第26話    「……でも、それだけ?」

「……ハァ」


 ため息が、私の読んでいた本にかかる。

 思いのほか大きな声で響いた落胆に、ちょっと慌てて周囲を見渡す。


 ……うん、いつも通り誰もいない。本当、毎回思うけど全然人が来ないよね。ここの図書館って。


 休日の今日は久々に元の世界の手がかりを探して、図書館で調べ物をしてた。はず、だけど……自分自身でもわかってるけど、身が全く入ってない。


「……」


 原因なんて明らかで。割り切らなきゃいけないって思うけど、少しもできてない現状。


「もう、帰ろうかな……」


 でも、帰ったって部屋でウジウジ考えちゃうなってことくらい予想できるよ。だったら外に出たほうが生産的かなって、気分転換代わりにここに来たわけだし。


 違う本でも読もう。

 どういうのがいいかな。


 手持ちの本を閉じて、一端わきに抱える。せっかく途中まで読んだから、これは後で続きを読もう。


 視線を本棚に移してみるけど……特に気になるのはないんだよね。

 違うジャンルでも見に行こうかな。


 いつもは行かない区分のところへ足を向ける。


 植物、民俗学、経済、純文学、魔法学…………魔法?


 自然と私の足が止まった。


「……」


 そういえば、前に魔法の属性の話題が出たとき、ハーヴェイさんの様子が少し変だったような。


 だとしたら……調べてみるのもいいかもしれない。



 どうして近寄るなって言われたのに、ハーヴェイさんのことを知ろうとしてるかなんてわからない。

 最善を考えれば、これ以上別れがつらくならないように関わるのをやめた方がいいって思うのに。



 ――だけどそれと相対して、ハーヴェイさんのこと、もっと知りたいって思う私がいる。



 隊長さんが言う、『最後まで面倒を見る』っていうのには答えられないのに。

 そうはわかってるのに、いつの間にか私の手は、「魔力属性について」というタイトルの本を取っていた。


 私の指が、茶色の表紙をめくった。

 乾いた音が、やけに大きく聞こえた。



 ◇



 魔法には属性が複数存在し、全部で7つあるとされている。それは、「光」、「風」、「火」、「水」、「木」、「土」、「闇」である。

 各属性に精霊は存在し、彼らは自在に自身の属性魔法を操ることができる。


 しかし、私達人間には自在に魔法を操ることができない。それに見合った訓練が必要である。でなければ魔力が暴走し、自身や周囲を傷つけてしまうためだ。

 代わりに、複数の属性を持つこともある。ただし、所持する属性が増すほど、その該当者になる可能性は低くなる。


 複数の属性を持つ者は、大概が貴族所縁ゆえんの者である。

 例を出すならば、王族ならば4つ以上、公爵ならば3つ以上は固い。高位貴族になればなるほど、複数の魔力属性を持つとされている。


 また、種族によって持ち合わせる属性にかたよりがある。

 人魚族は「風」と「水」、獣人族は「土」、竜人族は「風」と「火」、エルフ族は「木」のみを持つとされている。


 一方、私達人間に多いのは、「風」、「火」、「水」の属性である。王族には「光」の所持者が現れやすいとされる。

 まれに「闇」の属性所持者も現れることもあるが、成人になる前に自身の体がむしばまれ、長生きできず息絶えるとされる。


 また、他の「土」「木」の属性を持つ者も人間にはいるが、大抵が他種族と血が交わったものであり、むべき存在である。



 ◇



「……」


 ある程度、わかったかも。


 花祭りのときにハーヴェイさんが持ってる属性を聞いたとき、様子が変わったこと。

 それに、エミリア様の「ハーヴェイ公爵家」って発言。 


「ハーヴェイさんの属性は、水と土、だったよね」


 二つしか、ない。

 公爵家は、三つ以上が魔力属性を持つのが普通だって書いてあったはずだけど。


「……でも、それだけ?」


 違う気がする。


「……」


 わからない。

 でも……。


「ハーヴェイさんのコンプレックスは、魔法?」


 そうなのかもしれない。

 でも……貴族って言葉にも拒否反応をしてたような。


「『ハーヴェイ公爵家』が、コンプレックス?」


 ……そう、なのかもしれない。


「……」


 でも、どこかに落ちない。

 もう少しでつかめそうなのに……。まるで、何かを見落としてるみたいな。


「これ以上、わからないよね」


 ため息をこぼして、私は本を本棚に戻した。



 ◇◇◇



 図書館を出ると、陽が落ち始めてた。


「早く帰らないと……」


 夕暮れになると、治安が悪くなる。それに、魔物が活発化するから万が一のことを考えて外出も避けるように。

 そう私に教えたのは、ハーヴェイさんだった。



 ◇



『いいか、クガ。俺達騎士団はこの王国の治安を守ることが生業だ。けどな、完璧じゃない。だから、あんたみたいな女の子が無防備に歩いてると、早々にわれちまうぞ』


 真剣な様子の彼に、私は首を傾げた。


われるって……人食いの趣味を持っている人が王都にはいるんですか?』

『ちっげぇよ! いや、そんな悪趣味なやからもたまにいるけどな! そう言う意味じゃないだろ』


 え? 他に違う意味なんてあるの?


『?』

『……わかんねぇのかよ。あんた、一体どんなところにいたんだよ。危機感なさすぎじゃないか?』


 どうしてガックリ肩を落としてるのかな?

 ハーヴェイさんの言いたいことって、とりあえず。


『夜中は危ないから出歩くなってことでいいですか?』

『あー……もう、それでいっか。……ま、あんたが喰われちまうくらいなら、そうなる前にあんたを俺がっちまうけどな』

『え……ハーヴェイさん、そんな習慣が……?』

『だ、か、ら! そっちの意味でとらえんじゃねぇって! さりげなく距離とんな! もっと違う意味で警戒しろよ!』



 ◇



 慌てたり動揺してたハーヴェイさんを思い出すと、自然と表情がゆるんだ。

 そのあとで、私とハーヴェイさんの間で内容の誤解があったことがわかったんだよね。


「……」


 日常のささやかなやり取りが、今は懐かしいよ。

 ハーヴェイさんと顔を合わさなくなって、一週間も経ってないのに。


 食堂で働いてても、よく会ってた中庭に行っても、街に出てもそう。


 どこにいたって、頭からハーヴェイさんのことが離れない。


 そして思い出すたびに、胸の奥がギュッとつかまれたみたいに痛くなって、泣きたくなる。


 嫌われたかもしれない。そう考えるたびに、苦しくなる。

 いっそ、感情なんてなくしちゃいたい。そう思ってしまうほど。


 気分が暗くなってうつむきがちになってた顔を上げて、深呼吸をした。


「帰らなきゃ」


 ハーヴェイさんが言う、危なくなる前に。


 足を踏み出して歩き出そうとした途端、近くを馬車が通りかかった。

 豪勢な装飾が施された馬車は、私の道をさえぎるようにゆっくりと停止する。


 馬車の小窓にかかったカーテンが開き、中から女性の顔がのぞいた。


「ねぇ、あなた。時間はあるかしら」


 聞き覚えのあるエミリア様の声は、私に拒否を許さない様子だった。



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