第27話    「彼につきまとうのをお止めになられたら?」

「……」


 どうして、私、こんなところにいるのかな?


 はしたないって言われないように、こっそり周囲を見てるけど。どう考えても場違いにしか思えないよ。


 天井にはキラキラまぶしいくらいの明るさで輝いてるシャンデリア。

 この床に使われてるツルツルした白い石は……たぶん大理石じゃないかな?

 座ってる一人掛け用のソファーはふっかふかで、気を抜くと足が浮いちゃいそうなほど。


 目の前にあるテーブルの上には、青みがさしてる琥珀こはく色の紅茶。湯気からただよう香りは、ホッとする素敵なもの。

 紅茶が入ってるカップも、なんだかとっても高価そう。模様は花が細かく描かれてて、繊細な印象がある。


 割っちゃたら怖くて手が伸ばせないよ。このティーカップ一つだけでも、絶対私の給金じゃ払えないような代物だよ。


「どうかしたのかしら? 先程から手をつけていないけれど」

「あ…………いいえ、私のことはお構いなく」


 かけられた声に顔を上げると、優雅に唇にティーカップを運びながらエミリア様が首を傾げた。


 ……どうして平然と使えるんですか。慣れですか?


「あの……それで、私はどうしてここに連れてこられたんですか?」


 馬車でエミリア様に連れていかれた先は、カフェだった。

 内装もすっごくオシャレで豪華で、正直気後れしてる。テーブルごとに個室になるような店のつくりだからまだいいけど……でも、これはこれで落ち着かない。


 そもそも、彼女は私に何の用なのかな?


「……そうね。長引かせても得るものはないわね」

「……」


 エミリア様はカップをおろした。そして、その水色の瞳で私を正面から見据えてきた。


「――彼につきまとうのをお止めになられたら?」

「……彼って」

「わかっているでしょう? ルイスのことよ」

「……つきまとっているわけじゃ、ありません」


 そんな言い方されても。私はべつに、ハーヴェイさんのストーカーでも何でもないし。

 単なる、友人関係にあてはまるよね?


 私の否定に、エミリア様はいぶかしそうに眉をひそめた。


「なら、何故あなたはあの方のそばにいるのかしら?」

「それ、は……」


 ……話せば、長くなるよね。

 知り合い程度の出会った当初に比べると、たしかに今ってハーヴェイさんといる時間が多い気がする。


 でも、私が彼の傍にいる一番の理由は。


「約束、したからです」

「約束?」

「『傍にいる』って。『私がここにいる限り、ずっと傍にいる』って約束をしたから」

「……不確かすぎるわ。それをあなた自身、従うつもりなの?」

「彼が……ハーヴェイさんが、許してくれるのなら」


 ただ、今となっては怪しいけど。

 彼が私を拒んでいたら、私はそれを受け入れるしかない。


「……あなたに遠回しな言い様は通じないみたいだから、包み隠さず言うわね。わたくしとしては、あなたが彼から離れてくださることが叶うなら、金銭に糸目はつけないわ」

「っ!? お、お金なんていりません!」


 そんな理由で、私はハーヴェイさんの傍にいるわけじゃない!


 私の言葉に、目を細めてエミリア様は微笑んだ。


「殿方が良いと言うのでしたら、そちらでも構わなくてよ」

「いりません! ハーヴェイさんじゃないと、意味なんてないです! 私はハーヴェイさんだから、傍にいたいんです!」


 そう、彼じゃないと意味なんて全然ない。だって、約束したのはハーヴェイさんとなんだから。

 第一、誰でもいいなんてあるわけないよ。


 私が必死に精一杯力強く言い返すと、彼女はその目の奥に獰猛な光を宿した。


「…………そう。だとしたら、あなたはハーヴェイ家の障害となり得るおつもりなのね?」

「……」

「例え、それがルイスのためにならないとしてもかしら?」

「……もしその質問の意図が、『ハーヴェイ家のルイスさん』のためを指しているんだとしたら、そうかもしれません」

「どういう意味かしら」

「……」


 今日気づいたこと。

 それを反芻して、私は息を吸い込んだ。


「『ハーヴェイ家らしく』、なんて。彼は望んでないからです」

「っ!」


 きっと、そう。

 彼は、ハーヴェイ家に嫌悪感を抱いてる。


 本人に確かめてはないけど、実家とか家族の話題に触れることが全くなかった。


「……私だって」

「え?」


 ……なに?

 ボソッと聞こえた声は、俯いていたエミリア様からだった。せてた顔を上げて、彼女は私をキッとにらんできた。


「私だって、気づいてはいたわよ」

「え……」


 どうしたの?

 

「だけどそんなの認めるわけにいかないじゃない! そうでないと彼をかばえなくなるのよ!?」

「庇う?」


 エミリア様は、ルイスさんを庇っているの?


「ただでさえ、近年の彼の動向で見切りをつけることをハーヴェイ家当代は視野に入れようとしているの」

「……」


 女癖の悪さとか、そう言った噂でとかかな?

 ハーヴェイ家当主ってことは、もしかしてハーヴェイさんのお父さんが?


 見切りをつけるってことは……後継者から外すとかそういうことなのかな。


「そのような状況下に、あなたみたいな庶民に彼が執心だと知れたら……! 彼は、用済みになって処分されかねないわ」

「処分? それって、殺されるってことですか?」

「……表立ってはされないでしょうけれど、裏ではどうかわからないわ」


 暗殺者を差し向けられたりするってこと? もしくは、何かの事故に巻き込まれたみたいに見せかけて殺そうとしてくるとか?


「どうして、そこまでその当主さんはハーヴェイさんを殺そうとしてるんですか?」

「……当代は家の汚点となるような存在を、極度な嫌悪感をもって対応するのよ。出自からルイスには当代にとって気に喰わない点が多すぎるの」


 生まれたときから?

 それって……ハーヴェイさんには何の落ち度もないよね?


 実の父親からそんな目で見られて育ってたなんて……ハーヴェイさん、どう感じてたのかな。


「とにかく、ルイスにはもう、あとがないのよ」

「……」


 エミリア様は、苦しそうに表情を歪めていた。

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