第55話    「彼女に手を出すなら容赦はしねぇ!」

 まさか私に王様が話を振ってくるなんて思ってもみなかったよ。

 ……どう答えよう。


 困って口をつぐんでいても、周りの人達の視線が私の顔にチクチクと刺さってくる。

 ルイスさんは心配そうにこっちを見つめてるけど、口をはさんだりはしない。きっと、聞いてきたのが王様だから下手に発言できないのかもしれない。

 アルにいたってはニコニコ笑ってるだけ。……あれって、もしかして私が困ってるのを見て楽しんでる?


 私が返事に迷って戸惑う中、辺りに一つの王様をとがめる声が響いた。


「陛下!? 何故、そのような下賤げせんの者へ耳を傾けるのですか! 彼女の口述に価値などございません!」

「ッチ、毒親は黙ってろよ」


 ルイスさん、本音が出てるよ!? 舌打ちまでしてるの聞こえてるから!

 普段陽気に笑ってる顔と、今のハーヴェイ公爵に悪態を吐く凶悪面のギャップが激しすぎるよ。


 ……って、え? アルも微笑んでるけど、目の奥が怒りに染まってる?

 なんだか、今にも毒舌で相手の心を木っ端こっぱみじんにしそうな……。


 このままじゃ、ルイスさんかアルのどっちかが動いて、ハーヴェイ公爵の口封じをしてしまいそうで怖い。冗談じゃなくて、ありえそう。


 内心ハラハラが止まらないけど、だからって私がここで言い返しても火に油を注ぎそう。


「『価値がない?』 奇異きいな事を物申ものもうすな、ハーヴェイ公爵?」

「!」


 王様が目をすがめて、ハーヴェイ公爵を眼中に収めた。

 背筋が急に寒くなったような。……場の雰囲気も、さっきより断然重くなってる。


 誰の影響かなんて、考えるまでもなくて。王様の身から、威圧感がにじみ出てる。

 少し前まで疲れた様子で若干肩を落としてたのなんて想像もつかないほど、堂々とした王者の風格をまとってる。


 王様からにらまれたハーヴェイ公爵が、グッと言葉をまらせた。


「『当事者であるクガ嬢』の口述が、価値がないのかの? そも、お主が述べてる『下賤げせんの者』など、我が国・・・に一人・・・たりとも存在せぬ・・・・・・・・・が?」

「っ!! 失言を、おび申し上げます……」


 暗に、『平民だろうと下賤の者ではない』と王様に言い切られて、ハーヴェイ公爵は歯を噛みしめた。

 苦言や文句を言いたいけど、そんなことをしてしまえばますます立場が悪くなるって理解してるんだと思う。


 代わりに、私を視線で殺せそうなくらいにらみつけてくる。

 私のせいじゃないんだけど……でも、当たれる相手が私しかいないからだよね。逆恨みもいいところじゃないかな?


 鷹揚おうよううなずいて、王様はハーヴェイ公爵の謝罪を受け入れてみせてる。


「……さて、クガ嬢よ。改めておうかの。お主は、どう考えておるのだ?」

「! 私、は……」


 もう一度聞かれたって、まともに考えられる時間なんてないよ。

 だけど、このまま沈黙してたって、私だけじゃなくって私を連れてきたルイスさんの立場も悪くなっていくはず。


 誤魔化しても、表面上の言葉で言っても、王様はたぶん見通して不興を買うかもしれない。

 下手なことは言えない、よね。


 自然と、私は自分を平常心に保つために唾を飲み込んだ。

 王様は黙って、私の動向を観察してる。


 慎重に、だけどなるべく平然と見せるために、背を伸ばして私は答えた。


「私は、私の命が狙われたことに関しては、特に何も感じてません」

「ほう? おのれの命をしくはないと?」

「いいえ、死にたくはありません。……だけど、私はルイスさんとは身分が異なるので、彼と交友を深めることをそれを好ましくないと考えたら、排除しようとしても仕方ないことなのかもしれません」


 私は身分制度がない日本から来たから、貴族の制度とか身分の違いとか具体的にはよくわからないよ。でも、この王城の豪華さとか着飾った人達を見たら、住む世界が違うってことくらいは実感できる。


 ルイスさんと仲良くなった私が、家の身分とか金目的の女性に思えて、邪魔になったのかもしれない。


 そのことについては、思考回路は理解はできないけど、納得はできる。


「――だけど、ルイスさんやエミリア様を狙ったことには、怒りを感じます」


 どうして、自分の息子や娘を殺そうとしたのか。理解できないし、したくもないよ。

 その事実より、なによりも。


「私の大切な人達を傷つけようとしたことは、絶対に許せません」


 エミリア様も、ルイスさんも、私にとって大事な人達だから。

 大切な人達を傷つける人は、誰だとしても許さない。


 ハーヴェイ公爵と公爵夫人を見ると、二人とも私をにらんでた。

 『小娘が何を』って今にも噛みつきそうな表情をしてるけど、そんな邪険な様子をされたって何も怖くないよ。


 彼らを睨み返すと、ハーヴェイ公爵と公爵夫人は私の反抗的な態度が気にわなかったみたい。ますます眼光を強めてきた。


「………ふむ。お主は己の身を危険にさらされたことよりも、他者にそれが及んだことをとがめる、と?」

「はい」


 王様の問いかけにうなずく。


 顔を向けないのは失礼になるかな? ハーヴェイ公爵達から王様の方へと視線を戻す。

 ……? 王様、面白いオモチャを見つけた子どもみたいに目を輝かせてる?


 不興を買うことはなかったみたいだけど……この反応は予想外だったよ。

 一体どう思われたのかな?


「ルイス・ハーヴェイよ。剣の腕だけでなく、心眼も確かなようであるな」

「っは! もったいないお言葉でございます」

「うむ」


 え!?

 な、なに!? なんで王様とルイスさんはわかり合ってるの!?


 ルイスさんも満足そうに笑ってる場合じゃないし、王様もどうして深ーく頷いてるのかな!?


 困惑してる私の耳に、舌打ちが聞こえた。


「くだらん。たかが小娘の分際で何を……」


 王様に聞かれないように小声で呟かれた、ハーヴェイ公爵の言葉が聞こえた。

 彼の憎悪の視線が、痛いほど刺さってくる。王様たちより公爵に近い位置にいる私に聞こえるように言ったんだ。


「……くだらねぇのはどっちだよ」

「!」


 ルイスさんには、聞こえてたの?

 ルイスさんは、静かに怒りを燃やして彼らをにらみつけていた。


「あんたらが俺を殺そうとしてたのは、昔から知っていた。俺は獣人の先祖返りが強く出た、失敗作だからな」


 淡々と話ながら、ルイスさんは舞台から降りてくる。段差を降りるたびに、靴が鳴るコツコツという音がやけに辺りに響く。

 誰もが口を閉じて、ただルイスさんの動きを見てた。王様も、彼を止めようとはしなかった。


 近づいてくるルイスさんを、ハーヴェイ公爵達はわずらわしそうに眺めてた。

 ……彼らにとっては、ルイスさんの意見は聞くに値しないことなのかもしれない。


 ルイスさんはそんな彼らの様子に気付いてるのに、言及しようとしてない。

 もしかしてだけど、彼にとっては彼らのその態度が当たり前だったの? だから、何も言おうとしないの?


「俺を殺そうとしたのは構わない。婚約者のリーチェが死んでから生きる気力すら失くして、むしろ早く死にたいとすら思っていたしな。……ま、今は違うけど」


 ……ルイスさん。


 最後に加えられた言葉にすごくホッとして、自然と溜め込んでしまった息を吐いた。

 心配が顔に出てたのか、ルイスさんは私に苦笑いを向けてきた。口パクで、『安心しろ』って伝えてくれる。


「俺一人が狙いなら、あんたらが満足するように適当に流しとけばいいかなんて考えてたよ。けどな、周りにその火が飛ぶっつうのは見過ごせない」


 ルイスさんの足が止まる。ハーヴェイ公爵達の正面に立った彼は、二人を冷たい眼差しで見据みすえた。


「あんたらはエミリアを傀儡かいらいにして、何でも言うことを聞くモンを作ろうとした。けど、いざ利用価値が俺の方が高まったとなれば、エミリアが従順でなくなることを恐れて、処分しようとした。……俺に公爵家を継がせる場合の弊害になるのを案じて、リオンもそん時に一緒にほうむろうっつう、とち狂ったことまでくわだてやがって」


 動機がわかっても、やっぱりハーヴェイ公爵達の考えは理解できない。したいとも思わないけど。

 ルイスさんの話を、ハーヴェイ公爵達はさえぎらない。王様への弁明すら、しようとしてない。


 ただ、ルイスさんの殺気混じりの迫力に圧されて、顔色を若干青ざめさせていた。


「お高く止まってんじゃねぇっ!! 俺らはあんたらのこまでも道具でもねぇんだ! 生きてんだよ!!」


 ルイスさんの悲痛な叫びが、胸に突き刺さった。たぶんルイスさんはこの本音を、小さい頃からずっと飲み込んでたんだ。


 ただ、自分に親としての愛情を向けられたかった。そんな願いを、彼はいつから捨てたの?

 

「あんたらみたいな人間のクズの血がこの身体に流れてんのかと思うと、虫唾むしずが走る」


 吐き捨てるルイスさんの瞳には、哀しみが浮かんでる。それはきっと、最後まで相容れなかったことへの哀しみだと思う。


「あんたらの行動や思考のほうが、くだらねぇんだよ」


 絞り出すように言い放つルイスさんの表情は、歪んでいた。悲しみ、怒り、憎しみの混じった、複雑な彼の感情が見て取れて、苦しくなる。

 どれだけ、ルイスさんを苦しめれば気が済むのかな。身体を暗殺で傷つけようとして、精神を言葉や態度で痛めつけて。


 今すぐ駆け寄って、ルイスさんの傍に行きたい。


 シンと静まり返った中で、王様がゆっくりと口を開いた。


「……ハーヴェイ公爵、並びに公爵夫人よ。先程アルフォードにより渡された物には、他にも余罪が載っておった。貴公らの行いはしかるべき罪に問われる。沙汰は追って知らせよう。…………連れて行け」

「っは!」


 王様が片手を上げると、警備を担当していた騎士達が敬礼をした。

 そして、そのままハーヴェイ公爵達の元へ向かう。


「ック! お前のっお前のせいで! 小娘ぇぇぇええええっっ!!」

「っ!?」


 !? どうしてハーヴェイ公爵は、私につかみかかろうとしてるの!?

 舞踏会の会場からの退場をうながそうとした騎士達を振り切って、突然暴れだすなんて思わなかったよ!?


 もう冷静さを失ってるみたいで、私に飛びかかろうとしてる形相は鬼みたいで。目は血走って、歯茎が見えるほど大口を開けて叫びながら向かってくる。


 このままだと、首を絞められて殺されるんじゃないのかなっ!?

 気のせいとか考えすぎじゃないって思えるほど、鬼気迫ってるよ!?


「っ!」


 動かないと……逃げないと、いけないのに。強すぎる憎悪と殺気に正面から当てられて、身がすくんで足が動かせない。

 周囲の人達の悲鳴が、やけに遠くから聞こえて。


 ハーヴェイ公爵の手が迫ってくる。彼の指が届く前に、私の前に影ができた。


「ああああぁぁぁあああああっっ!!! 何故! 何故邪魔をするんだぁぁああああああっ!!」

「邪魔するに決まってんだろ!」

「っ! ルイスさん!?」

 

 いつ移動したのか、全然わからなかった。ルイスさんは私をかばって、ハーヴェイ公爵の腕をひねり上げていた。

 叫び声を上げるハーヴェイ公爵とは対照的に、険しい顔つきをしたルイスさんは息一つ乱してない。


 目を鋭く細めて、ドスの利いた声でルイスさんは叱咤しったしていた。


「彼女に手を出すなら容赦ようしゃはしねぇ! 二度も大事なモンを壊される前に、その腐った性根を牙で噛みちぎってやるよ……!」


 ルイスさんの腕にさらに力が込められたのか、ハーヴェイ公爵はうめき声をもららした。


「それともいっそ、今ここであんたのゴミみたいな命、潰してやろうか……?」

「ッチ! けがらわしい化け物が触るなぁぁぁああああっっ!!」

「へぇ、化け物? それこそ、あんただろ。面だけは取り繕って、中身はそこらの魔物と変わりねぇよ」


 気迫を込めて睨みを強くするルイスさんは、ハーヴェイ公爵の腕をつかむ手に力を込めた。

 ギリギリなんて嫌な音がするし、ハーヴェイ公爵の顔色がどんどん白くなってく。ハーヴェイ公爵の額には隠しきれないくらいの汗がにじみ始めてた。


 このままだとルイスさん、ハーヴェイ公爵の腕を折るんじゃ!?


「ルイスさん!」

「…………陛下。この者にどうか恩赦おんしゃなどかけず、るべき厳罰を求めます」


 私の制止で、ルイスさんの手がゆるんだ。

 苦々しくハーヴェイ公爵を見つめてるのは変わらないけど、攻撃するのはやめたみたい。


 王様に判断をゆだねることで事態の決着をつけようと思ったのは、ルイスさんにとって苦渋の判断だったのかもしれない。


 だけど私は、これ以上ルイスさんに傷ついてほしくないよ。


 きっと、今ハーヴェイ公爵をやり込めたって、いずれルイスさんは後悔する気がしたから。

 ルイスさんは優しい人だって、知ってるから。


 だって、何年間も憎しんで悲しんでても、ハーヴェイ公爵と公爵夫人を傷つけたり殺そうとはしなかったんだから。


 ルイスさんの要請に、王様は同意して深く頷いてくれた。


「うむ、心得ておる。此度こたびのハーヴェイ公爵、並びに公爵夫人の行いは、有るまじき物であった。加えて、先刻の余の前での狼藉ろうぜき。免じることはなかろうて」

「……何卒なにとぞ、どうかよろしくお願いいたします」


 感謝の意を込めて頭を下してみせるルイスさんに頷きかえして、王様はあごをしゃくって指示を出す。


「連れて行け! 次は決して、拘束こうそくの手をゆるめるでない! よいな!」

「っは!」


 王様の合図からすぐに、再度騎士達がハーヴェイ公爵と公爵夫人を取り囲んだ。さっきみたいにならないように、しっかりと二人について厳重に連行をしようとしてる。


「こんなはずではない……こんなはずでは…………」

「嘘よ…………嘘。私は何も、していないわ……」


 公爵夫人は呆然自失になって涙を流してて、ハーヴェイ公爵は暗い表情でブツブツと呟いてる。二人とも、もう抵抗する気はないみたいで今度は騎士達に連れられて行った。


 人々の間を通り抜けて広間を出て行く彼らに、視線が集まっていく。二人とも取り乱して、周りからの目を気にしてる余裕もないみたい。

 ただ床を見つめて、重い足取りで去っていく。


 ……そんな彼らを黙って見送るルイスさんの表情は、暗く陰ってた。


「ルイス、さん」


 声をかけると、ルイスさんはぎこちない笑顔を浮かべた。

 こんな時に、笑わなくていいのに。


「……クガ、怪我はないか?」

「私は、大丈夫です」


 大丈夫じゃないのは、ルイスさんだよ。

 だけど、ここで聞き出すことはしない。彼は親しくない人達に弱みを見せたがらないから。


 ここでだと、私に対してだって本音では答えてくれないと思う。


 だから、今の私が言えることは一つだけ。

 

「守ってくれて、ありがとうございます」

「! …………ああ」


 私のお礼に、ルイスさんは目を大きく見開いて驚いた。それから、くしゃくしゃに顔を歪めて、泣き出す直前みたいな顔になって笑った。

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