第28話 治安保護隊員さん、こっちです

 俺の拳は、それなりに本気で入ってしまった。にも関わらず、何食わぬ顔で爺さんは立ち上がり、砂埃の中から姿を現した。

 殴られた痕すらない。その事実に、俺は少しだけ衝撃を受けた。


「グレンオードか。……強くなったな。大したものだ」


 そう言われて、気付いた。

 この爺さん、俺の事を知っている。……それも、『零の魔導士』としてじゃない。グレンオード・バーンズキッドの事を……誰かから、聞いているんだ。

 俺がこの爺さんと出会うのは初めてだ。という事は、師匠繋がりか。よく考えて見れば、『滅びの山』に住居を構えるなんて事、そこそこ腕の立つ冒険者でなければ、成立しない事だ。

 強いのか、この爺さん。……全くそんな気配を見せなかったが。


「お前の師匠が会いたがっていたぞ。……たまには、帰ってやれ」

「爺さん……師匠の、何なんだ?」

「なに、古い友人でね。昔はよく、一緒に魔物と戦ったものだ」


 爺さんはそう言うと、俺達の前を通り過ぎ、門を開いて洋館に入った。


「全く。頼んでも居ないのに依頼書など出しおって……煩いったら無いわ」


 んん? ……『滅びの山』の被害届を出したの、この爺さんじゃなかったのか。確かに、何だか分からないが強そうな雰囲気が全身から漂っている。という事は、依頼をしたのは別の人間だから、俺の報酬も大丈夫なのか。……良かった。

 爺さんは振り返って……何だ? まだ何か、話す事があるのか。


「……年寄りの戯れ言だと思ってくれて、構わんが」


 そう前置きを置いて、爺さんはラグナスを指差した。


「お主は腕力も魔力も申し分無いが、動きに無駄が多過ぎる。……もっと、滑らかな動作を気にしてみては如何かな」

「むっ…………」


 ラグナスが面白くなさそうな顔をしている。続いて、爺さんはリーシュを指差した。


「お主は、まずは型から勉強した方が良い。自分が『こうありたい』と思う剣士を見付け、そうなれるように努力をすると良いかな」


 あれ? リーシュは今回、一度も戦っていないのに…………。見ただけである程度、相手の実力が分かるのだとしたら。結構、いやかなり、強い人だぞ。

 こんな人が、リーシュの師匠になってくれたら。リーシュの上達も、早いんじゃないかと思えるが……。ここまで通わせるのは相当厳しいな。やるとしたら泊まり込みになるか、セントラル・シティまで来て貰わないといけない。

 宿泊費とか、教育費とか……金が幾ら掛かるか分かったもんじゃない。今は頼めないな。

 俺は内心、苦笑していた。


「は、はいっ!! 精進します!!」


 リーシュの言葉に、爺さんは不敵な笑みを浮かべた。


「本当に強さが必要になった時は、尻を振って私を呼ぶといい」


 やっぱり、稽古を付けて貰うのは別の人に頼もう。そうしよう。




 *




 結局、ラグナスとの賭けは全く成立せず、最終的に俺とラグナスは、報酬の十セルをそれぞれ受け取り、この一件を終えた。

 リーシュに変なトラウマが出来なければ良いと思ったが、意外にもリーシュは平気そうだった。これは、俺にとってプラスな出来事である。賭けに勝った時の金額を考えると半分になってしまったが、一応正規の報酬は貰えた事だし、今回は良しとしようと思う。


「何故ッ…………!! 何故、駄目なんだっ…………!!」


 他には。

 ラグナス・ブレイブ=ブラックバレルが、共に酒を飲み交わす友達になった。

 いや、正しくは……友達にはなっていないのだが、酒には付き合っている。


「そもそも、誘い方が悪いという事に何故気付かないんだ?」

「何故だ!! 『脱いでくれ』をやめて、『触らせてくれ』に変えたというのに!!」

「いや、そういう事じゃなくてな?」


『滅びの山』では再三喧嘩もしたが。結局の所、ラグナスは俺を飲みに誘うし、俺もラグナスの飲みに付き合っていたりする。理由は簡単で、こいつが変な事をした時に危険になるのはリーシュなので、俺は定期的に監視をしているという訳だ。

 最も、ラグナスにそんな気は微塵も無いだろうが。念には念である。

 結局、『高級な蒸留酒』は一瞬で飽きたのか、今は俺と同じラムコーラを飲んでいるラグナスが、ラムコーラのジョッキでテーブルを軽く叩いた。


「貴様が居なければ、リーシュさんは俺のモノだったと言うのに…………!!」

「いや、別に俺が居なかったとしても、リーシュはお前の所には行っていなかったと思うぞ」

「クソッ……グレンオード・バーンズキッド……!! 俺も綺麗な身体の女の人が欲しいっ……!!」

「お前、本当に最悪だな……」


 リーシュの爆弾発言のせいで、ラグナスはすっかり俺とリーシュが付き合っているものだと思っている。……残念ながら、そんな度胸は俺にはない。


「ラグナスには、『引き』が足りないんスよ、『引き』が。押してばっかりじゃ、女の子も疲れちまうっスからねえ」


 スケゾーがラムコーラを飲みながら、そう言った。リーシュは部屋で休んでいると言うのに。……実に、酒の匂いがすると何処にでもやって来る魔物だ。

 ラグナスはすっかり酔っ払って、スケゾーを睨み付けていた。


「何ッ!? ならば、どうしたら良いのだ!!」

「こう言うんスよ。…………『俺に触れるなよ。お前の指がホットだぜ?』」


 せめて火傷って言えよ。


「なるほどっ!! 試して来る!!」


 え、ちょっと。…………止める暇も無く、ラグナスは代金を支払って、酒場を出て行ってしまった。俺は溜め息をついて、ラグナスの出て行った扉を眺めた。


「あーあ……あれ、後で怒鳴り込んでくるパターンだぞ。どうすんだよ」

「へっへっへ。……いやー、慣れて来ると面白いっスね、あいつは」


 すっかりスケゾーのオモチャにされてしまっているラグナスであったが。……まあ、この際だから行ける所まで行ってしまえ。

 ついこの間も、俺は必ず自分だけのハーレムパーティーを作るんだとか何とか路上で叫んで、危うく治安保護隊員に捕まる所だったからな。もはやあいつに怖いものなど、何も無いのだろう。

 そう考えると、元から無かったような気もするが。

 そういや、俺が見た時に誘われていた女魔導士は、今頃セントラルを離れているんだろうか。あれから見掛けないな……見掛けても話はしないだろうけど。


「おう、グレンオードじゃないか」


 その声は…………キャメロン。

 何度か酒場で見掛けていたが、他の武闘家と話している様子だったから、話し掛けられなかった。相変わらず、ゴツい身体をしている……。武闘家だから、当たり前なんだけども。

 ラグナスの座っていた席に座ると、キャメロンは笑みを向けた。

 こいつは本当に、ただの良い武闘家だから気が楽だ。……何故、ラグナスの仲間になったのだろうか。


「どうだ、その後は」

「まあ、ぼちぼちかな。キャメロンこそ、ちゃんとラグナスから報酬を貰ったのか?」

「ああ、その点については大丈夫だ。元から、半額ずつ分配する予定だったからな」


 俺に負けたらどうするつもりだったんだ。……いや、負けているのだが。結局、あれは同時だってジャッジが出ちまったからな。誰が見ても分かる時間差を付けられなかった、俺の責任だ。

 決して、ラグナスの剣の方が早いという事はなかった。確実に。


「そういえば、暫くラグナスとパーティーを組んでみようと思うんだ」

「え? …………マジで?」


 あの『滅びの山』のミッションで、こいつに良い所は何も無かったと思うんだが。……何か、通じる所でもあったのだろうか。


「俺は俺で、ちょっと武闘家の領域を離れて、やってみたい事が出来てな。ソロだと厳しいから、ラグナスと行動しようかと思っているんだ」

「へえ……そうなんだ」


 そう話すキャメロンの顔は輝いていた。余程自分にとって重要な何かを見つけたのだろう。

 そういえば、俺は『滅びの山』でキャメロンが戦う所を一度も見ていない。俺とラグナスの動きに付いて来た辺り、それなりに動ける男なんだろう、とは思っているけれど。

 まあ、キャメロンなら大丈夫だろう。


「乾杯しようぜ」

「おう、乾杯!!」


 俺とキャメロンは、ラムコーラのジョッキを鳴らした。

 ラグナスは本当にどうしようもない男だったが、俺にはキャメロンという、新しい友達も出来た。これでも、魔導士相談所に篭っていた時代を考えると、信じられない事だった。

 まともな人間というものは、どこかには転がっているものだ。


「それで、武闘家じゃない何かを始めるって?」

「そうだ、それで少し、相談したい事があったんだよ。話を聞いてくれないか」

「ラグナス以外のことなら、何でも」

「確かに。それで?」


 二人、笑い合う。

 誰かと酒を飲み交わす事が、楽しいと思える日が来るなんて。今度、リーシュもこの場所に連れて来てやろう。

 リーシュは早く寝る奴なので、夜の酒はあまり得意ではないかもしれないが。

 俺は、飲み干して次を注文するつもりで、最後のラムコーラをぐい、と口に含んだ。




「魔法少女になる方法ってあるのか?」




 俺はラムコーラを吹き出した。


「うえっふ!! げっふん!!」


 奇遇にも、スケゾーが全く同時に酒を吹いていた。堪らず咳き込む――……目を白黒させて、俺はラムコーラのジョッキをテーブルに置いた。


「……………………どうしたの!?」


 それしか聞けない。

 キャメロンは全く真剣に、悩んでいるようだった……何だ、この嫌な予感は。俺は一体、どうすれば良いんだ。


「実は今までの『武闘家』っていう道に、陰ながら疑問を覚えていたんだ」

「おう…………それで?」

「俺は、このままで良いのかなって。俺の人生、武闘家だけで終わりで良いのか。もっと大切な何かを、始める事が出来るんじゃないのか」

「そう思う事もあるだろうな…………それで?」

「そして、思ったんだ。『これはもう、魔法少女しかない』って」

「すまん、急に意味が分からなくなったんだが」


 開いた口が塞がらない……!!

 キャメロンの地味につぶらな瞳が、俺を見る。若干タラコ唇気味な口も、身体中の筋肉も。……決して、線が細いとは言えない。こいつの線が細いなら、世の全ての男は線が細い事になってしまう。その位、太い。

 いや、無理だろ。こいつに女装は……!! いや、女装じゃないのか!? 魔法少女って何!? どういう職業なの!?


「一体お前に何があったの!? 考え直せよ!! いや、直してください!!」

「無理でもいい!! 俺は……試してみたいんだ!!」

「試すとか、そういう問題じゃねえよ!! 魔法『少女』って時点で無理だろ!! 違和感覚えろよ!!」

「何なら、『まじかる☆きゃめろん』でもいい!!」

「一体何が譲歩されたんだ!?」


 頼む、考え直してくれ…………!! せっかくできた友達だったんだ!! これ以上、俺の周りに変態を増やして堪るか!!

 キャメロンは首を振って、ラムコーラのジョッキをテーブルに置いた。腕を組むと、若干顔を赤らめて――……やめろ!! そんな目で俺を見るなアァァ!!




「あの時、お前に被らされたウィッグ。あれに…………ドキッ、と来たんだ…………!!」




 俺の責任!?


「バッ…………バカー!! おま、何でよりにもよって魔法少女…………ふざけんな!! そんなにやりたきゃ、勝手にやってくれ!!」

「俺の近くに魔導士って、お前しか居ないんだよ!! 頼む、この通りだ!! どうか俺を、立派な魔法少女にしてくれ!!」


 キャメロンは俺の腕を掴んで、立ち上がって逃げようとする俺の邪魔をする…………!! 何で!? この酒場が悪いの!? どうして俺の周りにはこんなのしか現れないの!?


 俺は、叫んだ。




「知るかァァァァァ――――――――!!」

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