材を引けるだろう。問題なのは、もう一つの課題――……ソロとして雇う以上のメリットを持たせなければ、ヒーラーがパーティーメンバーとして定着してくれない、という点だが。
よく考えてみたら、これも解決可能かもしれない。
結局、ソロ活動の方が稼げると言っても、連中からしてみたら得体の知れない前衛を盾にする、という事になる訳だからな。自分で自分の回復も出来るとはいえ、リスクは大きいはずだ。それを承知の上で、下手な奴とパーティーを組むよりはソロの方が気楽だからソロになる、というルートなんだろう。
ということは、だ。パーティーとして信頼できる人間が現れるのなら、ミッションの単価を下げても安全を取った方が良い、という選択はある。損得勘定で考えるなら、やっぱりパーティーとしてのメリットはちゃんとあるんだ。
声を掛けてもかすりもしなかったのは、既にソロ活動をしている聖職者の所に声を掛けに行ったから――……なのかもしれない。
「パーティーとしてのヒーラーは、やっぱり居る筈だと思うんだよな。そんなに大掛かりなパーティーを組んだことは無いから、よく分からないんだけどさ」
「まー、可能性はあるっスよね。良いんじゃないっスか?」
「だな」
俺とスケゾーは、互いに笑みを浮かべた。
サウス・マウンテンサイドに行ってみよう。
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