第20話 それがミッション……ではない

「待ってくれ…………よ!! もう君しか頼るアテが無いんだっ…………!!」

「知るっ…………かっ…………!! 離せっ…………!!」


 酒場の外。俺は、ラグナス・ブレイブと名乗る男に腕を引っ張られていた。

 まさか、追い付かれるとは。素早く酒場の店主に金を払い、出て来たと言うのに。お前もお釣りを受け取らなかったクチか……!!


 こいつと関わってはならない。直感的に、俺はそう感じていた。何よりも、こいつの発言と行動に触れてはいけないと、身体が拒絶反応を示している。

 だが、どうやら、俺と奴の力は拮抗しているらしい。ラグナスは懸命に俺の腕を掴み、逃げようとする俺の邪魔をしていた。


「そうだ!! 今日は君と宿を共にしよう……どこに泊まっているんだい!?」


 くっ。スケゾーが居ないとはいえ、この俺の腕力に付いて来るとは…………!! リーシュの危機を救った時といい、残念ながら実力はそれなりにあるらしい…………!!

 俺は歯を食い縛り、どうにか奴の魔の手から逃れようと、自身の腕を引っ張っていた。何処に泊まっているか、だと…………!?


「異世界っ…………!!」

「そりゃまた、随分な拒否の仕方だね…………!!」


 互いに、一歩も引かない。譲らない。酒場の外でそんな事をしているもんだから、人が……人が……集まって来ちゃったじゃないかよ……!!


 何だ何だ。酔っ払いの喧嘩か。そんな声が、何処からか聞こえてくる。次第に、俺の焦りも増して来た。

 くそ……!! 唯でさえ俺は、『零の魔導士』呼ばわりされてセントラル・シティじゃちょっとした有名人になってしまったんだ。これ以上、汚名に汚名を重ねて堪るかっ…………!!


「てめえと同じ宿に泊まるなんざ、死んでも御免だっ…………!!」

「俺は諦めないぞ…………!! グレンオード・バーンズキッド、君はこの俺の従者になるのだ…………!!」


 名前を呼ぶなこの野郎!! 何処まで俺を貶めれば気が済むんだっ!!


「グレンオード? 聞いた事あるぜ……」

「あいつだよ、ホラ。魔法の飛ばない……」


 端々で、俺の噂が立ち始めた…………!! どうする、俺…………!! どうやってこの騒ぎを揉み消せば…………!!

 いや、どうやってこのラグナス・ブレイブ=ブラックバレルとかいう名前の男を殺すのか、それが問題だ…………!!


「……あ……」


 えっ?

 ふと誰かが呟いて、俺はその娘を見た。……さっきの、ラグナスがナンパしていた女魔導士だ。俺とラグナスの様子を見て、青褪めた顔をしていた。


「何故拒否するんだ!! 俺は君を、俺の桃源郷へと連れて行こうとしていると言うのに!!」


 直感的に気付いて、俺は自身の顔が歪んで行くのを抑えられなかった。

 まずい…………!! この展開は、不味過ぎる!!

 何が不味いって、この台詞、さっき女魔導士が勧誘されていた台詞と被ってるんじゃないのかって、そういう話で…………!!


「つ、ついに男にまで手を…………」


 いやああああああ――――――――!!


「おフッ…………!?」


 俺はラグナスを殴った。名前を呼ばれた挙句、こんな訳の分からない展開に俺を巻き込みやがって……!! さっきまで引っ張られていたのに、唐突に顔を殴られたラグナスはバランスを崩し、その場に尻餅をついた。

 その男の上に、馬乗りになる。……殴る。……殴る。気が付けば俺は、鬼神の如き表情でラグナスを殴っていた。


「やめろっ……!! グレンオフッ……ド!! やフェブんだッ……!!」


 まだ喋るか。俺はあんまり加減していないのに、とんでもない男だ……!! しかし、こうなりゃ意識を失わせて、何処かに転がして逃げるしかないっ……!!

 俺がこいつと同種でない事を周囲に示すにはもう、その選択肢しか残されてはいないんだ!!

 ラグナスは俺に、右手で制止を掛けた。……いけない、流石にやり過ぎたか? 既にラグナスの顔は面影もない程に変形していたが、しかし。


「分かった!! 分かった!! グレンオード・バーンズキッド、君の事は諦めよう!!」


 やっと、分かって貰えたか……!! 俺は思わず安堵して、ラグナスの上から離れようとした。


「その代わり、あのビキニアーマーの女の子を俺にくれ!!」

「死ねっ!! 死んでお前の父ちゃんと母ちゃんにお詫びするんだ!! こんな変態に育ってしまってごめんなさいと言えエェェェェ――――ッ!!」


 再び俺は、ラグナスを全力で殴り出した。


「ご……ご主人。どうしたんスか、これ……」

「あァ!? ……おおスケゾー、良いところに!! こいつを海に沈めるのを手伝ってくれ!!」


 ん? ……いや、待て。スケゾー、だと?

 俺は殴るのを止め、周囲の状況を確認した。騒ぎを聞き付けて人は集まり、俺とラグナスを囲うように見ていた――……何でスケゾーがここに? 俺は確かに、リーシュの方に付いていてくれと言ったはずで……や、やばいっ!!


 確かに言った。俺は、情報収集と飯のために、酒場の方へと向かうと……セントラル・シティの酒場と言えば、この大衆居酒屋が一番有名で、人に聞けばすぐに分かる所にある。

 確かにリーシュは、『ここに来ると言っていた』が…………!!


「グレン様……? だ、大丈夫ですか!?」


 人混みを掻き分け、美しい銀髪の少女が登場――――してしまった。俺は駆け寄ろうとするリーシュを左手で制して、叫んだ。


「逃げろリーシュ!! 早く!!」


 猛然と、ラグナスが俺の拘束を解いて、立ち上がった……な、何という馬鹿力だ……!! こいつの女の子に対する希望と下半身に関する欲望は底無しか……!?

 変形した顔が一瞬にして、元の美貌を取り戻した。怪しげな気持ちの悪い動きでステップを踏むと、ラグナスはリーシュの足下に跪いた……!!




「服を――――脱いでくれないか」




 直球勝負か!! もはや身も蓋もねえな!!

 リーシュは落雷に打たれたかのような顔で驚愕し、その場から一歩、後退った――……




「――――――――ミッション!?」




「ちがう!!」




 思わず、俺は叫んでいた。

 ラグナスは諦めない。流れるようにリーシュの左手を奪おうとして――……リーシュは両手に荷物を下げている。今、手の甲にキスをしようとしただろ、この変態剣士。

 胸に手を当てて、リーシュを称えるように右手を差し出した。


「君を、俺のハーレムパーティーの一員として、迎えたいんだ!! どうだい!? 報酬はそこのアホ魔導士の倍は出そう!!」


 さらっとアホ魔導士とか言ってんじゃねえよ!!

 リーシュは難しそうな顔をして、頭に疑問符を浮かべていた。首を傾げて……口を、開く。


「…………お茶会ですか?」

「パーティー違いだよォォォ!! どうしてここで間違えられるんだアァァァ!!」


 はっ……!? しまった、俺はリーシュを護らなければいけない立場なのに、気が付けば頭を抱えてリーシュにツッコミを入れている……!!

 流石に取り乱し過ぎだ。余りに異常な状態だからなのか、珍しくスケゾーが俺の背中を撫でている……俺は咳払いをして立ち上がり、埃を払った。

 そうだ。俺は取り乱している場合なんかじゃない。よく考えろ。この変態剣士とリーシュを鉢合わせると、何が起こるのか…………!!


「いや、パーティーって、冒険者の、という意味なんですが……」


 リーシュのヴォケっぷりに、流石のラグナスが引いている!?


「あっ…………えっと、ごめんなさい!!」


 サウス・ノーブルヴィレッジの時から見ていた、腰から倒す深すぎるリーシュのお辞儀が炸裂し、ラグナスは為す術もなく、その拒否にショックを受けていた。


 俺は既に、ラグナスとリーシュに向かって走り出していた。ようやく冷静になった俺には、この先の展開が理解出来るようになっていた。

 そう。こいつは、言葉に大変な問題を抱えている。一刻も早く、リーシュをこの場から連れ出さなければ!! 余計な事を言う前に…………!!


「私、グレン様のモノなので……パーティーは、組めません」


 それ来たぞオォォォォ――――――――!!


 俺はリーシュを腰から担ぐように持ち上げ、全速力でラグナスから逃げた。


「待てエエェェェグレンオード・バーンズキッドォォォォ――――――――!! 貴様ァァァ殺ォォォ――――――――ス!!」


 我も忘れて全力でセントラル・シティの大地を駆け抜け、我武者羅に通りの脇道を抜けて走った。




 *




 …………どれだけ走っただろうか。


 ラグナス・ブレイブ=ブラックバレルは、恐るべき変態剣士だが、その実力だけは紛うこと無き本物だった。スケゾーの戻って来た俺が筋力で負ける訳には行かず、そしてそれは無事に達成されたのだが、それでも奴の驚異的な嗅覚を完全に誤魔化すには、相応の時間を必要とした。

 集合住宅の脇にある、ゴミ捨て場。俺はすっかり青褪めた顔の汗を拭きながら、どうしようもなく地面にへたり込んだ。


「つ、疲れた…………」

「あ、ありがとうございます。担いで貰ってしまって」


 ようやく地に足を付けたリーシュが、俺に頭を下げていた。……いや、良いんだ。そう言いたかったが、息が切れていてそれ所ではなかった。

 どうにか呼吸を落ち着け、溜め息をついて空を見上げる。……もう、すっかり暗いじゃないか。明日は少し遠出して、まともなミッションを受けようとしているんだ。さっさと休みたい。


「あの人、何なんですか……?」

「さあ……俺にも、よく分からん……」


 少なくとも言えるのは、リーシュが狙われていたって事だ。あれだけはっきりと拒絶されれば、流石にもう俺達に構ってくる事はない……か? 分からないが……

 俺は立ち上がり、尻を払う。適度に首のストレッチをして、ポケットに手を突っ込んだ。


「…………まあ、宿に戻るか」

「はいっ!!」


 そうして、俺とリーシュは歩き出した。

 今日は、大変だった。一日がとても長かったように感じられる。セントラル・シティに着いたと思ったら、始めからこれでは。……全く、先が思いやられるというものだ。

 ふと、俺はリーシュに視線を向けた。


「……ところで、その両手の荷物は?」


 問い掛けると、リーシュは顔を赤くして、俯きがちに答えた。


「あ、これは……えっと、私って、くたびれた服しか持ってないので……グレン様の隣を歩くなら、これでは駄目かと思って……ですね。今日のお給料で、買っちゃいました」


 ラグナスが聞いたら、俺を殺しそうな台詞である。……少し、俺は感激してしまった。

 自分の好きなモノを買っても良かったのに。……まあ、金が無いから買っていなかっただけで、服が好きなのかもしれないが。そう言われると、金を与えた身として悪い気はしない。

 リーシュは俺に、苦笑を向けた。


「おかげで、今日のお給料は無くなっちゃいましたけどね」


 いやいや。それでも、俺のために金を使ってくれるなんて感動だ。

 思わず顔が綻んでしまった俺だったが――――…………ん? ……ふと、気付いた。


「…………それにしても、多くないか?」

「あ、それと携帯用の調理器具とかですね。お宿が無い時にも、ご飯が作れればと思って」


 それも嬉しい。俺は旅に出ると、基本的に魔物や猛獣を狩っては焼いて食う位のモノだからな……しかし。


「…………それにしても、多くないか?」

「はいっ。頑張っちゃいましたっ」


 多いだろ。……どう見ても、一セル以上は掛かっているように見えた。……いや、でもなあ。俺がリーシュの私生活に口を出すのも、どうかと思うが……

 ……いや、やっぱり気になる。聞かずにはいられない。


「もしかして、ホントに馬小屋で寝泊まりなんかになってないよな。……ちゃんと、宿は取ってるんだろ?」


 無粋だっただろうか。場合によっては、嫌がる女の子だって居るかもしれない……リーシュの目を見るのが、少し怖い俺だったが。

 ちらりと、リーシュの目を盗み見る。…………仰天して、リーシュと目を合わせてしまった。

 透き通るような丸い金色の瞳が、真っ直ぐに俺の方を見ていたからだ。


「あれ? ……あ、あれっ? ごめんなさい、私、宿はグレン様が用意して下さっていると……」

「えっ? ……だって俺、宿は別だって言って……」


 …………いや、待てよ。


『まだ朝だからな。傭兵依頼所……じゃない、冒険者依頼所に行けばミッションが残ってるかもしれない』

『はい、見てみますっ!』

『じゃあ……宿に荷物を置いて、一時間後にまたここで待ち合わせしよう』

『…………? はい、分かりましたっ!』


 ――――――――言ってない。


 俺、宿を別々にするって、言ってない。


 そうか、あの時に若干リーシュが疑問符を浮かべていたのは、そういう意味か……『同じ宿に泊まるのに、何で一時間後に待ち合わせするんだろう』ってことか……!!

 いや、待て待て待てよ。それって…………

 スケゾーが俺の肩を叩いて……見ると、親指を立てていた。


「ご主人。……オイラご主人の事、少しだけ見直しました」


 俺は、開いた口が塞がらなかった。




 *




「はい、二名様ご案内いたしますー」


 そう言われて、通された部屋。受付嬢に勘違いされて、わざわざ空いているダブルベッドの部屋を提案して下さった。床で寝ようと思って構わないと言ったのだが、空きが無くなったと言われた。……おかしいだろ。何で予約してんのに空きが無くなるんだよ。

 ツインルームに変えてくれと言ったら、受付嬢に『女の子に恥かかせんじゃねぇよ』と物凄い顔でキレられたので、仕方なくダブルベッドを許可した。……のだが。


「めっちゃピンク…………」


 思わず、俺は呟いた。

 スケゾーが期待に胸を躍らせているようで、輝かないはずの目がとても輝いていた。

 リーシュは…………。


「…………あ、あはは…………」


 駄目だ。顔を真赤にして、頭から湯気まで出ている。……もう何も喋れない様子だった。


「…………俺、床に寝るから」

「だ、駄目ですよ!! だったら私が床に寝ますから!!」

「それは駄目だって!! 明日はミッションを受けるんだから、お前はちゃんと寝とけよ!!」

「グレン様だって同じじゃないですか!!」


 引く様子はない。

 …………あー。

 これは、あれだ。俺は今夜も、眠れないパターンだ。

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