第44話    「どうなっても、知らないですからね」

 …………。


「お似合いですよ! お客様の御髪おぐしえて、とても上品に見えます!」

「ん~……露出が多すぎるな。今度はこっちだ」

「……あ、あの」


 問いかけようとしたのに、淡い桜色のドレスを差し出してきたルイスさんは無邪気に微笑んだ。


「お、なんだ? やっぱこっちの方がいいか?」


 そういって、次は若草色のドレスを出された。胸元に特大のリボンがついてて、すそには小柄の花をモチーフに刺繍がされてる。


「いえ、そういうことじゃなくって……!」

「なんだよ?」


 不思議そうに首を傾げられても、困惑してるのは私の方なんだけど。


「あの。どうして私、ドレスを試着してるんでしょうか?」


 着ておいて今更聞くのもどうかと思うけどね。だって、ルイスさんに押し切られて慌ててたら、タイミングを失って。


 そもそも、こんなことになったのもよくわからないよ。


 ルイスさんと会う約束をした休日の今日。

 騎士舎の正面入り口前に集合して、その後ルイスさんに「行きたいところがある」って言われて。そのまま連れて来られたのが、この服飾店。


 …………うん、この時点で疑問に感じるべきだったよね。でもてっきり私は、『休日だからルイスさんの服を見繕ってほしいってことなのかな』って考えてたのに。


 着ちゃったけど、もう早く普段着に戻りたいよ……。生地からしてサラサラつやつやだし、刺繍とかあちこちにしてあるから、絶対高いドレスだよ、これって。

 傷とかつけたりなんかしても、弁償なんてできそうないくらい高級そう。怖くて一刻も早く着替えたいな。


 私の疑問に、ルイスさんは笑顔で首を傾けた。


「当然、俺が見たいだけだけど、なんだ?」

「!?」


 それだけ!?


「ルイスさんの服を買いに来たんじゃないんですか!?」

「は? 俺か? あー……必要って言えば必要か。けどまぁ、適当でいいんじゃないか」


 やる気なさすぎませんか?

 薄々感じてはいましたけど、実は物ぐさですか、ルイスさん?


「お店にも迷惑なので、どうなんでしょうか? それって」

「そうか? 買うから問題ないだろ?」

「!? 待ってください!? 買うつもりなんですかっ?」


 買ってどうするの?

 ……あ、もしかして。


「誰かのプレゼント用ですか?」

「は? なんでそうなんだよ。第一、女の場合胸とか腰とか本人に合わせて直すから、他の奴に合うはずないじゃん」


 プレゼントじゃないの?

 だとしたら……。


「じゃあ、ルイスさん用……?」

「それこそなんでだ!? なんでそんな考えに到達したんだあんた!?」

「似合いそうだから、でしょうか」

「うん、後でそのことについてはよーく話し合う必要があるな。けど、ややこしくなるから一端このことは置いとくな」


 違うんですか?

 でも、正直ルイスさん用は否定されてちょっとホッとしたかも。さすがにビックリしちゃうからね。


 ……でも、似合うとは思うんだけど。ルイスさんってタレ目だから、色気あふれる美女に化けそうな。


「だったら、誰に買うんですか?」

「? あんたに決まってるだろ?」

「え?」


 私?

 予想外でキョトンとしてしまったら、ルイスさんは私の反応に驚いたみたい。

 思わず顔を見合わせて、ほとんど同時に首を傾けた。


「……それこそ、何のためにですか?」

「何のためって。いや、っつうか服はあっても困るもんじゃないだろ」


 そんなこと言われても。私は現に困ってます。


「私、もらっても着る機会がないので無駄になるだけですよ?」 

「なら、着る機会があればいいのか?」

「いえ、そういうわけじゃ……」


 なんて言えばいいのかな。持ってても宝の持ち腐れになるだけだし、お金ももったいないのに。

 私に使わないで自分のことに使えばいいのに。前も心配したけど、やっぱり貢ぎ癖とかあるんじゃないのかな、ルイスさん。


「第一、もらう理由がないですよ」

「似合うから」

「……私のマネをしなくてもいいじゃないですか。しかもそれって理由になっていませんよ?」

「あー、だったら頼みがあるんだけどいいか?」

「?」


 何を持ちかける気なのかな?

 それに、どうしてこんなにルイスさんは引こうとしないの?


「俺が王家から招集かかったのはあんたも知ってるだろ?」

「はい」

「呼び出しついでに、舞踏会を開くなんて言われてな」

「……それは、大変ですね」


 ただでさえ招集の手紙が届いたときに嫌がってたのに。そういえば団長さんが言ってた『祝いの場』って舞踏会のことだったの?


 ……それはルイスさんも嫌だよね。貴族の集まりにウンザリって感じだったから。

 しかも主役に近いんだったら、抜け出すことも不可能ってこと? それはつらいよね。


 ところで、頼み事の話だったのにどうしてその話になったのかな?

 …………なんだか、嫌な予感がするんだけど。


「舞踏会にはパートナー同伴って決まってるんだけどな、そのパートナーにあんたがなってほしいんだ」

「!? 私がですかっ?」

「おう」


 『おう』じゃないですよ!

 とっさに目を見開いてマジマジルイスさんを観察しても、嘘とか冗談を言ってる風じゃない。本気でこんなことを言い出すなんて、何事ですか?


「私、今まで踊ったことありませんし、作法も全然できません。それに平民の私が参加してもルイスさんの立場を悪くするだけじゃないでしょうか?」

「嫌だ、とは言わないんだな」

「っ! そういう問題じゃありませんから。げ足をとらないでください」


 キッと睨みつけても、ルイスさんはニヤニヤと笑ってる。どうして楽しそうなんですか。

 もしかしてからかってるの?


「冗談とかじゃない。マジだっつうの、俺は」

「……」


 先回りをして答えられた。そんなに私、胡散うさん臭そうに見てたかな? 


「踊らなくたっていいって。万が一そうなったとしても、俺にリードを任せてくれりゃいい。作法なんて、あんたが覚える必要がありそうなものっつったら、お辞儀ぐらいじゃないか?」

「そんないい加減でいいものなんですか?」

「いいだろ。俺が逃げ出さないだけで」

「堂々と言わないでください」


 なんか肩の力を入れてた私の方が変みたい。だけどこの場合、やっぱりどう考えてもおかしいのはルイスさんだって言いきれるよ。

 ため息交じりに返しても、ルイスさんは嬉しそうに笑ってる。まるでもう、私が断らないって思ってるみたいに。


「立場なんてそれこそ意味ないぞ? 獣人の血が流れてる俺に貴族だのなんだの関係ない」

「あ……」


 そっか。ルイスさんは昔、小さい頃には貴族達にさげすまれてたって言ってた。

 

「……でも、私がパートナーになると余計に何か言われちゃうんじゃないですか?」

「言わせとけばいいだろ? むしろ俺は社交界に今まで欠席してたことに嫌味を言われそうだな」


 肩をすくめて笑ってるけど、ルイスさん、それって平気なの?

 マズい気がするのは、私だけ?


「それって、いいんですか?」

「よくないだろうな? ま、俺には実家の評価なんて関係ないし、むしろ下げるだけ下げたい」

「…………絶縁を狙ってるからですか?」


 そっさに出てきてしまった疑問に、慌てて口を押えたけど言葉が消えることなんてない。

 デリケートな問題だし、ルイスさんも答えにくい質問だから聞くつもりなんてなかったのに。


 私には関係ないことだって切り捨てられたくなかったから。


 目を見開いた後に、ルイスさんは苦い笑みを浮かべた。


「あー……マジで、あんたには敵わないよな。いつ気づいたんだ?」

「花祭りの時期には大体察してました」

「予想以上にだいぶ前だな」


 否定しないってことは、つまるところ、そういうことだよね。


 公爵家には居場所がなかったって言ってたから、絶縁したいっていうのもわかる気がする。

 だけど……エミリア様は、そうじゃないと思うのに。


 彼女とだけは、いつか和解してほしいな。ルイスさん自身だって、彼女を本当は信じたいって考えてると思うから。

 それにエミリア様はきっと、ルイスさんの力になってくれるはずだから。


「なぁ、あんたは俺が家名から外れんのは反対か?」

「……え?」


 前に、エミリア様に聞かれたのと同じ質問。

 ルイスさんも聞いてくるなんて、どうしたの?


 何回聞かれたって、答えなんて変わりようがないのに。


「それがルイスさんが決めたことなら、反対しません」


 だって。


「貴族だとしても平民だとしても、どっちもルイスさんだってことに変わりないから」


 私とルイスさんの関係に影響がないなら、どっちでもいいよ。

 あ、でも……。


「どちらかというと、私としては平民の方がいいかもしれないです。じゃないと、ルイスさんが当主なんてなったら会えなくなるかもしれませんから」

「は?」


 ポカンとこっちを見つめられたんだけど。『穴が開きそうなくらいに顔を見られる』ってこういうことを言うんだってわかるよ。

 変なこと言ったおぼえないんだけど、ルイスさんの様子からして的外れなことでも言っちゃったのかな?


「ルイスさん? どうかしましたか?」

「…………っ! ああマジで、もう。何なんだよ、あんたって」


 詰まらせてた息を一気に吐き出して、ルイスさんは片手で顔を覆ってる。彼の手のひらで隠れて、表情は読めない。

 あきれられちゃった? そこまで変な発言だったの?


「構えて緊張してた俺が、バカみてぇじゃん」

「え……?」


 構えてたって?

 外された手の下の彼の表情は、眉を下げて困ってるみたいなのに唇は上がってた。


「本当、あんたには敵わないな」

「っ!」


 その笑顔がまぶしくて、言葉が出なくなった。

 彼の心にいるのは私じゃない人のはずなのに、そんな目をされたら勘違いしそうになるよ。


 事実を知ってるのに嬉しくなるなんて、虚しいのに。


 自分自身の感情に気づきたくなくて、私は彼から目を背けた。


「なぁ、パートナーの件、どうしてもダメか? そう答えてくれるあんただから、俺は頼みたいんだ」

「……どうなっても、知らないですからね」

「!! ああ、もちろんだって! あんたが参加さえしてくれれば、後はなんとでもなるからな」


 ズルいよ、ルイスさん。

 好きな人に頼まれたら、それもそんな風に言われちゃったら、うなずかれずにいられないよ。


 かわいくない答え方までしたのに、どうしてルイスさんはとっても嬉しそうにしてるのかな?


「よし、そうと決まればドンドン試着してくれよな! あ、これとかどうなんだ!?」

「!? それとこれとは別だと思います!」


 ルイスさんがノリノリで差し出してくるドレス達を、私は必死で拒否し続けた。

 ……というよりも、もしかして半分はルイスさんの『見たいから』っていう要望でドレスを渡されても!


 衣装についてるキラキラ光ってるのって、まさか宝石とか言いませんよね!?

 怖いので絶対に着ませんからね!?



 

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