第9話    「後で私の部屋に来なさい」

「……ぁふ」

「眠そうだな」

「! す、すみません!」 


 あくびで開いた口をおおってると、ヴェルツさんに声をかけられた。仕事中にあくびをしちゃうなんて、気がゆるんでる証拠だよね。もっと、緊張感を持たないと。


「寝不足か?」

「はい、ちょっと夜更よふかししてしまいました」


 ついつい図書館から借りた本を読んでたら、やめ時がわからなくなって。一冊読み終わったときには、真っ暗だった空が明るくなってたんだよね。


「仕事には支障がないようにします」

「そうか」


 ヴェルツさんは軽くうなずくと、今日屋敷に届いた食材を物色する作業に戻った。私はというと、時々飛んでくる彼の指示通りに調理場内のそれぞれの場所に物を置いていく。例えば、干し肉は一カ所に集めてつるすとか、痛みやすい葉野菜は地下貯蔵庫に。

 地下貯蔵庫なんてこの世界に来て初めて見たけど、最初に入るときは秘密基地みたいで少しドキドキしたよ。地下に一部屋分の空間があるんだけど、そこで長期保存したい物とか痛みやすい物を保存してる。地下だから温度が低くて一定で、そういったことに向いてるみたい。冷蔵庫のかわり、なのかな。

 冷蔵庫がないと氷も手軽に手に入らないけど、不便じゃないのかな? ……この世界の人達の中では、それが普通なのかな。


 だいぶ分別できたけど……あとどれくらい残ってるのかな?


「クガ、ちょっと来い」

「はい」


 手に持ったイモを運び終わって振り返ったら、ヴェルツさんに手招きされた。寄っていくと、中型の木箱が一つだけ残ってた。


「お前、これを使ういいアイディアないか」

「これ、ですか?」


 近寄ると、ヴェルツさんが木箱のフタをとった。そこには見覚えのある赤い果実がギッシリ入ってた。表面はつやつやかがやいてて、水滴をこぼしたらきっと綺麗きれいに弾くはず。


「リンゴ?」

「は? リンゴってなんだ」


 え? 違うの? どこからどう見ても、おいしそうなリンゴなのに。

 そのまま布でみがいてかじりついても十分食べられそうなくらい、瑞々みずみずしい。


「これはライトアップルだ」

「そうなんですか」


 こっちの世界ではそう呼ぶんだ。


「この時期にしか採れないパンプ王国の名物だ。酸味が若干あるが、あまみがそれを上回る実だ。これを使って、料理を考えろ」

「お菓子かしでもいいですか?」

「ああ」


 リンゴを使った料理は知らないけど、お菓子かしなら作れる、かな。

 せっかくだから、レンガでできてるかまを使ってみようかな。本当はオーブンとかあればよかったんだけど、この世界には電気が通ってないからそんな便利なものはないみたい。うまく使いこなせればいいんだけど。


「その、かまを使ってみたいんですけど」

「あ? お前みたいなヒヨッコが使いこなせるのか」

「……自信はない、です」


 ヴェルツさんの眼光がするどくなってる。ああ、やっぱり無茶だったかな? うまく使いこなせもしないのに言い出すとか、失礼だったよね。


「…………俺がやる。お前は指示を出せ」

「! ありがとうございます!」


 それなら失敗する可能性がグンと下がるよ! ヴェルツさんは日頃そのかまでパンを焼いたりしてるから、上手に調整してくれるはず。


「必要なのはなんだ」

「オーブンにかけても平気な食器はないですよね?」

「何する気だ。当然ないに決まってるだろ」

「ですよね……」


 ヴェルツさんが窯でパン以外焼いてるところ見たことないから、そうじゃないかなとは思ってたけど。……そっか、ないなら普通の焼き菓子しかできないかな?


「貴族御用達ごようたしの菓子専門店でもない限り、この国ではそんな高い物は持ってない」

「……高いんですか?」

「大体、一つでお前の3年分の給金だ」

「!?」


 まだ給料をもらってないから一ヶ月いくらなのかわからないけど、すっごく高価だってことは十分伝わってきた!

 それはこの屋敷にはないよね! ……ここも十分大きな屋敷だとは思うけど、それでも個人で持つには高価すぎる食器だよね。


「わかりました。とりあえず、小麦粉とエルタックミルクと砂糖と塩、あと朝告げ鳥の卵にバターをください」

「わかった」


 気を取り直して、できそうな物を作ってみよう。俊敏に材料を用意してくれてるヴェルツさんも、目を期待でギラギラ輝かせてることだしね。


 まずはバターをクリーム状になるまで木べらでしっかりる。ちょうどよくなったら、そこに砂糖とほんの少しの塩を加える。そしてまた色が白く変わるまで混ぜる。

 できたら、朝告げ鳥の卵を割って溶き卵にして、そこに入れる。ここで一気に卵を全部入れちゃうと、分離してうまく混ざらない。面倒くさくても数回に分けてそのたびにしっかり混ぜる。


 お菓子はちょっとしたことでも、丁寧ていねいにやればやるほどおいしくなるからね。手を抜かないでやらないと。


 卵がうまくなじんだら、次は小麦粉。ダマにならないようにこれも数回に分けて入れる。木べらでサックリ混ぜたら、今度は手を使って一つにまとめる。

 これで、生地の完成。しばらくの間生地は放置して寝かせておく。


「パンでも作るつもりか? いや、だが菓子だったな」

「菓子パンもひかれますけど、違いますね」

「なんだその菓子パンってやつは!」

「お菓子みたいに食べれるパンのことです。……今度作ってみましょうか?」

「ああ!」


 料理のことになると、本当に人が変わるよねヴェルツさんって。普段厳いかつくて頑固がんこそうな空気だしてるのに、今は無邪気な少年みたいな反応してるんだから。


「これでしまいか?」

「いえ、今からその生地に合わせる物を作ります」

「そうか。そこにライトアップルを使うのか」

「はい」


 リンゴ……ライトアップルを水洗いしてから8等分に。種としんを取ってから、それをさらに五ミリくらいの厚さに切っていく。ちなみに皮はむかない。そのほうがいい色が出るんだよね。

 それを小鍋に入れて、ヒタヒタになるまで水を入れる。そこにさらに砂糖を投入して、軽く混ぜてから火にかけた。

 そのままコトコトと煮込んで。沸騰ふっとうしすぎて吹きこぼれたりしないように見ながら、ときどきライトアップルの面を返す。うん、砂糖とリンゴのあまーいにおいがしてきた。

 透明だった水も、リンゴの皮の色を吸収して透き通った紅色に。

 リンゴの白い部分も完全に紅に染まれば、いったんできあがり。火から下ろして冷やして、リンゴの中心まで汁をしみ込ませる。

 これでリンゴのコンポートの完成。


 だけど、もう一つ生地にのせたいものがあるから、リンゴを冷やしてる間に作ろうっと。


 新しく卵を割って、卵黄を取り出す。卵黄を溶いて砂糖を入れて混ぜて、なじんだら小麦粉を投入。ダマがなくなるまで混ぜたら、エルタックミルクを入れてからそれを鍋に移して火にかける。

 弱火でコトコト焦がさないように木べらで混ぜながら煮つめる。しばらくしたらドロッと粘り気が出てきた。うん、これでカスタードクリームのできあがり。


 寝かしておいた生地をばして円形に。中心には作ったカスタードクリームをたっぷりと。その上にコンポートを渦を巻いてるみたいに、綺麗きれいに並べて。最後に生地のふちを起こして、具を包み込む。

 うん、あとはこれをかまで焼くだけ!


「ヴェルツさん、お願いします」

「わかった」


 ヴェルツさんは私が作ったのを、ボートのオールみたいな木の板にのせてかまに入れた。この世界ってオーブンに使うみたいな天板とかないんだよね。


「生地に火が通ったら出せばいいか」

「あ、はい。お願いします」

「わかった」


 二人で窯の前でジッと焼き上がりを待つ。ヴェルツさんは目を窯から離そうとしないで、真剣な顔つきをしてる。焦がさないように集中してるのかな。


「……ここだな」


 そう言うと、ヴェルツさんは窯から慎重に取り出して調理台の上に移す。

 うん、しっかり焼きあがって、表面のリンゴも少しだけ焦げ目がついてておいしそう。


「これはなんだ。焼き菓子か?」

「リンゴ……いえ、ライトアップルのタルトです」

「タルト?」

「はい」


 初めて聞いたのかな? ヴェルツさん、すっごく不思議そうな顔してる。


「これはパイみたいに切り分けて食うのか?」

「あ、パイはあるんですね。はい、そうです」


 すぐさまヴェルツさんは包丁を構えてタルトを八等分にする。皿とフォークを用意して、食べる気満々ですね。


「お前も食うだろ」

「はい」


 ちゃんとできてるか確かめたいからね。

 皿によそってもらったタルトとフォークを受け取る。ヴェルツさんは私に渡したら、待ちきれない様子でタルトを食べ始めた。険しい顔で無言で食べられると怖いよ。おいしくできてるのかな? 私も食べてみよっと。

 タルトにフォークをつきたてると、生地が切れてサクッと音がする。一口大にわけてから食べる。


 口いっぱいに広がる甘酸っぱいリンゴにクリームがからんで、そこにサクサクのタルト生地がアクセントになってる。

 ……うん、うまくできた、かな?


 本当はクリームとコンポートにはレモンを使ったほうがおいしくなるけど、今回はあくまでもライトアップルの料理ってことだから使わなかったんだよね。バニラエッセンスとかも使いたかったけど、この世界だとなさそうだし……。


「ほっほっほ、これもまた美味ですなぁ。クガ様の料理の腕にはこのセバス、目を見張みはるばかりでございます」

「!? セバスチャンさん!?」


 いつの間に来たんですか!? しかもまた、ちゃっかりタルトも食べてる!?

 満足そうに白髭しろひげを揺らして笑う彼の手には、タルトがのった皿がある。存在感を消して近づく技をよく使ってるけど、どうやってるのかな……。


「うまい! うまいぞぉぉぉぉぉおおおおおお!!!」


 ヴェルツさんは遠吠とおぼえみたいに叫んでる!? もう一つ食べ終わったんですか!? また早食いしたのかな。


「セバス、またここにいたのですか。いい加減忍び込むのはやめろと…………一体何の騒ぎですか。何故アルヴェルトがあの野生児のようになっているのですか」


 あ、レイモンドさん。またセバスチャンさんを探してここまで来たのかな? ウオウオえ続けてるヴェルツさんを不審そうに見てる。


「坊ちゃまも一ついかがですかな? 実に見事な甘味かんみでございますよ」

「またあなたは悪癖を……。大の大人がつまみ食いはやめろと何度苦言をていすれば」

「ほっほっほ、坊ちゃまは融通の利かないお方ですなぁ。もっと柔軟な思想を抱いてはいかがです?」

「セバス、あなたは柔軟すぎて原型をとどめていません」

「おやおや。これまた、手厳しいですなぁ」


 レイモンドさんからのチクリとした説教を、セバスチャンさんは楽しそうに笑ってる。全くこたえた様子がない彼に対して出た、レイモンドさんのため息が深い。


「今日は何を食べて――」

「……? レイモンド、さん?」


 どうしたのかな? タルトを見つけたと思ったら、言いかけたまま止まっちゃったけど。

 見る見るうちに、眉を寄せていく。彼のきびしい視線の先には、変わらずにタルトがあった。どうして、そんなけわしい表情になってるの?


「……これを作ったのはあなたですか」

「!? は……は、い」


 まさか私に話を振ってくるなんて思わなくて、とっさの反応が遅れちゃった。

 レイモンドさんの視線が、タルトから私に移った。


 モノクルの奥の深緑色の瞳が、スッと細くなった。険しい顔つきのままだけど、怒ってるのか不機嫌なのかもわからない。

 ……ううん、これは観察されてる、のかな?


「後で私の部屋に来なさい」

「…………!?」


 え、え?

 な、なんで!? 何かしたかな私!?


 戸惑って目を白黒させる私に対して、「いいですね?」なんて釘をさしてくる。なんだかよくわからないまま、レイモンドさんに気圧されてうなずいた。


「おお、坊ちゃまが私室に女性を連れ込むように。このセバス、坊ちゃまの成長を喜ばずにはいられません」

「ふざけるのも大概たいがいになさい、セバス。それとももうボケが始まりましたか。私がこのちんちくりんに対して欲情するとでも?」


 なっ……!? レイモンドさんに鼻で笑われた!

 ちんちくりんってなんですか! そういった感情を持たれないのはわかるけど、その言い方はひどいんじゃないのかな?


「何ですか、その不満そうな目は」

「……いいえ」


 イラッとしたけど、我慢我慢。言い返してもいいことなんてないし。だけど言われっぱなしも気にくわないから、とりあえず顔はそむけた。


 ……それにしても、どうしてレイモンドさんに部屋に来いって言われたのかな。

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