第19話 何故、この街には俺の

 日が暮れる手前には、リーシュのミッションは終わった。冒険者依頼所を出ると、リーシュはほくほくとした笑顔で、五千トラルの入った袋を握り締めていた。


「は、初めて……!! 初めて、ミッションの報酬を貰ってしまいました!!」

「良かったな」


 ミッションの報酬は二分しないで俺が貰うと言っておきながら、今日の報酬は全額、リーシュに受け取らせた俺である。……まあ、俺はミッションに参加していないからな。これは純粋に、リーシュの報酬で良いだろう。


 満足して貰えて、何よりだ。……果たしてどの程度、リーシュが灯台作成に協力出来ていたのかという問題については、激しく疑問が残る所だが。半日掛かって、石を三つしか運べなかったからな。

 まあ、ビキニアーマーが周囲の活力を底上げしていたのは確かか。もう剣士を辞めて、踊り子か何かにでもなればいいのでは。


「じゃあ、明日の朝までは自由行動にしよう。明日は二人で出来る、もっと本格的なミッションを受けに行くぞ」

「はいっ!! 私、頑張ります!!」


 元気の良い返事に、俺は思わず笑顔になってしまった。こいつ、本当に昨日は馬車で眠っていたんだよな。体力は底無しなのかもしれない……違うか。魔力が枯渇すると何処でも寝るから、何処でも体力回復できるってだけの話か。

 しかし、今日は面白くないモノを見てしまった……俺はリーシュと手を振って、別れる。

 別れ際に、リーシュが言った。


「あ、グレン様。今晩は、どちらにいらっしゃいますか?」

「ああ、とりあえずは飯と情報収集に……酒場の方に、向かうつもりだけど」

「じゃあ、後で私もそっちに行きますねっ!!」


 …………かわいい。

 ビキニアーマーを脱いだリーシュはどことなく清楚で、思わずどきりとさせてしまう笑顔を見せた。

 俺は軽く胸の辺りを叩いて、飛び跳ねた感情を静める…………しっかりしろ。笑われるだけでドキドキしていたんじゃ、これから身が保たんぞ。

 まあ、仲間が増えればリーシュと二人って事は、中々無くなるんだろうが。

 …………増えるのか、仲間。増えなかったら、もしかしてこのまま。

 いや、それはない。落ち着け、俺。


 リーシュと別れると、俺は一人、日の暮れたセントラル・シティを歩き出した。景気付けに、露店で一杯のラムコーラを頼む――……ぐい、と口に含むと、豊かな甘味が広がった。


「はい、五百トラルね」

「まいど!!」


 …………ふー。ラムコーラがうまい。


 リーシュの笑顔が可愛かったので、嫌な事を思い出すのはもうやめよう。


「しかし、昼間のあれは、すげーイケメンだったっスねえ」


 思わず、スケゾーを殴りそうになってしまった。


「そうだな。お前の主人とは天と地の差か?」

「いや、ゴブリンとリザードマンくらいの違いっスかね」

「分かり難いな!! どうでも良いだろそんな微妙な差!!」


 ふと、スケゾーが視線を止めた。その先を、思わず俺も見てしまった。

 あれは――……噂をすれば、さっきのキザな剣士じゃないか。昼間の格好そのままで、今は大きな紙に絵を描いている。描かれているのは……女魔導士だ。満更でもない顔で、ポーズを取っている。


「ねえー、もう描けたー?」

「もう少し、待ってくれ。今、君の美貌を記録している所だよ」

「えへへ…………描き終わったら、パーティー組もうね。明日はミッションに行くの」

「勿論だ!」


 別に何を考えている訳でも無かったが、何故か口の端が歪んだ。


「やっぱ、イケメンは違うっスねえ」

「そうだな。お前の主人とは天と地の差か?」

「ハーレムボーイと頭も撫でられない男の差っスかね」

「露骨だなお前」


 くそ。違う。俺は、あいつのように女をはべらせて喜ぶような趣味を持っていない。ただそれだけだ。

 …………本当は、よく分かっているが。

 心なしか、剣士と女魔導士の間にはハートが飛び交っているように見える。……ああ、寒い寒い。さっさと酒場に行って、俺は屈強な男共と酒でも飲み交わそう。

 今日は、羽目を外し過ぎないようにしないと。と言いつつ、持っているラムコーラの消費量が急に増える俺だった。


「そうだ、スケゾー。……お前、リーシュの方に付いていてくれよ。何かあったら俺に知らせてくれ」

「了解っス。……その優しさが、当人の前でも現れると良いんスけどねえ」


 余計なお世話だ。と思っている間に、スケゾーは闇に消えた。

 あの男を見ていると、リーシュもまた、誰かからナンパに遭ってもおかしくないように思えてしまう。……ん? いや、パーティーリーダーとしてだぞ。仲間の安全を思っての事だ。

 …………くそ。金髪剣士のせいで、調子が狂う。


「出来たぞ、完成だ!!」

「わー、見せて見せて!!」


 俺はイケメン剣士と女魔導士の横を、足早に猫背で通り過ぎた。


 …………あれ?


 異変を感じて、俺は立ち止まった。…………何だ。急に、周囲の空気が冷えたぞ。


「ラグナス? …………これは?」


 女魔導士の声が聞こえて、思わず俺は二人の様子を再度、見てしまった。


「この世で最もビューティフォウな、君さ…………!!」


 一見、何も変わらないようにも見えたが……違う。剣士の方は今までと同じだが、女魔導士の方は笑顔が凍り付いている。ラムコーラのジョッキを口に付けた状態のまま、俺は事の成り行きを見守っていた。

 女魔導士は、拳を握り締めていた。




「なんで、裸なの…………?」




 あまりの衝撃に、俺はラムコーラを吹いた。




「おふんっ!! げふんっ!!」


 何だ。俺の目の前で今、一体何が起こっているんだ。


 女魔導士の冷たい笑顔にも気付かず、剣士はその美しい顔で彼女の前に跪き、自身の胸に手を当てていた。剣士の背後には薔薇が咲き、もうじき日も完璧に落ち切るだろうに、何故か僅かながら光を放っているように見える。

 剣士は、女魔導士に手を差し伸べた。


「君の美しさは、着衣では語り切れない!! 偽りじゃない、素顔のままの君が知りたいんだ!! そして、俺は!! 君と――――××××したいっ!!」




 変態だったアアァァァァァ――――――――!!




 こいつ変態だったアアァァァァァ――――――――!!




「……………………」


 絶句して、既に女魔導士は言葉を失っていた。剣士は全く気にもしていない様子で、相変わらず光を放っていた。


「俺は、君がヘブッ!?」


 ああ、殴られた……まあ、当たり前か……


「パーティーの話…………忘れて? 良いわね? また追い掛けて来たら殺すわよ?」


 女魔導士は剣士の描いた絵をビリビリと破き、最後に剣士を蹴って、何処かに歩いて行った。剣士の男は顔を蹴られたのが予想外に痛かったのか、頬を両手で押さえて地面で悶え苦しんでいた。


 …………はっ!? やばい、早く俺も逃げよう…………!! このままここに居て、何かの間違いで話し掛けられでもしたら…………!!

 決して、仲間だと思われる訳にはいかない!!


「君は…………グレンオード・バーンズキッド…………!!」

「ギャアアアァァァァァ――――――――!!」


 俺は全速力でダッシュし、その場を後にした。




 *




 ふー。……とんでもないモノを見てしまった……。


「おう、お兄ちゃん、いらっしゃい。ワンドリンク制だよ!!」

「ラムコーラを、くれ……」


 走り過ぎて、息が切れていた。それほどに、衝撃的な出来事だった……何だったんだ、さっきのは。何かの悪夢だとしか思えない。

 ようやく酒場に辿り着いた俺は、ラムコーラのジョッキを受け取ると、ふらふらと席を探した。……驚愕だ。まさかこの街に、あんな変態が居たなんて。しかも、俺の名前を呼ばれたような。

 俺は頭を抱えながら席に着いて、ラムコーラを飲んだ。


「おお、ここに来ると思っていたよ。グレンオード・バーンズキッド」


 対面に、奴は居た。


「ギャアアアァァァァァ――――――――!!」


 立ち上がろうとした俺の腕を、すかさず掴む男。酒盛りしている男達。席が狭すぎて、逃げ場がない…………!!

 金髪の男は格好良く俺にウインクをして……いかん、鳥肌が。


「まあ、そう逃げるなよ。君に、良い仕事の話を持って来ているんだ」

「…………仕事?」


 さて。唯でさえリーシュに家を壊された身で、貯蓄も放っておけば何れ無くなる事が分かっている今の俺に、選択肢は二つ、転がっている。

 ひとつ。……この、衝撃・爆弾発言男の話を聞く。

 ひとつ。……今すぐ席を立ち、リーシュと合流する。

 …………くっ。仕事と聞けば思わず腰を下ろしてしまう、俺の見境の無さよ。

 仕方なく、俺はその場に座り直した。


「お前、何なんだよ。何で、俺の名前を知ってる?」

「勿論、知ってるよ。――――『零の魔導士』グレンオード・バーンズキッド。使える魔法がゼロ個の、憐れな魔導士だったね」

「違う」


 何故か、わざわざ座り直してやったのに馬鹿にされている俺だったが。金髪の男はニヒルな笑みを浮かべて、頭上に指を――……パチン、と鳴らすと、酒場のウエイトレスを呼んだ。

 間もなく、ピンク髪のウエイトレスが慌てて駆け寄って来た。……新人か。何度かここに来たことはあるが、俺はその少女を初めて見る。


「はい、お待たせいたしましたっ!!」


 何処からか取り出した薔薇の花を持ち、男はウエイトレスにウインクをした。


「――――高級な蒸留酒を、彼にも」


 普通、高級な蒸留酒は『高級な蒸留酒』って名前では無いと思うが。


「すいません。うちにウイスキーは、『ザ・セントラル』しか置いてないのですが……」

「それでいいよ」


 それ、高級だったっけ……? どうなんだろう。まあいいか。金髪の男は俺に酒を振る舞うが……俺は別にラムコーラでいいよ。変な物飲むと、悪酔いするから嫌なんだけどな。

 さらりと自身の金髪を撫で、男は言った。


「初めまして。俺は、ラグナス・ブレイブ=ブラックバレル。実は少し、困っている事があってね。君に協力を依頼したいんだ」


 仕事って、お前の頼み事かよ。

 思わず、苦い顔になってしまうが……こいつ、装備は結構良いんだよな。鎧にしてもそうだし、剣にしても……強そうだし、金を持っていそうだ。この話、一応聞いておいた方が良いのだろうか。


「……何の、協力だよ」


 腕を組んで、金髪の男……ラグナス・ブレイブ=ブラックバレルは、溜め息をついた。額に汗を浮かべて、焦ったような様子だ。


「こう見えて、実はまずい事が起こっていてね。……正直、気が気じゃないんだ」


 …………おや? ラグナスの態度からして、意外と大変そうだ。

 何が起こったと言うんだろうか。犯罪でも犯したか? ……もう、そんな方向にしか考えられない俺がいたけれど。

 ラグナスは顔を隠し、低い声で呻いていた――……そういえば、リーシュを助けた時、こいつは剣と鎧の姿で現れていた。まさか、魔物と戦っている最中だったとか……セントラル・シティに暴れる魔物を連れ込んだとなれば、そりゃ大変な騒ぎだろうが……


 俺は、固唾を飲んだ。




「どうしてっ…………!! どうしてこの街には、俺のファンクラブが無いんだっ…………!!」




 ……………………えっ。


「光と雷の魔法を使える剣士なんだぞ!? 装備も優秀、強さも申し分無くて、将来の勇者候補で、その上この顔だ!! 普通は女の子の方から、『ステキ!! 抱いて!!』ってなるもんじゃないのか!?」


 俺は、席を立った。

 駄目だ。こいつと一緒に居ると、俺までおかしな人間判定を受けてしまう…………!!

 素早くラムコーラのジョッキを持って立ち上がる…………くそ…………ラグナスの手が俺の腕を…………!!


「おいグレンオード・バーンズキッド!! 俺の話を聞いてくれ!!」

「知らねえよ殴るぞてめえっ!!」


 涙ながらに、ラグナスは己の無念を訴えていた。


「女の子ばかりのハーレムパーティーが……セントラル・シティに来たら、出来る筈だったんだ!! 誘った女の子だって皆、初めは良い顔して近付いて来るんだ!! それなのに……『脱げ!? 死ね!!』だの、『キスしたら末代まで呪う』だの、『寄るな変態』だの……俺が一体、何をしたって言うんだ…………!!」

「いや、お前が何をしたのかは相手の発言にはっきり現れているだろうが!! 悔い改めろ!!」

「しかもこんな、使える魔法がゼロ個の魔導士なんていう、ネタみたいな男にまであんな可愛い子が居るというのに…………!!」

「お前ほんと殴るぞ!? 俺のゼロはそういう意味じゃねえよ!!」


 本当にこんな事で悩んでいる人種が居るのか!? とても同族とは思えん…………!! いや、あまりに下らなさ過ぎて、魔物にだって居る訳も無いだろうが…………!!

 と言うよりも、こいつの顔なら普通にしていれば女の子なんか幾らでも寄って来るだろうに。

 ラグナスが俺の手を離してくれない…………俺は溜め息を付いて、再び席に座った。

 もう心底どうでもいいが、一応アドバイスをしてやるしかないか。


「…………さっき見てたけどさ。そもそも、何で裸から始まるんだよ。おかしいだろ」

「女性の彫像は皆、服を着てないじゃないか!!」

「時代背景を混同して考えるんじゃねえ!!」


 駄目だ。どれだけ平静を装っても、勝手に顔の方から歪んで行ってしまう。ラグナスは調子を取り戻したようで、酒を一口含むと、さらりとした金髪を撫で付けながら言った。


「そこで……!! そこでだ!! 君を、仲間に引き入れたいんだ」

「何で、俺なんだよ……」


 ラグナスは不敵な笑みを浮かべて、言う。


「ほら、粗暴な君と一緒に居れば、俺の美しさが更に映えるだろう…………!?」


 俺は素早く手を隠して立ち上がり、その場から逃げた。


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