第36話    「教えてやるよ」※

「……なんで」

「え?」


 なに、が?


「なんでだよ。なんで、あんたはここに来たんだよ」

「……心配だったからです」

「っ! ……誰が、んなこと頼んだんだよ。誰も頼んでないだろ? 余計な世話だっつうの」


 だったら、どうしてそんな苦しそうな声をしてるの?

 どうして、ルイスさんは私を遠ざけるようなことばっかりあえて言ってるの?


「教えてください。ルイスさんが私を突き放そうとしてるのは、何故ですか?」

「…………あんたには、わかんねぇよ」


 絞り出したみたいな声で責められた。

 だけど……ねぇ、ルイスさん。だったらどうして、あなたは私の腕を痛いくらいにつかんでるの? まるで、逃がさないって言ってるみたいに。


 逃げようとしてるのは、ルイスさんの方でしょう?

 

 もちろん、私は逃げ出すつもりも、引き下がる気だってちっともないけど。


 闇の中に浮かび上がってる彼の瞳を、ジッと見つめ返した。

 少しずつ暗さに目が慣れ始めて、顔の輪郭くらいはわかるようになってきた。だけど、私が今見たいのはルイスさんがどんな表情をしてるか。


「はい、わかりません」


 ルイスさんの言葉をあっさり肯定してみせる。

 それに対して、肩を揺らしたのは彼だった。


「でも、わからないから教えてほしいんです。そこで投げ出したりしたくありません」


 他の人だったら、私はここまで深く関わろうとしなかったよ。

 「どうせ元の世界に戻るんだから関係ない」って、それを免罪符につながりを断ってしまうんじゃないかな。


 ……でも、それはあくまでも他の人なら。


「誰でもない、ルイスさんのことだから知りたいんです」

「……」


 なんで、何も言い返してくれないんですか?

 思いの丈を話しても、話さないどころか身動き一つしないなんて。何か一つでも反応してくれたらいいのに。


 無言で見つめていくうちに、ようやく彼がどんな表情をしてるかうっすらだけど見える。夜目は効く方じゃないけど、至近距離にいるからなんとかわかるよ。

 でも、表情がなくなってるなんて……ルイスさんは今、何を考えてるの。


 ふと、その時に右腕に鈍い痛みが走った。

 ルイスさんにつかまれているほう?  


「っ……痛い、です」

「……だったら」


 急に腕をつかまれた手に力を込められて、息を飲み込むことで耐えようとしたけど。表情が歪んじゃうのは隠せないよ。

 口を開いたルイスさんの声は、さっきと正反対で静かすぎるくらいで。感情なんて微塵みじんも感じさせないようなトーンだった。


「!?」


 勢いよく腕を引かれたと思ったら、そのままズルズルと部屋の奥まで連れて行かされる。  

 一体、どうしたの!?


 抵抗する気なんて全然ないから、そんなに強く引っ張らないでほしいよ。

 肩が抜けちゃうんじゃないかなってほど痛いのに。


「っ?」


 そのまま、乱暴にルイスさんに身を突き飛ばされた。

 とっさに体勢を立て直すこともできなくて、その場に倒れ込む。


 身構えて頭にくるはずの衝撃に構えてたけど……しばらく待ってもそれは訪れなかった。


「?」


 痛く、ない?

 そっとまぶたを開けてみたら、私の上に人影があった。


「ルイス、さん?」


 下から見上げるかたちになってる今の現状って……もしかして、ルイスさんに覆いかぶされてる、の?

 彼自身も転んで、私の上に倒れ込んじゃったのかな。


 …………ううん、違うよね。たぶん、私はルイスさんに押し倒されてるんだ。

 だけど、どうして?


 左右を横目に確認すると、シーツが見える。

 ここは、ベットの上?


 正面に視線を戻すと、ルイスさんが私を見下ろしていた。


 私と視線が合ったルイスさんは、唇の端をわずかに上げてみせた。

 軽薄な笑みを浮かべる彼が何をしたいのか読めなくて、頭の中が?マークで埋め尽くされちゃう。


 またルイスさんに腕をつかまれる。今度は両方。

 彼が両手を使ってしっかり拘束こうそくしてるせいで、身動きがとれない。


 困惑でただ仰ぎ見るだけの私に対して、ルイスさんはフッと嘲笑あざわらった。


「……だったら、教えてやるよ。俺のこと。それが、あんたの望みだっつうんなら」


 そう言って、ルイスさんは身体を傾けてきた。


「え?」


 なに?


「ルイスさっ!? んぅ!?」


 開いた唇が、温かい何かにふさがれる。

 それだけじゃなくて、口の中にぬるりとした何かが入ってきた。問答無用の、我が物顔で。


 なに、これ。

 なにが起きてるの?


「ん、ぅ……んんっ」


 状況がわからないよ。

 それにどうして、こんなにルイスさんの顔が近いの?


 ううん、近いどころじゃない。鼻がぶつかるんだからゼロ距離になってる?


 まさか私の唇をおおっているのは、ルイスさんの唇?

 じゃあ、口の中にあるのは…………彼の舌?


 どうして?

 なんで私、ルイスさんにキスされてるの?


「っ……」


 聞きたいのに、息を奪いつくしそうなくらいで彼の舌が私の口を占拠してるから何も言えないよ。

 口から濡れた音が立って、恥ずかしくて仕方ないのに。


 呼吸もロクにできなくて、頭に白いもやがかかったみたいに考えられない。

 息苦しくて涙が出てきたし……。目の前が涙でにじんで、ルイスさんの顔も見れないよ。


 もう、離して。


「ッハァ…………っ!」

「ハッ……」

 

 願うと同時に、ゆっくりとルイスさんの顔が私から離れていく。

 抜かれていく彼の舌と私の舌との間に、唾液で築かれた橋ができる。ピチャッ……なんて生々しい音がした瞬間、プツンと途切れた。


 やっとまともに息ができるようになって、無意識のうちに荒い呼吸を続けてる。


「………………どう、して……?」


 目の端から涙がこぼれて頬に流れた瞬間、視界がクリアになる。


「どうして? おかしなことを聞くんだな。あんたが教えてほしいって言ったんじゃないか」

「……?」


 軽い口調のルイスさんは、自嘲的な笑みを浮かべてた。冷たくほの暗い光を宿した瞳が、私を見下ろしてきてる。


「これが答えだ」

「……え」


 そう言った彼の頭上には、見慣れないものがあって。

 夢か幻かわからないようなあやふやな場所で、前に一瞬だけ見た姿とかぶる。



 ――ルイスさんの頭上にあるのは、三角形のかたちをした毛に覆われたもの。



「み、み?」


 間違えようのない動物の耳が、彼の頭には生えていた。 


 え? あの……本当に、どういうことですか?

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