第29話    「あの子の趣味は、私には理解できないわ」

 行きにも乗ったけど、馬車の中って落ち着かない。

 ジョシュアさん達と初めて会った時……王都に来たときはそうでもなかったのに。

 

 たぶん、居合わせてる人と何を話したらいいのかわからないから、居心地悪く感じちゃってるのかもしれないけど。


 ……でも、それにしても。


「あの」

「? なにかしら」

「……時間が、かかりすぎていませんか?」


 さっきはこんなに時間がかかんなかったような。せいぜい10分程度だったのに。

 今は30分はかかってそうな気がするよ。


 それとも、私の気のせい?


「そういえば……そうね。妙だわ」

「……」

「……」

「あの、カーテン開けてもいいですか?」

「ええ、構わないわ」


 馬車の小窓には、外から中が見られないようにカーテンをかけてる。

 エミリア様から許可をもらったことだし、開けてみよう。


 布の端をつかんで、一気にめくる。


「!?」


 どこ、ここ……!?


 どうして街中じゃなくて、林が見えるの?

 すごい勢いで流れる木々と草に、確実に森の奥まで進んでるのがわかる。


「どうかしたのかしら?」


 固まった私を不審に思ったエミリア様が声をかけてきた。

 もしかして、エミリア様もこの事態を知らない? ということは……彼女が何か仕掛けようとしてるわけじゃないの?


 なら、これって……。


「……エミリア様」

「なにかしら?」


 周りに聞えないように、静かに話しかけた。


「住んでいるところは、王都の外ですか?」

「! ……いいえ、違うわ」

「そうですか」


 私の質問で全てを察した彼女は、顔を強ばらせた。

 即答で否定した彼女を見て、思案する。


 御者はたぶん、味方じゃないよね。


 だからって軽率に扉を開けたって、このスピードの馬車から降りたら怪我どころじゃ済まないし。

 私達が気づいたってことも、さっきの会話がもし聞かれたとしたらバレてるはず。


 ……どこかに着くまで、静かに待つしかないかも。


「ねぇ、あなた」

「……あ、はい。なんですか?」

「どうしてそんなに動揺していないのかしら?」

「なるようにしかならないとわかったので。焦っても事態は変わらないですよね?」


 首を傾けてみせると、エミリアさんはキュッとその整った細い眉を寄せた。

 そして大きなため息を吐いて、指で額をおさえた。


「…………装いとは遠くかけ離れて、豪胆な方ね」


 褒められてる? ……たぶん、違うよね。あきれられてるのかな。


「それがルイスの気に召したのかしら。…………あの子の趣味は、私には理解できないわ」

「……?」


 えっと、もしかしてけなされてる?

 首を左右に振った後、エミリア様は私を正面から眺めた。


「けれど……あなたがあの子にとって代わりの利かない存在になりそうなのも、真かしら」

「あの」

「……口をつぐみなさい。そろそろ、停車するみたいだわ」

「え……」


 うながされて気づいた。馬車の速度が、落ちてきてる。

 やがて、車輪がまわるカラカラとした音も聞こえなくなって、完全に馬車は速度をなくした。


 ……これから、どうなるの?


 エミリア様がにらみつけている扉が、ゆっくりと開いた。


「へぇ、存外肝のわった女共だな」


 図体の大きな男性が、私達を見てニヤリと笑った。


 いかにも、ならず者って感じの人。

 無精ヒゲは生えてるし、髪だってボサボサ。腕っぷしが強そうで、私の首なんて片手でポキッと折られそう。


「淑女に対して、失礼な物言いですこと。口説かれるなら、他の方をあたってくださるかしら」 

「!?」

 

 え、ちょ、エミリア様!? そんな言い方をして彼の機嫌が悪くなったら、どうなるのかわからないのに。

 あおるようなこと言っちゃダメですよ!


 首を左右に振って訴えても、エミリア様は私の様子を見て鼻で笑うばかり。


「高貴の嬢ちゃんは威勢のいいようだ」

「……そう、私を狙ってのことなのね?」


 ! まさか、誰が狙いかを話で誘導してたの?


 たしかに、高価そうなドレスからエミリア様が貴族だとはわかるかもしれない。だけど、高貴だとは限らない。

 ――もしも、彼女の身分を知った上でなら、話は別だけど。


「さてな。おしゃべりは止めだ、外へ出ろ」

「……」


 私達はおとなしく馬車を降りた。下手に抵抗したって、意味がない。逃げ場所なんてないんだから。


 そこには、複数人のごろつき達が馬車をグルリと取り囲んでいた。

 思わず足がすくみそうになるけど、男に肩をドンッと力強く押されるかたちで、エミリア様の隣へ並ぶ。


 辺りもすっかり陽が落ちてて、足元が見えない。馬車の中には魔道具の明かりがあったから夜になってたなんて、全然気がつかなかった。


「野蛮ね。これだから庶民って嫌なのよ」

「ああ? んだとぉ?」


 あの男の人、エミリア様の嘆息交じりの挑発にあっさり引っかかってる。目くじらを立てて怒り、すぐにでもつかみかかりそう。


 私にはどうしてそんな行動をしてるのかわからないけど……。たぶん、エミリア様は何か考えがあってのことなんだと思う。


 前のめりになった彼の肩をつかんで後ろに下がらせたのは、さっき馬車の扉を開けた男。

 ……この人がボスなのかな。


「まぁ、待て。……なぁ嬢ちゃん、余計な口をはさまない方がいいぜ? じゃねぇとオレらはバカだからな、ついうっかり殺しちまうかもしれねぇよ」

「おたわれを。どちらに転んだとしても結末は変わらないんじゃなくって?」

「……ふん、カンのいい嬢ちゃんだ」


 言葉の応酬を平然と繰り広げてるけど……表情が二人とも険しいよ。


 そして今のやりとりでわかったけど、彼らは私達二人とも殺す気なの?


「何が目的かしら? 神の身元に旅立つ前に、教えてくださる?」

「わかりきったことを言うな。あんたみてぇな高貴な輩をうとましく思う奴なんて、山ほどいるだろ」

「……」


 エミリア様の沈黙は肯定?

 だから、ルイスさんに近づいた私も警戒したってこと?


「気が済んだか? んじゃ、オレは一思いにやってやるよ。優しいからな」

「……」


 ボスの男が、腰に引っかかってる剣を引き抜いた。

 月の光に反射して、剣の刀身が鈍い光を放つ。


「ねぇ、あなた」

「っ?」


 急に小声でエミリア様に話しかけられて、とっさに飛び上がりそうになった。

 けど、それを必死に押し隠して彼女の顔を見た。


 私よりも身長が高いから、斜め下からエミリア様をあおぎ見るかたちになる。


「安心なさい。庶民一人を護ることくらい、造作もないことよ」

「え……?」


 それって、つまり……私を守ってくれるってこと?

 私のこと嫌いじゃないの?


 なのに、どうして?




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