第34話    「何をしているのですか、あなた方は!?」

 ――いつか、わかっちゃうよねと思ってたけど、それが今日だってことは予想できなかった。



 この日は使用人として働く予定だった私を、またいつものようにアルが手料理を希望して。


 今回はあまい物をって考えた私は、ホットケーキを彼に作った。ベーキングパウダー代わりのふくらまし粉がこの世界にも存在しててよかったよ。


 あまい蜂蜜も垂らしたそれを、アルはニッコリ嬉しそうに笑って見つめてた。


 昨日受け取った封筒の中身は、あの後開封して確認してみたら、やっぱり図書館の利用許可書だった。

 そのことについてお礼を言いつつ、いたって和やかに私達は過ごしてた。


 でも、ふいに、厨房の入り口から「な!?」っていう大きな叫び声が聞こえて。

 そっちの方に顔を向けると、呆然としてるレイモンドさんが立っていた。


「な、な、ななっ……!?」

「あ、あの……レイモンド、さん?」


 どうしたのかな? レイモンドさんってば「な」ばっかり呟いてるけど。

 口をパクパクさせてるけど、言葉として成り立つものは何も言ってないから、伝えたい内容がわからないよ。


 でも、アルは何故かニッコリと微笑んで、フォークを使ってパクリとホットケーキを口に入れた。こんなときなのに食べちゃうの!?


 そして、レイモンドさんは大きく息を吸い込んで、大声で叫んだ。


「何をしているのですか、あなた方は!?」

「ひゃ!?」


 え? え!? もしかして私、これから怒られちゃうの!?

 すごい勢いで言われて、身をすくめた。厨房の入り口に立ってたレイモンドさんは、似合わないくらい粗暴な足さばきで入ってきた。

 だけど、彼が向かった先は私じゃなくて、正面で食事をしていたアルの元だった。


「何って……食事をしてるだけだよ?」

「違います! いえ、それについても聞きたいことはあります。けれど、この際は置いておきます。アルフォード、あなた一体ここで何をしているのですか!?」


 アルフォードって、アルのこと? それが、彼の正式な名前?

 アルは顔を上げて、コテリと首を傾げて微笑んだ。


「うん? もちろんリオンと談笑していたさ」

「だから……! ……いえ、クガと何故談笑していたかも気にはなりますが。アルフォード、あなた私と商談に来たのですよね? どうしていつまでも来客室に来ないのです!?」


 商談? それって、マクファーソン家が商会をやってることに関係してる?

 アルって、その取引相手とか?


 まくし立てるレイモンドさんに、アルはフワフワとしたことしか言い返さない。


「あそこは華がないだろう? それに比べれば、ここはリオンがいるじゃないか」

「花瓶に花なら飾ってあるでしょう!?」

「……ふふ、レイモンドはわかってないね。あれはあれで心を癒すものだけれど、彼女は別格だよ」

「そういう意味じゃないってことくらいわかっています、嫌味ですよ。というより、そういった華を求めるのならば、住まいに戻ってから探しなさい」

「あそこには、あだ花か毒花しか咲いていないよ。もしくは、今にも散ってしまいそうな花か。そんな見かけのみのものや身体をむしばむものや弱弱しいものなど、私は御免ごめんだよ。それに、リオンを私は気に入っているんだ」


 怒涛どとうのように流れる会話を、私はポカンと聞いてたけど。二人って、もしかして取引相手以上の関係なの?

 名前で呼び合ってないし、やり取りが気の置けない仲間に対するみたいな。


 レイモンドさんが整っている眉をつり上げて、血管が浮かび上がりそうなほど怒ってるのに。対するアルは、のほほんと笑いながら優雅に食事を続けてる。

 えっと、アル。いい加減、食べるのやめようよ。ホットケーキはべつに逃げないよ。


「レイモンド、とりあえず私はこのリオン特製のケーキを食べるのに忙しいから、用事は後にしてくれないかな? 温かいうちに食べたいからね」

「……っ!」

「!?」


 ど、どうして火に油を注ぐみたいな発言しちゃうの!?


 飄々ひょうひょうとした様子で右手を動かし続けるアルに、レイモンドさんのこめかみについに青筋が浮かび上がった。

 そんなレイモンドさんを、アルはニッコリと微笑んで見てる。もしかして、アル、レイモンドの反応を楽しんでたりする?


「あなたっていう人は……! どうしていつもいつも、人の話を聞かないのですか。そもそも、人をからかっうのは悪趣味だと常々苦言しているはずですが?」

「すまないね。それが性分なんだよ。でも、毎回憤る君も、大概だと思うけれど?」

「……っ! …………ハァ。もういいです。『すまない』なんて、欠片も思ってもないでしょう」

「ふふふ」

「……ハァ」


 アルのあの笑顔って、誤魔化してるだけだよね。レイモンドさんもそれに気づいてて、深いため息を吐いてるよ。

 なんというか、その、お疲れ様です?


「……あなたも」

「……え?」


 レイモンドさんの視線がこっちに向いた。

 わ、私?


「あなたも、どうしてこんなロクでもない男と知り合いになっているのですか」

「えっと……その、仕事中に話しかけられたので……それに、お客様って聞いたから、断りづらくて」

「ああ、わかりました。脅されたのですね。食事を振る舞っていたのも、その一環でしょう」

「……」


 レイモンドさん、すごいよ。詳しく話さなくても、一瞬で理解しちゃうなんて。

 でも、肯定するのも何だかはばかられて、口ごもっちゃったけど。なんだかんだでアルも私に対して優しくしてくれたし、図書館許可証を発行してくれたんだから。


「そ、の……最初は、そうでした。強引でしたけど……でも、優しくしてくれて、相談にも乗ってくれたから。今は、私がしたくてやってもいます。……あ、勤務中ですけど、セバスチャンさんに断っているから、一応平気にはしています」

「セバスに? ……なるほど」


 私がつっかえながら説明すると、レイモンドさんはモノクルを直した。それから、深く考え込むみたいに、目頭をみこんだ。


「あなたの事情は大体わかりました。……ちなみに相談とは、なんですか? 私が口を出すのも面倒ですが、ややこしい事態になりそうなのでその予防として言わせていただくと、この男は相談相手の人選として間違っていますよ」

「それは……」

些細ささいなことだよ。私が王宮図書の利用許可証を彼女に用立ただけさ」

「……は? 今、何ておっしゃいましたか?」


 黙ってたアルが、口をはさんだ。皿にのっていたはずのホットケーキが、綺麗さっぱりなくなってるよ。あの状況下で、完食しちゃったんだ……。


「だから、ね? 王宮図書の利用許可書を彼女にあげただけ」

「……あなたは……またそんな、軽々しく。あれには厳正な審査が必要でしょうに、どのような裏をいたのですか。……いえ、それとも、彼女がそれほどに気に入られたということでしょうか。それはそれで、また……」


 頭を抱えて、首を左右に振るレイモンドさんの表情が深刻そう。利用許可証って、やっぱりそれほど大変な物なのかな。

 レイモンドさんは大きく深呼吸をして、私をおもむろに見つめてきた。


「クガ、あなたも厄介な相手に好かれましたね」

「……え?」

「この男に気に入られるなど、死神に好かれたようなものですよ」

「!?」


 そういえば、そういったこと昨日も言われたような……。


「レイモンドもひどいな。そうそう、つい昨日もルイスに同じようなことを言われたね。『彼女で遊んだり巻き込むんじゃないぞ! いいか、絶対だからな!』と念押しされてね。全くひどいだろう?」

「……めずらしく、あの野生児と意見が一致しましたね。そうです、あなたは自重しなさい。いえ、むしろ私達も巻き込まないでくれませんか」

「おや、君までそんなことを。相変わらず、水の精霊のように冷たい。友人のし甲斐がいがないね」

「……あなたの場合、友でなくオモチャでしょう?」

「ふふ、どうかな?」


 意味深に笑うアルを、レイモンドさんは苦々しい顔で見て舌打ちをした。いつもと全然違うくらい、ガラが悪くなってるよレイモンドさん。


「ルイス?」


 それって、どこかで聞いたような? どこだったかな? ええっと……。


「君も会っただろう?」

「昨日……それって、もしかしてハーヴェイさん?」


 アルが明確にそう言える共通の知り合いって彼しかいないからね。

 うん。そっか、思い出した。ハーヴェイさんの名前ってたしか、『ルイス・ハーヴェイ』だったはず。


 私の解に、アルは軽く手を鳴らして拍手をくれた。


「ご名答だよ。それにしても、ルイスに『さん』付けとは。あいつにはそんな価値はないのにね。リオンは優しいね」

「……え?」

「うん? どうかしたのかな? 口を開けすぎてしまったら、のどが乾燥してしまうよ?」


 聞き間違いかな? でも、割とはっきりと聞こえたような?

 呆然として見つめると、アルは綺麗に微笑んだ。冷酷なセリフを言ったようには全然見えないよ。


 ……アルってハーヴェイさんと友達だと思ってたけど違うの?

 あ、でも、ハーヴェイさんがアルのことを『敵』だとかなんとか言ってたような?


「……クガ。これでよくわかったでしょう? こういう奴なので、関わらない方が賢明です」

「おや、ひどい言い様だね」

「自業自得でしょう。このクズが」

「ふふふ」


 笑って誤魔化すアルが怖い。表情だけ比べるとレイモンドさんの方が険しいのに、まともだって思うよ。

 ……深く触れない方がいいのかも。


「もしかして、ハーヴェイさんが言ってた学生時代によく一緒にいた人達って、アルとレイモンドさんのことですか?」

「……先程の会話内容から薄々感づいてはいましたが、あの馬鹿とも知り合いなのですか、あなたは。もう驚きませんよ。……ええ、そうです。私達はいわば、学生の頃からの知り合いです。……非常に遺憾ですが」

「数年経った今でも、関わりがあるからね。そもそもあの学院は、商家や貴族といった今後の人間関係を築く練習台として利用されるものだから。卒業後にやり取りがあるのは、必然とも言えるよ」


 学校内の関係が将来に関わってくるなんて、大変そう。そういうことを考えて友達も作らなきゃいけないのかな。

 でも、一生付き合っていける友人が見つかるってことなのかもしれないよね。


「アルファードは我が商会を贔屓ひいきにしていただける点ではいいのですが……。目を離すと屋敷内を徘徊はいかいするのはやめていただきたいものです」

「仕方ないよ。私はつまらないことを嫌うからね」

「開き直らないでください」


 鋭いナイフみたいな強い視線でにらむレイモンドさんを、笑顔で流すなんて、アルって度胸があるよね。私には絶対できないよ。


「……さて。これで誰にもはばかることなく、リオンに会いに来れるね。これから毎日訪ねようかな」

「来なくて結構です。あなたはそこまで暇なのですか」

「レイモンドさん、でも、きっとアルは本気じゃないと思うんですけど……」


 厳しく言いすぎじゃないかな? ううん、警戒しすぎ?

 思わず口を出しちゃった私を、チラッとレイモンドさんが見てきた。目が合って肩を揺らしちゃった私に対して、あきれた様子でため息を吐いた。


「……いいえ。あなたはわかっていません。彼が言うことは冗談のようなものであっても、本気で実行してしまいます。その言葉も本気ですよね?」

「うん? もちろん当然だよ。何を言っているのかな?」

「少しは遠慮というものを身につけなさい、この自己中心的傲慢ごうまん腹黒男。そして速やかに帰りなさい、ここはマクファーソン家です」

「ふふふ、何を言っているのかな? 君には選択権はないよ」

「……ッ!」


 こ、怖い……! レイモンドさんがギリィと音が鳴りそうなほど、歯ぎしりしてるよ! おまけに殺気まで出してる! なんだか背景に黒いモヤが見えちゃいそうなほど、雰囲気がホラーだよ!


「あ、あのね、アル。できれば毎日は、やめてほしいです。レイモンドさん達に迷惑だから……」

「リオンが困らないのなら、問題ないよ」

「え!? あ、その……わ、私も困っちゃいます!」

「……そう。わかったよ。なら、毎日はやめておくね。でも、たまには許してくれるかな?」

「え? あ、はい。そうですね、たまに、だったら……いい、ですか?」


 私の家じゃないから答えられなくて、助けを求めてレイモンドさんを見上げる。すると彼は、目を閉じて眉間に指先をあてていた。


「……はい。そうですね、た、ま、に、でしたら」

「ふふふ、わかったよ」


 「たまに」の言葉を強調したレイモンドさんを、楽しそうに見つめるアルは満足そう。

 からかってただけ? それとも、本気だったの?


「クガ……あなた、猛獣使いでも目指すおつもりですか?」

「……」


 そんな気持ちはないです、レイモンドさん。

 でも、一筋縄じゃうまくいかない相手に好かれてしまったのかなってことは、今回で自覚しました。

  


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