第9話 「クソ面倒な奴だが……頼んだぞ」
「あ……隊長さん」
「おう。
たまたま掃除中に移動途中の隊長さんに出会った。
「最近会わねぇが、元気だったか?」
「はい」
家政婦の仕事は
ハーヴェイさんは遭遇率高めだけど。朝練の時だけじゃなくって、食堂に来たときは必ず声をかけてくれるから、一日一回以上は会ってる。
「おい」
「はい」
「あー……なんっつうの……その、あれだ」
「?」
言い
首の後ろに片手をあてた隊長さんは、気まずそうに目を泳がせてる。
「ルイスの奴とは、最近、どうだ?」
「どうだって……」
ええっと……どう答えれば……。
朝に会うようになったのは変化かもしれないけど……。あの鍛錬のことは、ハーヴェイさんのことだから広めてほしくないと思うから言えないよね。
「普通、です」
「そうか? 普通、なぁ?」
……疑わしい物を見る目でジロジロ見られてる。これは絶対、嘘だってバレてる?
「なんですか?」
「テメェがそうだって言うんなら、そうだろうよ。はぁ~普通、ねぇ」
「……」
なんだか、ちょっとイラッとしちゃう言い方。
でも、言い返したってロクなことにならないよね。ここは黙って流しておくのが吉かな。
だけど、なんでこんなに聞きこんでくるのか知りたいな。
「どうして、そんなこと聞いてくるんですか?」
「……俺としちゃあ、普通でも何でもいいけどよ。奴が最近マシな顔になったから気になっただけだ」
「マシな顔、ですか?」
「おう」
マシな顔って、どういうこと?
……もしかして、あの、剣を振ってた時みたいな、眼のこと?
「それって、どういうことですか?」
「テメェはべつに『普通』なんだろ?」
「! ……そう、ですね」
たしかに、そう答えましたけど……揚げ足を取って、教えてくれないつもりなのかな?
ムッとして黙ってると、隊長さんは小さく笑い声をもらした。
「しかしまぁ、その普通に奴は変わってきてんのも事実っつうわけだ」
「……」
「良くも悪くもテメェ次第に、ルイスは揺らいでやがる。一応あんなクソ野郎でも部下なわけで、上司の俺としちゃあ気を配ってやんねぇといけねぇんだよ」
良くも悪くも、私次第?
それって……いいの?
「ルイスさんにとって、それはいいことなんですか?」
「あ?」
「変わることは、悪いことじゃないんですか?」
昔の自分を、塗り替えてしまうようなものじゃないの?
それって、今までの自分を捨ててしまうようなことじゃないのかな?
少なくとも私は、変わりたいなんて思わない。
私の疑問を、隊長さんはダルそうに一言で吐き捨てた。
「知るか、んなこと」
「……」
……投げやり気味に一刀両断にされちゃった。
耳の穴を指先でほじりながら、隊長さんは面倒くさそうに眉間にしわを寄せていた。
「それを判断すんのは、奴だ。俺とクガじゃねぇ」
「!」
たしかに、そうかも。
私が変わることを嫌だと思うように、ハーヴェイさんは変わりたいと望んでいるのかもしれない。
そして、そのことを知っているのは、彼自身だけ。
「……そう、ですね」
「あとな、クガ。何を恐れてんのか知んねぇけど、変わることは悪じゃねぇ。むしろ人間なんざ、変わるもんだ」
「…………知ってます」
そんなこと、言われなくてもわかってます。
人間が、変わってしまう生き物だってことくらい。
でも。だからこそ、私は、変わりたくなんかない。
「難儀な奴だな、テメェも。あのクソバカも」
「……かも、しれませんね」
呆れてる隊長さんから視線を向けられているのを感じながら、私は瞳を
「おい、テメェはルイスの奴のこと、嫌いか?」
「……? いえ……」
唐突に、どうしてそんな質問をしてきたの?
隊長さんの意図が読めなくて、私はただ首をわずかに右に
「なら、好きか?」
「…………どちらかと言えば。そう、ですね」
あの人の顔は、先輩と同じだから。見ているのは好きだけど、同時に悲しくなっちゃうから。
性格は、全く違って。それが、余計に
……でも。
だけど、私がこっちにいる間、彼の
私でも誰かの役に立てるなら、傍にいたいって思ったから。
まして、先輩と同じ顔のハーヴェイさんの力になれたら、先輩の力になれてるみたいだから。
…………そんなの、自己満足だってわかってるけど。
「そうか」
「はい」
私のどちらかはっきりしない返事を受けても、隊長さんは
「女にだらしねぇし、紙みてぇに発言は軽いし、脳みそに中身詰まってんのか疑問になっちまうような行動ばっかしちまうような大バカだけどよ」
「あの、ものすごく悪口になっていますけど」
「事実だろうが」
「……」
ごめんなさい。否定できません、ハーヴェイさん。
淡々とハーヴェイさんのことを話した隊長さんは、特大の溜息を吐いた。
「んな野郎だが、悪い奴じゃねぇんだよ。だから……あー…………なんっつうか……」
「……」
言葉を探して、口の開け閉めを一通り繰り返した後、隊長さんは頭を
舌打ちまでして、すごくバツの悪そうな表情になってから、嫌そうに言葉を絞り出すみたいに
「クソ面倒な奴だが……頼んだぞ」
「……はい」
隊長さんにも心配されてるんだ、ハーヴェイさん。
やっぱり、あの目は、私の勘違いとかじゃなくって。
きっと、彼は、何かを抱えている。
それが、何かはわからないけど。でも、私が傍にいることで心の重たさが少しでも軽減されてると、いいな。
「長話しちまったな。……クガ、じゃあな」
「はい」
すれ違って去っていこうとする隊長さんに、肩を軽く叩かれた。
「テメェは、奴を裏切んなよ」
「…………え」
聞こえるか聞こえないかくらいの小さな声で、彼に独り言のように呟かれた。
裏切るって、なに?
「あ、あの……っ」
「頑張れよー
振り返って問いただそうとしたのに、隊長さんってば手を振るだけでそのままスタスタ去っていっちゃった……。
隊長さんの、忠告めいた言葉だったけど……一体なんだったのかな。
もしくは、たぶん――
「ハーヴェイさんは、誰かに裏切られたことがあるの……?」
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