第6話    「似合わないだろ」

 窓から差し込む朝日がまぶしい。窓のすぐ横にベットがあるから、自然と陽の光で起きちゃうんだよね。


「…………ん!」


 大きく背伸びをする。身体がほぐれていく感覚が気持ちいい。

 もうちょっと寝ていたいけど、我慢しなきゃ。


「今日もお仕事、頑張っていこう」


 テーブルの上にある目覚まし時計を見た。


 この時計は、アンジェさんとジョシュアさんが『餞別せんべつに』って渡してくれた物の一つ。どんな職場でも使うだろうからって用意してくれた。

 時計盤の周りには鳥とか花が細かく彫刻されてる、これでもかってほど職人技が凝らされてる逸品。


 ……うん、何度見ても高そう。丁寧にラッピングされてたから確認しないでもらったけど、中身を見てたら丁重にお返ししたと思う。

 それがわかってるから、開封に手間取りそうなラッピングをしたんじゃないのかな。のんびりしてるけど頭が切れる人達だから、絶対そうだね。


 落ち着いたら借りてたお金と一緒に、お礼に何かをプレゼントしたいな。


 時間を確認すると、いつもより1時間早めに起きちゃったみたい。


「二度寝は……厳しいよね」


 もう一回寝ちゃうと起きられない予感がするよ。

 ここは身支度をして、ゆっくり過ごしとくのが正解かな?


 部屋に備わった洗面所に行って、蛇口代わりの魔道具に手のひらをあてた。

 するとすぐに、そこから水が流れる。水道管とかが通ってなくても水が手に入るんだから、異世界って本当にすごいよね。

 

 顔を洗うと、頭の中までさっぱりする。この世界では冬だから、水に触れると凍えてしまいそうなほど寒く感じるけど。耐えられないくらいじゃない。


 家政婦用のエプロンドレスに着替えて、腰の辺りでキュッとエプロンのリボンを結ぶ。


 あとは髪型とか変じゃないか確認したらおしまい。


「……うん。できた」


 もう一度時計を見たら、そこまで時間は進んでない。

 このまま部屋で時間になるまで過ごしててもいいけど……。


「…………散策、してみようかな」


 この施設に勤めてるけど、中を巡ったことってない。掃除をしてる時は、集中してるから周りの景色なんてそんなに気にしてないし。

 仕事の時以外ではあんまり敷地内の外は行かなかったから、気分転換になるかも。


「行ってみよう」



 ◇◇◇



 建物の外に出るとピンと澄み切った冷たい空気がした。若干肌寒いくらいの外気だけど、それがちょうどいいね。

 朝独特のすがすがしい空気をいっぱいに吸い込んで、吐き出した。


 ……うん。いい気分。


 敷地内を探索しようとは思ったけど、どこに行ってみよう。とりあえず、適当に散歩しようかな?


 早い時間帯だからか、誰もすれ違わない。

 もうちょっとしたら、夜勤の騎士の人達が交代で帰ってくるかもしれないけど、その時には私も勤務時間だからね。


「……あれ?」


 なんか、物音が聞こえたような?


「こっち?」


 気になるから、行ってみよう。

 誰がいるのかな?


 中庭みたいな、開けた場所。

 芝生が植えられたそこには、先客がいた。


「…………あ」


 あれって……。


「……っは!」

「ハーヴェイ、さん?」


 剣を振るう顔は、普段の陽気な笑顔とはかけ離れた真剣な表情。

 彼の腕が振られるたびに、空を切る音が聞こえた。


「っふ……!」


 次々に出される剣の攻撃の型は、まるで舞みたいに優雅なのに、力強くって。


綺麗きれい……」


 目が、離せなくなるよ。


 ハーヴェイさんが向き合うのは、正面の架空かくうの敵なのかな。前をまっすぐ見つめて、ひたすら剣を握ったほうの腕を動かし続ける。


 ビリビリと痺れそうなほど緊迫した空気をまとって、動きだけはなだらかに流れ続ける。


 もうちょっと、見ていたいな。


 どのくらい時間が経ったのかわからないけど。

 やがて、彼は腕を下して一つ息を吐いた。


 それだけで、張りつめていた空間がゆるんだのを感じた。

 自然と、私の口からも息が出た。


「さてと。……なぁ、いつまでそこで見てんだよ」

「!」


 気づかれてた。私の方に顔を向けて、ハーヴェイさんは苦い表情をしてる。


「あの、いつから気づいてましたか?」

「あんたが来た最初から。一応、騎士の端くれだから、気配には鋭いわけ」


 言われてみれば、たしかにそうかも。

 敵がどこにいるのかわからないと戦えないよね。もしかしたら不意打ちだってあり得なくないんだから。


「自主練ですか?」

「……まぁな」


 ハーヴェイさんは、肩をすくめてみせた。バツが悪そうに苦笑いをしてる。


「似合わないだろ」

「…………」


 ……どう、なのかな。

 女性にはだらしなくて、私にもボディタッチ多めで、からかってるのか本気なのか微妙なナンパな言葉も出てくる時があるけど。


 …………でも。


「そんなこと、ないですよ」

「…………あー……冗談言うなって。似合わないぞ」


 苦笑いしてるけど、そんなことないのに。もちろん、お世辞とかでもないから。

 だって。


「嘘じゃ、ありません」

「……そうか?」


 意外と面倒見が良いことも、心配性なところもあるって、知っています。

 そして、その一面は先輩と似ているところ。


 ――そういう部分を見つけて、私は。


 ……ううん、それは、今は置いておかなきゃ。


 私の返した言葉に、ハーヴェイさんは困ってるみたいだった。


「……ま、いいや。クガは、こんな朝早くどうしたんだ?」

「いつもより早く起きてしまったので……散歩です」


 どれぐらい時間が経ったのかわからないけど、そろそろ戻らないと危ないかも。


「お邪魔して、ごめんなさい。私、もう行きますね」

「……おう、またな」


 いつもだったら、軽い口調で引き留めるような言葉も彼から出るような場面なのに。

 このとき、ハーヴェイさんは何も言わなかった。 


 だからなのかは、わからない。でも、私は立ち去ることができなくて、足が動かせなくなった。

 

「……あの」


 恐る恐る出たのは、震えてる私の声。

 それに対して、ハーヴェイさんはいぶかしそうにしてる。


「あの。また、見に来ても……いいですか?」

「は?」


 戸惑って、疑問の声を上げた彼の反応は、おかしくない。

 私だって、どうしてこんなことを言い出したのか、よくわかってないから。


 ……だけど。

 どうしてかわからないけど、何事もなかったみたいにこのまま、ハーヴェイさんと別れていいのか引っかかっちゃって。


 私の気のせいかもしれない。そうだったら、そうでいいけど。


「あー……見ても、つまんねぇと思うけど?」

「……」

「…………」

「……………………」

「………………………………ハァ」


 ジッと見つめて無言で訴えていると、根負けしたハーヴェイさんは特大の溜息をこぼした。


「わかった。好きにしなって。……全く、あんたも物好きだな」

「! ありがとうございます……!」


 粘り勝ちしちゃった。頭を下げてから、ハーヴェイさんの顔を見る。

 苦笑してる彼と、目が合った。 



 彼の鍛錬を見てた最初は、綺麗で目を奪われてた。

 でもそのうち、動作とは裏腹なハーヴェイさんの目に私は意識を向けてた。


 力強くて、生命力にあふれた剣さばき。なのに、瞳は光がなくて無機質で。



 笑う彼の今の様子は、さっきまでの不安定さをはらんだ雰囲気は微塵みじんも感じなかった。

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