第30話    「綺麗……」

 空きの今日、どこへ行こうか迷ったけど、とりあえず王都で有名なところに行くことにした。

 ここでしばらく生活するとしたら、知っておかないと困ると思うから。……それだけじゃなくって、素直に気になったっていうのもあるけど、ね。


 地図上で、王都の中の名所の一つ。

 あと、私が気になった場所なのは、異世界に飛ぶ前に会った人に関係があるかもしれない場所。


 そこは、教会。正確に言えば大聖堂。


 目的地の大聖堂はビル4階分の高さは余裕でありそうな、大きな建物だった。名前に『大』が入ってるくらいだから、当然なのかも。

 市民にも一般公開されてるみたいで、入館料はとられなかった。


 建物の中に一歩足を踏み入れると、目に飛び込んできた景色に言葉を一瞬失っちゃった。



綺麗きれい……」


 透明感のある白い壁と、それに囲まれた色鮮やかなステンドグラス。幻想的で、神聖な空気を感じるよ。


 ステンドグラスを通して日の光が、大理石みたいな白い床に七色の光のかけらを映してる。室内には明かりなんて全然ないけど、その光だけで十分。

 照明なんていらない。むしろ、あったらそっちの方が邪魔になると思う。


 ステンドグラスの中央にあるモチーフは、一人の男の人?

 その周りに後光みたいに光のマークがある。その光が、それぞれ七色のガラスを使って表現されてる。


「あちらは、この世界の創造主であらせられる、ファロード神を題材にした物です」

「え……」


 横からかけられた声は、女性のもの。声がした方を見ると、シスター服を身にまとった女の人がニッコリと微笑んだ。


「ようこそ、大聖堂へ。私はこちらのシスターとして神に仕えています。どのような悩みを抱え、こちらへ訪れましたか?」

「……ごめん、なさい。悩みがあってここへ来たわけじゃ、ないです」


 首を振って否定した。ただ、単純に気になったから来てみただけだから。

 私の答えに、女性は不思議そうに首を傾げてみせた。


「あら、そうなのですか? てっきり、救済きゅうさいを求めているのかと思いましたが。あなたは、迷い子のような顔をされています」

「……え」


 迷い子って、迷子ってこと?

 ……たしかに、私は世界規模で迷子になっているといえばなってるけど。


「とても寂しそうな顔をされてるから」

「! そんなこと……」


 ドクンと、嫌な感じで胸の中で動悸どうきが激しくなった。


 ない。そう言い切れたら、どんなにいいのかな。

 私は、否定することなんてできない。


 何を言えばいいんだろう。口ごもっちゃって、私は言葉を飲み込んだ。

 それに、彼女は困ったように微笑んだ。


「気分を害してしまったかしら? ごめんなさいね」

「いえ……」


 この人は、悪くなんてないよ。思ったことを指摘しただけ。


 バクバクと鳴ってる心臓を、そっと深呼吸をして誤魔化ごまかして。私は話題を変えるために唇を動かした。


「この神様が、この世界を作ったんですか?」

「……はい。そうだと、伝えられています」


 不自然な話題転換だけど、女の人はそれに何も言わずに乗ってくれた。


「他に、神様はいないんですか?」


 日本だったら、八百万神やおよろずのかみなんていうくらい、たくさんの神様がいたのに。それにギリシャ神話だって、北欧神話だって、一人じゃなくて複数の神様が登場してた。


 私の問いに、彼女は怪訝けげんそうな表情を浮かべてしまった。


「? ええ……。他の宗徒はいません。認めたくはありませんが、邪神を崇めている集団は密やかに存在しているかもしれません」

「そう、なんですか。……ごめんなさい。遠くから来たから、宗教には詳しくなくて」

「ああ、そうなんですね。わかりました」


 よかった、納得はしてないみたいだけど、邪神教徒だと勘違いされなかったみたい。

 そんな勘違いされちゃったら、ややこしいことになりそう。それに、お世話になってるマクファーレン家の人達に迷惑をかけることになるよ。


 彼女もホッとしたみたいで、笑いかけてくれた。


 それにしても……。


「彼、一人しかいないなんて……寂しいですね」

「え?」


 私が思わず呟いちゃった言葉に、彼女は目を丸くしてしまった。

 そして、ふふふと小さく笑われる。


「おかしなことをおっしゃるのですね。ファロード神は全知全能の神であらせられるのです。俗世のような感情など、持ち合わせない崇高な存在です」

「……そう、ですか」


 でも。私だったら、きっと寂しいよ。

 もしも、一人だったら。周りに、誰もいないなんて。


 異世界に送られる前にあった神様。あれがもしも、ファロードっていう神様だとしたら。

 真っ白い空間に彼一人。


 それってすごく、嫌じゃないのかな。


 確かに、彼女の言うように感情を持っていなければ、耐えられるかもしれないけど。


「……」


 目の前のステンドグラスに描かれた、彼を見上げた。そこには、慈愛に満ちた眼差しを浮かべる、一人の神様がいる。


 私には、彼が泣いているみたいに見えた。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます