◇第3章 レイモンド編◇   毒舌家で皮肉屋の彼は私のことが嫌いみたいです

第1話    「そこまで能無しとは想定外でしたね」

「……レイモンド、さん」


 クロウの問いにとっさに出たのは、私に対して冷たくしてくる彼の姿だった。

 何故、彼が私にここまで敵視してくるのか、わからない。


 一時は、少しだけでも仲良くなれたって思ったのに。

 それが勘違いじゃなかったかなって思うくらい、突き放した言い方をされた。


 私が関わっても、彼に不快感を持たせるだけなのかもしれない。


 ……だけど、わけを知りたい。

 冷たく微笑ほほえむレイモンドさんが、一瞬どうして言いよどんだの?


 もしも一緒にいることで彼を知れるんだったら、私のことを目の敵にする理由を教えてほしい。


対峙たいじを選ぶのか。……みずから苦難の道に進む、自身にす罪か」

「え?」


 ぼやいたクロウの言葉を聞き返しても、彼は説明はしてくれない。

 いつものことだってわかってはいるけど、気にかかりはするよ。


 戸惑う私に何も言わず、クロウは静かにまばたきをした。今の夜空みたいな漆黒の瞳が、まぶたの下からのぞく。


「……選択はされた。お前がもたらす終焉しゅうえんはいずれむかえる」

「……!」


 だからここは二階なのに、どうして飛び降りるの!?

 クロウを追ってバルコニーから身体を乗り出しても、彼の姿はもうどこにもなかった。


 ……神出鬼没しんしゅつきぼつって、クロウのためにある言葉じゃないかな。


「……」


 跡形あとかたもなく彼は消えたけど、言い残された『罪』って言葉が、胸にしこりとしてうずく。


 もしかしてクロウは……知っているの?


「そんなはず、ないよね」


 ありえないってわかっているはずなのに、どうしてだろう。胸騒ぎがひどくて落ち着かないよ。


 …………ううん。たとえ、彼が何かを知っていたとしても、変わらない。

 『私』は『私』でいるだけ。そうでなきゃいけないんだから。



 ◇◇◇



 翌日。私は早速、朝一番にジョシュアさんとアンジェさんに屋敷での使用人期間延長を申し出た。

 二人とも飛び上がりそうなくらい喜んでくれたのは、ちょっと気恥ずかしかったけど。歓迎されただけでも、ここでしばらくの間使用人として働くことにして良かったって思うよ。


 ただ、問題は……。


「どうやって、レイモンドさんに打ち明けるかってこと、だよね」


 屋敷の玄関から続く正面の道をほうきで掃きながら、私はため息をついた。今日はジョシュアさんもアンジェさんも休みでいいって言ってくれたけど、何かしてないと落ち着かないよ。

 考えるついでに、自主的にここで掃除をしてるけど……中々手が進まないよ。


 シレッと顔を出せるくらい、堂々としていられたらいいのに。それも、私はやっぱり彼にとっては異物だから、邪険じゃけんにされてしまうのがオチだと思う。

 でも、だからってこの屋敷に滞在する以上、彼に挨拶あいさつしないのも気まずい。それに、そのほうが感じが悪くて、ただでさえ悪い関係が悪化しそう。


 かと言って、真正面からレイモンドさんの私室に訪問しても居留守をつかわれそう。

 屋敷内で会うのを待つのも、絶対に会えるとはかぎらないよね。食事だって私を避けてるのか、ほとんど一緒に食べてないから。


「どうしたら会えるのかな?」

「何を一人でブツブツつぶやいているのですか」

「!? レイモンドさん!?」


 いつの間に正面に立ってたの?

 腕組みをしてモノクルを片手で押さえてるレイモンドさんの眉間には、深いしわがきざまれてた。


「あなたは掃除をされているのですか? 葉を散らすのが掃除だとしたら、今すぐマクファーソン家の使用人を辞めてください」

「……! すみません」


 地面を見たら、レイモンドさんの指摘通りに集めていたはずの葉が辺りに広がってた。掃除しなきゃって無意識にほうきを動かしてたから、それがあだになったみたい。

 頭を下げて謝るとレイモンドさんのため息が落ちてきた。


「あなたは、その調子でこれからもここに居座るつもりですか」

「!? もう、知っているんですか?」

「何を寝ぼけたことを。当然でしょう? 私はここの子息なので、屋敷内で何が起こっているのかを把握するのは義務に等しいです」


 鼻で笑われてから白い目を向けられた。

 ……出会った時以上に感じが悪くなってるって思うのは、気のせいかな。皮肉混じりの毒舌かつ丁寧語だから、余計に精神的にダメージがくるよ。


「ですが、あれほど前日に忠告したというのに、そこまで能無しとは想定外でしたね」

「忠告?」


 あれが? そもそも忠告って何に対してかな?

 レイモンドさんは聞き返した私を再度嘲笑あざわらった。


「私はあなたに不信感しかありません。ですので、以前にもお伝えしたように、今すぐにでも当屋敷から出ていってください」

「……そう、ですよね」


 昨日も似たようなことを言われたから、聞くのは二度目だけどやっぱり少しショック、かな。

 打ち解けらてれたはずなのに、どうして今は初対面より状況が悪くなってるの?


 でも、それがわかってて私はこの屋敷に残ることを選んだ。他に行くところもないから頑張らないと。

 生きて元の世界に戻るために。


「申し訳ありません。私は、出て行けません」

「生意気にも歯向かうつもりですか」

「……そう、なってしまいますね。でも……」


 これは、ジョシュアさんにもアンジェさんにも言い出せなかったことだけど。でもきっと、レイモンドさんにはこのことを伝えておいたほうがいい気がする。


「1年……遅くても3年以内には、この国を出るので安心してください。『この屋敷で見聞きしたことを他言無用にします』っていう誓約書が必要なら、退職時にそれもわしたいと思います」


 最初にレイモンドさんに告げた年数は王宮図書の蔵書されてる本を読みきるのに必要だって推察した時間。

 全部の本を読んで見つからなかったら、他の国に行って元の世界に戻る方法を探るつもりだった。だから、いずれこの屋敷を去ることになる。それが早いか遅いかはわからないけど。


「……つまりあなたは、『滞在するのは数年だから』と私に我慢をいるわけですか」

「そう、ですね」


 レイモンドさんの言い方はひどいけど、実際その通りのことだからうなずく。


「私が待つ必要性は? どこにもありませんよね」

「たしかに、その通りです」


 彼が言うのは正論だと思う。自分が全く知らない余所者がいきなり居候いそうろうして、なおかつずっと家にいることを容認しろって、言われてるようなものだから。

 だけど、『はい、そうですか』なんて素直に出ていくわけにはいかないよ。行くあてだってないし、生きていくには金銭をかせがなくちゃいけない。

 死活問題がからむんだから、引き下がれないよ。


「だから、レイモンドさんに認めてもらえるように、頑張がんばります」


 ここでジョシュアさんやアンジェさんには許可がおりてるって話をしたって、彼には何の意味もないよね。

 第一、これは私と彼の問題なんだから。


 元の世界に戻るのに、どれくらい時間がかかるかわからない。

 神様が思いのほか、早くに帰してくれるかもしれない。もしくは、王宮図書の蔵書を全冊読んでも、まだ帰る方法が見つかってないかもしれない。

 どっちだとしても、短くない期間はここにいるっていう事実は揺るがない。


 滞在中は、私のことをこんなに嫌ってるみたいだから、レイモンドさんに迷惑をかけちゃうと思う。

 彼に不快な思いをさせないように目立たないようにすることも考えた。だけど、どうあっても同じ場所に住んでるんだし、年単位ではいつまでもそれじゃ無理だって思う。

 かと言って、そのまま迷惑をかけて当たり前だって流したくない。異物なのはあくまで私で、彼はその被害者だから。


 だったら、なるべくレイモンドさんの迷惑にならないように、出来る限りの努力をするだけ、だよね。


「あの……これからも、よろしくお願いします」


 改めて挨拶あいさつをキチンとする。まだ、言ってなかったよね?

 お辞儀をして下げてた頭を上げたら、レイモンドさんがしぶい表情をしてた。


「あなたは――」

「?」


 けわしい顔つきのまま、にらまれてるけど……また私、レイモンドさんの気にさわるようなこと言ったかな?

 それとも、開き直った態度に思われてカチンときたとか?


「……いえ、何でもありません」


 軽く首を振って、レイモンドさんは普段の真顔に戻った。……何でもないって感じじゃなかったよ。けど、言及するのはこれ以上彼との溝を深めそうな気がする。

 レイモンドさんは、一体何を言いかけたのかな。


 疑問に思ってはいても口には出せないでモヤモヤしてた私に、レイモンドさんは冷たい眼差しを向けてきた。モノクルを直しつつ、深いため息を吐き出してる。


「ただ、わざわざ無駄な努力をされようとするなんて、随分ずいぶんと変わったご趣味を持たれていると考えていたところです」

「!? わ、私は、そんな趣味は持ってません!」

「どちらでも構いません。べつにあなたがそういった嗜好しこうでも関心のかけらもありませんが」


 つまり、ドエムだとでも言いたいの!? 全くの誤解ですよ!  

 それに言っておきながら、「はいはい」みたいな様子で首をすくめられても。興味がないのはわかるけど、反応はイラっとするよ。

 そもそも、さっき言いかけたのを誤魔化ごまかすためだったとしても、他に話題があるんじゃないのかな!?


 ……うん、少しやる気が出てきた。

 絶対にいつか、レイモンドさんに認めてもらえるようになろう!



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