◇第2章◇   知人は友人になりますか?

第19話    「……やってみます」

  翌日。

 朝起きて、ご飯をとって。

 『よし、使用人としての働く練習1日目、頑張ろう!』って思った私は、さっそく、ジョシュアさんに今日の流れを聞こうとした。そして、そんな私に渡されたものは――


「きゃぁあああああ!! 可愛い! 素敵よ、リオンちゃん!」

「うむ、似合っているな」

「……そう、ですか?」


 自信ないけど……アンジェさんとジョシュアさんが言うなら、そう、なのかな?

 で、でも、ちょっと、ううん、とっても恥ずかしいんだけど!


 使用人として働くってメイド服を着るってこと、考えてなかったよ!

 使用人の正装として貸してもらって着替えた私は、二人にメイド姿を見せてた。


 レイモンドさんは、「そんなものに割く無駄な時間はありません」ってスタスタ部屋を出て行ったから、この場にいない。……ですよね。


 アンジェさん、滅茶苦茶目をキラキラさせてますけど、私のメイド姿なんて、楽しくないかと思うのに……。どうしてジョシュアさんも満足そうに頷いてるの?


「前回と同様に、指南役にはアンナをつけよう。彼女なら、一度話したから安心だろう? それに、アンナは若いが腕は確かでね、大抵のことは聞いても答えられる」

「! ……わかりました」


 アンナさんと一緒……それってとっても安心かも。


「とりあえず、本日はお試しといったところだ。肩肘をはらず、手順を確認していくだけとしなさい。わからないまま無理をしても、仕事が滞るだけだからね」

「……はい!」


 優しくも厳しいジョシュアさんの一言に、自然とピンと背筋が伸びた。


「リオンちゃん、頑張ってね!」

「は、はい!」


 ……うん、頑張らないと、ね!

 アンジェさんのはげましに、私は思わずグッとこぶしを握った。



 ◇◇◇



「では説明しますね! まずこの裏口前が、洗濯場となります!」


 アンナさんはまず、正面の玄関じゃなくって裏口に連れてきた。こんなところあるなんて知らなかった。


「川、とかに行かないんですか?」

「いいえ。たしかに一般的にはそうですけど、マクファーソン家はこの道具があるので大丈夫なんですよ!」

「これ……」


 アンナさんがポンポンと叩いたのは、大きな一つの木の桶。高さは私の腰くらいで、底の広さは5~6人が中に入っても余裕があるくらい。


 ……? あれ、この青い石なにかな?

 青い石が桶の婉曲してる壁の外側に、はめ込んである……?


「その魔石を使って洗濯を行います!」

「魔石?」


 魔石って、この石のこと?

 視線を石からアンナさんにずらすと、彼女は目をパチパチとさせた。


「あれ? ご存じないですか?」

「はい」

「あ、リオン様、遠方から来られたんでしたよね! なら、魔石って初めて見ましたか?」

「はい……初めて見ました」


 アンナさんは納得したみたいで、何度かうなずいてる。

 ……ごめんなさい。遠方は遠方でも、魔石の存在自体聞いたことがないような世界です。


「えっとですね。私もそこまで深く学問を学んでいるわけではないので、聞きかじりなのですが。魔石というのは、精霊の好む力を特殊な石に付与しまして、誰でも魔法を使えるようにするものなんです」


 精霊……?


「魔法も、精霊の力を借りてるんですか?」

「あ、そこからですよね。はい、そうです。魔法も、それぞれの精霊の力をお借りして発動しているものです。詳しく話すと長くなってしまいますから、どんな精霊がいるのかは割愛させていただきますね」

「わかりました」


 魔法って奥が深いものみたい。話が長くなっちゃうくらい、色んな情報があるのかな?

 今度、本屋とか図書館とか街で探して、本で調べてみよう。


「魔石の色では、どんな精霊が力を貸してくれるのかわかります。この魔石は青なので、水の精霊の好む力が込められていますね」


 色でわかるの? なら、黄色とかはどんな精霊の力が借りれるの? 雷……とか?

 気になる! これも調べてみようかな。


「この洗濯する道具を起動するには、魔石に触れつつ念じれば一発です! ……そうです! リオン様、実際動かしてみましょう!」

「え……」


 動かすって……私、が?


「大丈夫です! 失敗なんてしませんよ、『誰でもできる』がこの商品の売りなんですから!」

「で、でも……」


 壊しちゃったりしない? 平気?


「何事にも挑戦ですよー。それに、使用人として本格的に働くことになりましたら、絶対、していただくんですから!」

「っ! ……わ、わかりました」


 正規採用されたら、できませんなんて言えないよね……。だったら、今のうちにやってみたほうがいいかな?


「……やってみます」

「はい! 頑張ってください、リオン様!」


 怖いから、恐る恐る手を伸ばしてみる。しっかり水とか、泡とか出るのかな? いっぱい出ると、その分洗濯も楽になるかな?

 私が石に触れた瞬間。


「え……ッキャァア!?」

「! リオン様!?」


 え、ちょ、え、ええ!?

 な、なんで!?


「なんで、いっぱい泡がこぼれて……!?」


 一気に噴き出した泡に、どうしたらいいのかわからなくなる。っていうより、むしろ泡の量が増えてるような……!?

 こ、このままだと噴水みたいになっちゃう!


「ア、アンナさん! あの! どっどうすればいいですか!? こっこれ!?」

「え!? えっと、あの……私にも初めて見ました!? ど、どうしましょう!?」


 アンナさんも予想外だったみたいで、慌ててる。

 手を放したら止まってくれないかな!?


「と、止まんない……!」

「あああ……え、えっと、ええっと! ど、どどどどうしましょう!? どうすればいいですか!?」

「わ、わからないです。わ、私が聞きたいです、アンナさん!」

「ですよね!? え、ええっと、ええと……お、落ち着きましょう!」


 無理です、アンナさん!


 泡が全然止みそうにないよ! もっと、激しく増えてってるような……!?

 もう泡が私達のひざの高さまであるなんて……このまま増え続けちゃったら、一体どうなっちゃうの!?


「……何ですか、この騒ぎは」


 ! この声って……。

 後ろの裏口の扉が開く音が聞こえたけど……まさか!?


「れ、レイモンドさん、き、来ちゃダメです!」

「は? というよりですね、あなたに名を呼ぶことを許した覚えは――」

「っ!? キャッ!?」

「ッチィ!」


 なんで!? どうして泡が一気に増えちゃったの!? なんか、滝が逆さまになって出てきてるくらいの勢いだよ!?

 このままだと、辺り一面水浸しどころか泡まみれになっちゃう! って、それ以前に、私とアンナさんとレイモンドさんも、全身ずぶ濡れに……!


 レイモンドさんは不機嫌そうに舌打ちしてるし! 前のアワアワも怖いし、後ろのレイモンドさんも怖いよ!


「《風よ集いなさい。見えぬ鎌となり、眼前の障害の泡沫を跡方なく吹き飛ばしなさい!》」

「!」


 私の顔の横から差し出された手の先から、いくつもの風が泡を容赦ようしゃなく切り裂いてく。

 ちょうど雨みたいに降り注ぎそうになってた泡が、徐々じょじょに量を減らしていく。


「あなたも! さっさと魔石から手を放しなさい!」

「っは、はい!」


 レイモンドさんに言われて、慌ててずっと触れてたままだった魔石から手を放した。

 すると、少しずつ少しづつ噴水みたいになってた泡が消えていって、やがてわずかに残ったものもブクッと音を立ててなくなった。


「……ハァ」

「…………っ」


 よ、よかったぁ!

 レイモンドさんが溜息を吐いて伸ばしてた腕を下したから、これ以上泡が増えることはないんだってわかった。

 私も心から安心しちゃって、フッと息をこぼした。


 お、収まって本当に良かった……!


「あ、あの……レイモンドさん、あ、ありがとうございました」

「…………何を……」


 え?


「何をしているのですかっ! あなたはぁぁああああああ!!」


 レイモンドさんの怒声が、屋敷中に響いた。

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