◆Louis Happy END◆   これからの未来も、あなたの横で(後編)



 ◇



 今思い返しても、特に私が警戒するようなことはないと思うんだけど。ちょっかいをかけてくる人なんて、いなかったよね。


「ほらな。やっぱ、無防備すぎんだよあんたは。前は人見知りっぽいところがあったもんで、そんな心配はする必要はなかったけどよ、今はそうじゃないだろ。俺の苦労を少しは知れよな……」


 ブツブツ文句を言われたって。真剣に私、ルイスさんが何を心配してるのかわからないよ。


「過保護すぎますよ。気にする必要なんてないのに」

「……まぁ、あんたはそのままでいいか。俺が威嚇いかくしてりゃいい話だしな」

「聞いていますか?」


 聞いていませんよね? むしろ、私の意見を聞いた上で、首を振っていますか?

 「ダメだこりゃ」みたいな反応をされたら、こっちも傷つくし気になるよ。


 深く掘り下げようと聞いて、「いや、いいって。あんたはそのまんまでいいって」なんて、あきらめた様子で首を振られても。

 

「逃がすつもりなんてないし。姉さんもあんたを死んでも逃がすなってことを言ってるしな」

「エミリア様、元気なんですか?」


 舞踏会で和解して以来、ルイスさんは時折エミリア様と文通をしてるみたい。


 舞踏会後すぐに、エミリア様からルイスさんの元に手紙が送られた。

 当初は、ハーヴェイ公爵家から廃嫡はいちゃくされる可能性も視野に入れてたせいもあって、彼女との距離感に戸惑ってた。


 だけどそれも徐々になくなって、今では日常の些細ささいなことも相談し合ってるみたい。

 たまにルイスさんから、エミリア様の話題が出るくらいには、仲は修復されてる。


 ちなみに、私ともエミリア様は文通してるけど、ルイス様には秘密。


 『面倒な役割を私に押しつけたのだから、これくらいの意趣返しはしても構わないでしょう?』

 なんて、書面では整った文字でそう書かれた彼女が、元気だってことも知ってるよ。


 そのうち、エミリア様のほうからルイスさんに教えて驚かせる予定なんだって。


「おう、元気すぎて領内の改革をしまくってるみたいだ。最近は領内に視察に行くだけで、おがまれるんだってよ」

「……新手の宗教ですか」


 その事実は知らなかったよ。エミリア様、私には黙っていたんですね。

 なんというか、拝まれるくらい領民に貢献してるっていうのはさすがとしか言い様がないよね。エミリア様って、日本にいたら大量の仕事を完璧にこなすOLになっていそう。


 手紙で頻繁ひんぱんに出てくる、「いい加減にエミリア様でなく『姉様』って呼びなさい」って言葉を、素直に鵜呑うのみにしたくなるよ。

 今度、そう呼んでみようかな?


 ルイスさんとエミリア様と私の三人で会う日も、そう遠くはないのかも。


「ところでさ。隊長の発言だけどな」

「? はい。それって、どれを指してますか?」

「飼ったなら最後まで面倒を見ろってヤツ」


 そういえばそんなこと、言ってたような。

 あの時はとっさに「はい」って返事しちゃったけど、もしかして、それが嫌だったとか?


「すみません、飼うとか失礼でしたよね? あの時、すぐに『訂正ていせいしてください』って隊長さんに求めなかったから」

「や、俺はべつにそういうことが言いたいんじゃないって。っつか、そもそも隊長の言い様が容赦ようしゃねぇのは今に始まったことじゃないしな」

「……達観するようなことじゃないですよね。なら、どういうことですか?」


 苦言じゃないとしたら、何を言いたいのかな?


「俺、あんたになら飼われてもいいからな」

「…………っ? な!?」


 何を突然、特大の爆弾をぶつけてくるんですか!?

 言葉を失って、口をハクハクと開け閉めする私を見て、ルイスさんが楽しそうにしてる。


 冗談、だよね?


「……変なことを言わないでください。そんな趣味があるのかもって思ったじゃないですか」

「あんたとなら、俺はべつに構わないけどな」

「私が構います!!」


 即答した私に、ルイスさんが吹き出した。

 本当にもう、なんてこと考えているんですか!


 やっぱり冗談だったみたいだけど、ルイスさんは所々本気な部分もありそうで怖いよ。

 そのうち、嬉々として何かしてきそう。


 予想がつかないぶん、ハラハラする。


「仕方ないだろ? それくらい、あんたのことが好きなんだからさ」

「! だから、そういうことをサラッと……!」


 ズルいよ。なんでそういうことを簡単に言えちゃうの?

 文句を言いたくて口を開いた私の先手を打って、ルイスさんが不敵な笑みを浮かべた。


ようはな。俺は、骨のずいまであんたにれこんでんだよ」

「!?」


 どんな殺し文句ですか!?

 けるような笑顔を向けられたって、こっちは恋愛耐性ゼロなんですからどう反応したらいいのかなんてわからないよ。


「だから、途中で捨てるなんてナシな? これからもあんたを味わせてくれ。俺だけに、な」


 首を傾けてまぶしいくらい微笑ほほえまれたって、困惑しっぱなしでまともに返せない。

 だけど、無言でいるのもルイスさんを不安にさせるだけってことはわかるから、なんとかこれだけは言っておかなくちゃ。


「……言われなくても、捨てませんよ」

「! なら、安心だな」


 モゴモゴと口ごもってたはずの言葉は、しっかりルイスさんの耳に届いてたみたい。

 パッと表情を輝かせて、ホッとした様子を見せてくれた。


「クガ、一つ頼んでもいいか?」

「? はい、なんですか?」


 唐突とうとつに何かな?

 聞き返したら、ルイスさんが目をスッと細くした。


 ……!? 何だか急に、背筋に寒気が走ったようなっ?


「キス、したい」

「っ!? え、あの!?」


 今、なんて言ったんですか!?

 聞き間違いとかだよね!?


 まさかこんなこと頼まれるなんて、予想の遥か斜め上を言ってたよ!?


 顔を上げると、ルイスさんが妖艶ようえんな笑みを浮かべてた。彼の空のような透き通った水色の瞳が、怪しい光を放つ。

 蛇ににらまれたカエルって、こんな気分になるのかもしれない。

 

「なぁ、あんたをくれよ」

「!? な、何を言い出してるんですか!?」

「残さないで、あじわってらいつくしてやるからさ」

「そ、そういう問題じゃない、です!!」


 私が言いたいのはそういうことじゃないって、ルイスさんだってわかってるよね!?

 そうじゃなくって、キスとか……!


 前にも一度、ルイスさんから強引にされた。だけど、あの時は何が何だかわからなかったし、怒りの方が強くてそれどころじゃなかった。

 改めてするとなると、その、どうしたらいいのかわからなくなっちゃうよ!?


 でも、そう……だよね。恋人……というより、婚約者だから。

 キスするのだって、普通なのかもしれない。


「ダメか?」

「……」


 私の返事を、残念そうに困った様子でジッと待ってるルイスさんを見たら、「いいえ」なんて言えないよ。


「イイ、ですよ。ただ……恥ずかしいし、緊張しちゃうんですよ」

「恥ずかしいって……あんた、将来的にもっとすごいことすんのに今の段階で恥ずかしがってたら、大変だって」


 もっとすごいことって?

 …………!?


 も、もしかして夫婦のいとなみとか、そういうことですか!?

 R18みたいなこと!?


 一瞬で血が沸騰ふっとうするみたいに体温が上昇して、顔だけじゃなくって首まで真っ赤になっちゃうのが自分でもわかる。

 そんな私の様子を見て、ルイスさんはイタズラが成功した子供みたいな表情で笑う。


「まぁ、俺としては恥ずかしがってるあんたもかわいいから、大歓迎だけどな」

「からかってませんか!?」

「キスしたいのは本気だって」


 じゃあ、それ以外はからかってるんですか!?

 ムッとしてしまった私のしかめっ面を、楽しそうに眺めてるルイスさんがにくらしい。


 ルイスさん、意地悪しないでください。ただでさえ恋愛経験がない私には、恋の駆け引きなんて器用なことできないんだから。


「ほら、ふてくされてないでこっち向けって」

「……誰のせいだと思っているんですか」

「もちろん俺だろ?」

「……」


 どうしてそんな満足そうに言い返すんですか。

 私は、あなたに対して怒っているんですけど。


「あんたの表情を変えてんのが俺だから、うれしいんじゃん」

「……私は、怒ってるんですけど」

「照れてるだけだろ?」

「……」


 バレてるのがくやしいよ。

 指摘されたって素直に認めたくなくて、視線をらして彼の追及の手から逃れようとした。だけど、ルイスさんはニヤニヤと笑って見つめてくる。


「ルイスさん。有体ありていに言って、ウザいです」

「ひでぇ!? んでも、単なる照れ隠しに言ってんのバレバレで、俺にとっちゃご褒美こうびだな」

「……変態ですか?」

「それはやめろって」


 だって、ののしられて喜ぶなんて完全にドエムじゃないですか。そんなにしいたげられたいなら、アルかレイモンドさんにお願いすればいいのに。


「おいやめろって、誤解だっつうの。俺にそんな趣味はこれっぽっちもないからな」

「口に出してましたか?」

「表情でわかんだよ。あとあいつらだって、余計な手間かけさせてんじゃねぇって細切こまぎれにしてこようとするから、二人の前では絶対口にすんなよ?」


 前々から思ってましたけど、読心術でも身につけているんですか。それとも、剣が得意だと、そういう気配も読めるようになるんですか。


「そんなことよりほら、目を閉じろって」

「……ムードないですね」

「おたがい様だろ? あんただって茶化そうとしてんだから」

「……」


 何から何まで、ルイスさんにはお見通しみたい。


 観念して、まぶたを閉じる。視界がなくなるのが不安じゃなくて、これから起こることへの緊張しかない。

 肩も顔も強ばってるけど、リラックスなんて到底とうていできそうにないよ。


 あごにそっと触れてくるのは、ルイスさんの、手?


 頬をでる、ルイスさんのかすかな笑い声で起こる風がくすぐったい。


「あんたってホント、かわいいな」


 何を言ってるんですか?

 そう言おうとしたのに、言葉はルイスさんにふうじ込められた。彼自身の唇によって。


 温かくて、やわらかい。

 優しく触れてくるから、唇の温度がじわじわ伝わってくるよ。


 前と違って触れるだけのキスが、あの時よりも感情がこもってる気がした。

 きっと、ルイスさんとの距離が縮まってるから、なのかな?


 彼が少しだけ顔を離したから、そっと目を開けてみた。

 今、どんな表情をしてるのかな?


「……! ルイスさん、なに見てるんですか」

「あんたこそ。なに見てるんだよ」


 全く同じ行動をしてるなんて、思わなかったよ。

 考えが一緒だったみたい。ジッとお互いに見つめ合うかたちになる。


 それがなんだかおかしくて、自然と私もルイスさんも吹き出した。

 そんな些細ささいなことに、喜んじゃうよ。



 ――きっと、この世界を選んだことを後悔しなくなる日は、こないかもしれない。



 だけどそれよりももっと多くの幸せを、ルイスさんとだったらつくっていけるって信じてる。


 これからの未来も、あなたの横で過ごしていきたい。


 つらいことや苦しいことがあったとしても、二人で向き合って乗り越えていきたい。きっと二人そろっていたら、それがかなうって私は思うから。


 ルイスさんも、私と同じ考えだといいな。


「ルイスさん。好き、ですよ」


 想いを込めて、私は笑った。

 この世界で、あなたに出会えてよかったよ。


 すると、ルイスさんの表情がますますゆるんで、満面の笑みを浮かべる。それが、とっても嬉しい。


「俺も。あんたのことを、愛してる」


 この世界で、私はあなたと生きていく。


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