第45話    「そんな心配そうにすんなって」 

 ドレスを一通り選んだ後、私達はカフェに訪れてた。


 ……まさかあのお店で数時間も試着するなんて、予想外すぎたよ。

 終わる頃には、試着する私はグッタリ、ルイスさんは嬉しそうにしてるという、対照的な様子になってた。


 購入したドレスも一着じゃなくて、四着とか五着ぐらいあった。疲れてた私は止めるのも面倒でやめてたけど、「他のはまた今度着てくれよな」なんていうルイスさんの言葉が耳から離れない。

 ……冗談、ですよね? そんな機会、他にもうないですよね?


 疲れをいやすためにカフェに来たのはいいんだけど……。


「あの」

「ん? どうしたよ?」

「……こんなに食べられないんですけど」


 テーブルいっぱいに並べられた食べ物たちは、二人分どころか五人分くらいありそう。

 サンドイッチにスコーン、パンケーキにクッキー。パウンドケーキにパイにマフィン……。


 ちょっと、いえ、かなり多すぎませんか?

 パイにいたっては、ミートパイとフルーツを入れたパイの二種類もあるなんて。それも切り分けた量じゃなくて、円盤のままの。


「あんたは食べたいのだけつまめばいい。残りは俺が食うから」

「でもこの量は無理…………いえ、無理じゃないですね」


 ルイスさんならきっといけるはず。そういえば食堂でも、とてつもない量を食べつくしていたような。


 お言葉に甘えて、サンドイッチとマフィンだけ取り皿にとってつまむ。

 サンドイッチはバターが塗られてて、レタスみたいなのがはさまってる。いたってシンプルな物だけど、おいしい。


 マフィンも生地がフカフカでおいしい!

 中に入ってるベリー系のジャムの酸味と甘みがちょうどよくって、紅茶に合うよ。


 ……それはいいんだけど、正面からの視線がチクチク刺さってくる。食べることに集中できないんですけど。


「あの」

「? 今度はなんだよ」

「……そんなに見られてると食べにくいです」


 ガン見されてる中で食べ続ける度胸はなくて、ルイスさんに抗議してみる。

 私が食べてる間、食事に見向きもしないで観察してくるなんて。物珍しいことなんかしてないし、ルイスさんだってお腹空いてるはずだから食べればいいのに。


「気にすんなって」

「無理です。私を観察してもなにも出ないので、ルイスさんも食べてください」

「……」

「……」

「いえ、笑って誤魔化そうとしたって無駄ですからね?」

「ちぇ、なんだよ。クガのケチ」

「ケチとかそういう問題じゃありませんよね?」


 唇をとがらせて残念がるルイスさんの思考がわからないよ。

 私の食事風景を見てて何が楽しいのかな。


 渋々っていう様子で食べ物に手を伸ばす彼の姿を視界に入れつつ、引き続き食事にとりかかる。


「お、中々いけるぞ。このパイも」

「そうなんですか? 私も後で一口食べてみます」

「そうしろよ、中の肉がイイ味出しててウマいぞ」


 他愛ない会話をしながら食事をする。

 ルイスさんの持つナイフが素早く動いてパイを切り分けてるけど、粗暴でなく優雅な所作に見える。皿とナイフがあたる音なんて全然しない。

 こういうのを見ると、やっぱり貴族出身なんだなって思うよ。


 ふと、ルイスさんの向こうに見えるカフェの扉が開いた。視界の隅に映った新しい客と、偶然にも目が合う。


「え?」

「なんだ? どうしたんだよ」


 その人物は、私の姿を認めると近づいてきた。

 呼びかける店員に一言断って、私達の元へと歩みを進める。


 私の視線の先が気になったのか、ルイスさんが振り返った。

 けど、その必要はほとんどなかった。彼女はもう、すぐそばに立っていたから。


 まさか、ここで出会うなんて予想しなかったよ。


「…………エミリア様」

「ご機嫌よう」

「……なんの用だ」


 目つきを鋭くして尋ねるルイスさんを見て、エミリア様は扇の向こうで嘆息した。

 そんなに過剰反応しなくてもいいのに、なんて思うけど。仲違いをしたままだから、ルイスさんにとってはエミリア様は警戒が解けない相手なんだと思う。


 エミリア様の目からは感情が読めない。

 前に私と二人で話したときは、ルイスさんをすごく気にかけてたのに。

 エミリア様は、それをルイスさんにさとらせる気はないのかもしれない。


 ◇


 ――エミリア様がワザと・・・ルイスさんに冷たくあたってるのかもしれないって可能性にあたったのは、ルイスさんに彼女の印象を聞いてから。



 『かばう』というエミリア様の発言。それと、ルイスさんが『エミリア様がルイスさんの婚約者が亡くなってから仲が悪くなった』という印象。


 確証なんてない。だけどたぶん、エミリア様はハーヴェイ家の当代…………ルイスさんの父親からルイスさんをかばってるんじゃないのかな。


 ハーヴェイ家の当代とルイスさんには軋轢あつれきがあるってことは、ルイスさんとエミリア様の両方から聞いてる。

 もしも……ルイスさんが害されるのを、エミリア様が当代にわからないように防いでるんだとしたら?


 だとすれば、表立っては仲が悪いようにするしかないよね。仲が良かったら、当代の人にエミリア様自身も目を付けられて情報が手に入れられなくなる。

 そうなったら、ルイスさんを守れなくなるから。


 『何故ルイスさんの婚約者が亡くなってから』なのかは、推測だけど……ルイスさんが、『ハーヴェイ家の利益にならなくなったから』じゃないかな。

 話を聞く限りだと、当代の人って利己的な思考をしてるって感じる。それに、ルイスさんを蔑んでるんだとしたら、彼を物みたいにとらえててもおかしくない。


 ――いらない物を捨てるみたいに、ルイスさんを処分しようとしてるのかも。



 ◇


 ……でも、だからって、エミリア様が嫌われ役になることないのに。

 そんなことすれば、エミリア様だって報われないだけだよ。


 ルイスさん自身だって、エミリア様を本当は信じたいって思ってるんだから。

 なんとか、ならないのかな? 


「偶然、立ち寄った場所にあなた方がいらしていただけのこと。もっともルイス、あなたに用はありませんわ。わたくしが用件があるのはそちらの彼女よ」

「え?」


 エミリア様と目が合った。

 ……私?


「はぁ!? クガに何するつもりだよ!?」


 前のめりになって、エミリア様を問い詰めようとするルイスさんの表情はけわしい。

 エミリア様を信じたいとは言ってたけど…………たぶんルイスさんは、まだ自分の気持ちと向き合いきれてないのかもしれない。


「何もしませんわ。私は話をさせていただくだけです」

「話だって?」

「ええ。受けた恩を返さないのは、私の誇りをけがすのも同意。ですので、改めて礼を」


 その場でドレスの端を持ち上げ、優雅にお辞儀をするエミリア様を見つめた。

 顔を上げたエミリア様の美しい顔が、キレイなバラみたいにほころんでる。うっとりしちゃうような微笑みが、私に向けられてるのが信じられないくらい。

 

わたくし、エミリア・ハーヴェイはあなたの力となることを、ファロード神に誓いますわ」

「っ! あ、あのっ! そんな! 私感謝されるようなことなんて、何も……!」

「……エミリア、あんた」


 とっさのことで反応できなかったけど、なんだかすごいことされちゃってるよね!? 神に誓うって、大げさすぎないかな!?

 私、そこまでのことしてないのに!


 ルイスさんも事態についていけてないみたいで、口を開けてるよ。


 首を必死に左右に振ってみせるけど、エミリア様は私の様子を目を細めて観察してる。


「人として当たり前のことをしただけです。気にしないでください」

「『人として当たり前』。そうはっきりと即座に答えられる方が、どれだけ希少で稀有けうか、あなた、ごぞんじかしら?」

「え?」

「……いえ、お忘れになって。これは私の戯言ざれごとでしたわ」

「……」


 よくわからなくてとっさに疑問の声を上げても、エミリア様は優しく微笑むだけで明確には教えてくれなかった。

 ルイスさんは難しそうな表情をしてる。眉間にしわを寄せて、何かを考え込んでるみたい。


「私がいても、あなた方にとって好ましくないでしょう。これで失礼するわね」


 お辞儀をもう一度してから、エミリア様は体の向きを変えた。

 気を遣われると申し訳ないなって感じるのに、引きとめるのも違うような気がする。


 そんなことないって否定したいのに、彼女はその言葉を欲しくないって思ってるのかもしれない。

 そう考えちゃうと、なんて声をかけていいのかわからなくなる。 


 だけど、ルイスさんはエミリア様の背中に向かって、口を開いた。


「――なぁ、エミリア。あんたに味方はいるのか?」


 彼の突然の質問に、エミリア様の足が止まった。


「……おかしなことを。ルイス、あなた一体何を言い出しているのかしら?」


 変わらない声色から、エミリア様がどんな表情を浮かべてるのかわからない。

 でも、平坦な声は、私にはあえて感情を押さえてるみたいに感じて仕方なかった。


「いいから、答えろよ」

「…………ええ、いるわ」

「……そうか」


 エミリア様の回答は、妙に沈黙が長かった。

 そこに違和感をおぼえたのはきっと、私だけじゃない。


「それだけかしら? ……では、ご機嫌よう」

「……」


 一度も振り返らないで去っていくエミリア様の背中が見えなくなるまで、ルイスさんはただ見つめていた。


「ルイスさん、あの……」


 私が口出しをするなんて、余計なことなんだと思う。

 だけど、それでも疑問を投げかけずにいられないよ。


「いいんですか? このままで」

「……」


 ルイスさんに後悔してほしくなかった。

 その一心で聞いた私に対して、ルイスさんはあくまでも冷静だった。


「あいつが救いを求めてないっつうのに、首を突っ込むのがいいってわけでもないだろ」

「それは……そうかもしれないです、けど」

「エミリアなりの信念があって動いてる。俺が関与することだって、あいつとしちゃ逆に迷惑だろ」

「……」


 ルイスさんが言ってることも、正論だとは思う。だけどどうしても、それだけじゃ納得できないよ。

 エミリアさんとの関わり方を決めるのはあくまでもルイスさんだ。


 私が過剰に口出しするのも、おこがましいことだって理解してるのに。


「そんな心配そうにすんなって」

「え?」

「顔に書いてある」

「っ!」


 とっさにほおを押さえたら、ルイスさんは私の額を人さし指でつついてきた。


「眉間にしわできてるし」

「!?」


 そんなにわかりやすく表情に出してたかな、私?

 なんだか恥ずかしいよ。


「モヤモヤすんのは俺だって同じだっつうの。あいつが何を考えてんのか知んないけどな。俺としては手を出さないままでいる気もないわけ」

「! それって」


 目が合うと、ルイスさんは唇の端をわずかに上げた。

 まるで、獰猛どうもうな肉食獣が舌なめずりをするみたいな表情に、息をするのを一瞬忘れそうになっちゃうよ。


 ……雰囲気と表情が凶悪すぎて、悪の親玉みたいになっています。ルイスさん。


「何を企んでるんですか」

「ん? ま、悪いようにはならないってことだな。今まで準備してたことを実行するだけだ」

「……企んでるのは否定しないんですね」


 あきれてジト目で見つめると、ルイスさんは楽しそうな笑顔を浮かべた。

 イタズラをしようとしてる子どもみたい。


「なるようになるって! な?」

「はぁ……」


 ルイスさんが何を企んでるのかわからないから、気の抜けたような相槌あいづちしか打てないよ。

 でもきっと、悪いようにはならないっていうからには、なんとかする……のかな?


 二人からさっきまでの険悪な雰囲気が少しでもなくなればいいんだけど……。


 

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