◇第6章 ルイス編◇   先輩に似てない彼は私にとって何ですか?

第42話    「なんだ? この珍妙な状況はよ」

 パンッと音を立てて広げると、タオルのしわがなくなった。それをそのまま物干し竿にかける。

 何度見たって、横にずらっとタオルがいくつも並ぶ光景って壮観だよ。


 特に、私が滅多にこの洗濯の方に割り振られないからってこともあるのかも。


 ここに勤め始めてばっかりの頃は、騎士舎の全員分の洗濯物にヘトヘトだった。だけど今は鼻歌を歌う余裕まであるのが、成長したってことを実感できて嬉しい。


 タオルの向こうに青空を見つけて、自然と目を細めちゃう。


「クガ!」


 呼び声に振り返ると、タオルとの間に生まれてる合間からルイスさんの姿が見えた。

 嬉しそうにこっちに駆け寄ってきてるかと思えば、一気に距離をめられた。


「ルイスさん?」

「会いたかった~~!! あんたに会うのが待ち遠しくって仕方なかったんだよ!」

「っわ!?」


 で、出会いがしらに抱きしめられるなんて、どういうこと!?

 目を白黒させてても、ルイスさんはギュウギュウ抱きしめてる。私を囲い込んでる腕にドンドン力がこもってきてて、ちょっと息苦しいんだけど……!? 


「あ、あのルイスさん、そう言っていますけど、今朝会いましたよね!?」

「あれからだいぶ経ったじゃねぇか! 俺にとっては1日経過したようなもんだよ」

「数時間程度でですか!?」


 オーバーリアクションすぎるよ!?

 そして頬を突き合わせて、グリグリこすりつけないでください! 顔が異常に近くてドキドキしちゃうよ。


「っと、いうよりも仕事! 仕事はどうしたんですか!?」

「あ~? んなの、とっくに終わらせたに決まってるだろ?」

「!!?」


 い、一応副隊長なのにそんな簡単に片付くものなの!?


「で、でも前に仕事をしないで来たことあったじゃないですか!?」


 ルイスさんが仕事に復帰した数日後のことだったような。それで隊長さんにズルズル引きずられて、ルイスさんは回収されていった覚えがあるよ。


「あん時は隊長が邪魔してきたからな。そうならないように、今回はキッチリ仕上げてきたって」

「……」


 ……本当かな? 正直、信じられないんだけど。


「それに、あんたが『仕事しない奴は最低です』って言ったろ? だからあんたに嫌われないために、仕事をしてきたんだって」

「……そう、ですか」


 たしかにルイスさんが回収されてた時に、とっても渋ってて情けなか………………ええと、みっともなかっ…………。隊長さんの面倒くさそうな表情を見るに見かねて、つい言っちゃったんだよね。

 私の発言を聞いてからやけにおとなしくなって、ルイスさんは隊長さんに連れていかれていったけど……。


 私と視線を合わせてるルイスさんの瞳が、期待でキラキラと輝いてる。


「な? な? 俺、偉いか?」

「……」


 「めて褒めて!」って言いたそうな彼の頭上に、今は見えないはずの幻の動物の耳がピコピコ動いてるような。


 ……なんか、大型犬に懐かれてる気分。


 私は特大のため息を吐き出した。



 ◇



 ルイスさんの部屋で話してから、翌日には完全復活してた彼だけど……。困ったことが一つ。

 何故か前にも増して私に絡んでくるようになった。


 隙あれば抱きつきは当たり前。うっかり油断なんかしちゃったら、ここぞとばかりに私の頭とか額にキスをしてくる。

 周りに誰がいようとお構いなしって感じで、この前なんて食堂の大勢の前でやらかされた。


 慌ててた私を見て余計に楽しそうにしてたから、絶対からかってたんだと思うけど。


 一日で1~2回くらい会うのがせいぜいだったのに、今は朝昼晩最低三回は会ってる。

 彼が仕事に復帰したての時なんて、仕事をほおり出してまで会いに来てた。


 何がそう彼を駆り立ててるのかは知らないけど……正直、ここまでされると、どう反応していいのか困るよ。


「なーなー、いつ仕事終わるんだよ?」

「……」


 ため息を吐きながら、抱きついてくるルイスさんを引きはがす。

 そのまま、地面に置いた洗濯籠からタオルを一つ取り出した。


 ここで注意することは、絶対に無視はしちゃいけないってこと。

 一度、面倒になって無視したら、引っ付かれたままで駄々をこねられて余計に時間がかかった。


「この洗濯物を全部干し終わったらですよ。今日は食堂に顔を出さなくても良いそうなので」


 むしろ最近、食堂にシフトを回される回数が減った気がする。

 気になって料理長のベティさんに聞いたら、苦笑いと「愛されてるねぇ、リオンちゃん。ま、頑張んな」なんて返事が返ってきたけど。


 ……一体、どういうことだったのかな。


 私としては料理をするのは嫌いじゃないから、食堂の仕事の方が嬉しいのに。少し残念な気分。


「えー、まだまだかかりそうじゃん。っつかさ、あんたいっつもこんな大変なことしてんの?」

「……大変、ということでもないですよ。やりがいもあります」


 模範解答みたいな答えを返すと、ルイスさんがウンザリしきった表情を浮かべてる。

 苦手な料理が出たときに見たことがある彼の顔。でも、そんな表情だって、好きだなって思えるよ。


「でも、そうですね。やりきった後の方が、ルイスさんと話すのも楽しめると思いませんか?」

「っ!? は!? な!?」

「はな?」

 

 ? なんだろ?

 一瞬目をそらしただけなのに、ルイスさんの顔はあっという間に真っ赤になってた。


 ちょっとの間に、何が起こったの?


「? あの?」

「~~っあ、あんたってマジで! ホンッッット~に、俺よりタチが悪いタラシだよ!」

「え?」


 どうしてそんな話題に急になったの? 理解が追い付かないんだけど……。

 戸惑ってルイスさんの動向をうかがっても、「うがぁぁぁああ!!」なんて叫びながら頭を抱えてしゃがみこみ始めるし。


「凶悪すぎんだろ……マジで。うかうかしてっとマジで、かっさらわれるな」

「? ルイスさん?」


 四苦八苦してもだえられると気になって、洗濯物を干すのに集中できないんですけど。

 尋ねてみてもゾンビみたいな「ゔぁー」「ぐぁー」とか奇声しか出さない生き物に化したので、とりあえず放置しておくことにした。


「――んで、なんだ? この珍妙な状況はよ」

「あ、隊長さん。こんにちは」


 振り向くと、複雑そうな表情をした隊長さんが私達を見つめてた。

 私は作業の手を止めないで、会釈だけさせてもらった。一方、ルイスさんはというと。


「なんだってこのバカは、あんたの腰にしがみついてんだ?」

「……? っあ!? え、ええっと、ですね」


 腰にしっかりしがみついてるルイスさんの頭と、隊長の苦々しい表情を交互に見る。

 今のルイスさんにはきっと説明は難しいだろうし、私がするしかない、よね。


「その……ルイスさんを少しの間ほっておいたら、ですね。ねてしまいまして……」

「結果、コレか」

「……はい」


 グズグズ文句を言いながら離れようとしなくなって、何度かお願いしたんだけど聞いてくれなかったんだよね。


「おいこらテメェ、クソバカ。部下にしめしがつかねぇだろうが、持ち場に戻りやがれ」

「断ります。仕事が遅いのが悪いので、俺には関係ないです」


 しっかり聞こえてたみたいで、チラッと隊長さんを視界に一瞬に収めた後、おざなりにルイスさんはそう返した。

 そんな態度を取ってたら、隊長さんがまた怒っちゃいますけど……。


 案の定、隊長さんはふてぶてしいルイスさんの様子にこめかみに青筋を立てた。


「ッチ! クソが、俺が妻と娘と過ごせねぇっつうのに……」


 そこですか!? しかも思いっきり私怨しえんじゃないですか!

 そういえば、隊長さん家庭持ちで、愛妻家として有名って前に噂で聞いたような気がするよ。


「……まぁいい。本題はこれだ」


 無造作に隊長さんが投げた物を、振り返りもせずに片手でルイスさんは受け取ってみせた。

 私のお腹に顔を埋めたままで絶対に見えないはずなのに、どうして取れるのかな……。


「なんですか、これ」

「テメェが討伐したバジリスクの件で、陛下から直々の招状だ。大方おおかた、想像はつくだろうが」

「……」

「おいこら、クソ面倒なのは認めるが破いてなかったことにすんじゃねぇ」


 平然と破こうとするルイスさんもルイスさんだけど、それに対して眉一つ動かさない隊長さんもすごいよね。普通って、王様からの呼び出しって光栄に思うものじゃないのかな?


「討伐対象がデカすぎたのが問題だったな。俺にも似たような内容が届いたが、大々的に祝いの場を設けるっつう話だ」

「代わりに隊長行ってきてくださいよ」

「俺も行くんだよ。そもそも主賓格が行くのを渋るんじゃねぇ!」

「……嫌ですよ、どうしてわざわざ珍獣扱いされるのわかってて向かうバカがいるんですか」


 ええと……話の流れからして、もしかして前のバジリスクをルイスさんが倒したことで、王様に呼ばれてるってことなのかな?

 思い出してみれば、エミリア様がバジリスクは非常に危険で脅威的な魔物だって言っていたような。


 その祝いの会を王様が直々に開くんだから、余程のことなんだよね。……改めて感じるけど、よく私とエミリア様、生き残れたよ。


 ……そういえば、ルイスさんは珍獣扱いされるなんて言ってたけど……もしかして獣人だからなのかな。だとしたら、酷なことを王様は要求してると思うんだけど。

 しかも、その原因が私を助けようとしてバジリスクを倒したことなら、申し訳ないんだけど。


「そもそもテメェが珍獣扱いされんのは種族的なモンじゃなく人格的なモンだろうが」

「ひでぇ!? 隊長ひどすぎますよ!」

「うるせぇクソが! テメェが血みどろになって魔物を狩りつくしたせいだろうが! ちったぁ反省しやがれ!!」

「あんなの誰でもできることですよ!」

「数分でA級の災害魔物をブチ殺すのが普通なら、俺達騎士はいらねぇんだよ!」


 二人とも怒涛どとうの勢いで言い合いをし始めちゃった。

 ……深くは理解できないけど、とりあえずルイスさんが普通じゃないってことはなんとなく察することができたよ。

 『A級の災害魔物』って響きだけで、危なすぎる存在ってことはわかる。でも、それを数分で倒すって……ルイスさんって一体、何者なのかな。


「……つーわけで、クガがこんなバカを気に病む必要性はねぇ。いわば、ルイス自身の自業自得だ」

「!」

「は? なんで俺が招集されたことでクガが気にすんの?」

「…………えっと、それは」


 キョトンと不思議そうに私に聞いてきてるってことは、ルイスさんにとっては私のせいとは思わなかったってことなのかな。

 むしろ、隊長さんのほうに私の考えが読まれてたみたい。


 素直に言ってもいいけど、せっかく隊長さんが気遣ってくれたのを無駄にするみたいだよね。それに、いざルイスさんに伝えたら、それはそれでねちゃいそうな予感が。


 ……どう答えよう。


「うるせぇバカ野郎が、ちったぁその脳みそに栄養回せ。何のために女を侍らせてたんだ。無駄にしてねぇで学びやがれ」

「はぁ!? 隊長に言われたくないですけど~?」

「あぁ!? んだとテメェ!」

「なんですか、やりますか。受けて立ちますよ!」


 あの、とりあえず二人とも、私をはさんでケンカを始めるのをやめてください。


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