3
ひんと<当千>を回復カウンターに預け、回復してもらった後。
ティオヴァルトとツキヒにはいつもの食事場所で待っていてもらい、咲也子はテリアの店にやってきた。相変わらず客はいなかったが、それでも閑古鳥は鳴いている様子もないため一体いつ客がきているのかぜひ知りたいところだ思いながら扉を開ける。
「お迎え来たから帰る、のー」
店に入って開口一番。その一言を告げた時の、寂しそうながらもうれしそうな顔でテリアは笑った。すぐにカウンターから出てきて、咲也子の前まで来ると目線を合わせるようにかがんでくれた。せっかくだから、と被っていたフードを脱ぐ。
「お迎え、来てくださったんですね。よかった。もうお一人ではないんですね?」
「ん。お家にいっぱいいる、のー」
「そうですか」
よかったと目を潤ませて、テリアはリボンタイの上から右手で胸を押さえた。にこにこと笑った後に、ふと顔を暗くさせる。
「それでは、もうお別れですね」
眉を下げ、泣きそうに顔を歪めて寂しそうに言った。店の中は、かちかちという時計の音以外がなくなる。その静寂のなかで、少し開いた窓から春風がカーテンを揺らす音がまるで遠慮しているかのように小さく聞こえた。
「転移石あるからね、またくるの、よ」
胸から下ろされたテリアの手に咲也子が触れる。袖越しにきゅっと握った手は、布越しでもわかるくらいに冷たくなっていた。店の中が咲也子にはちょうど良かったがテリアには寒かったのか、驚きのあまりかはわからないが、ぎゅっぎゅっともみ込むように、熱を分け与えるように小さな両手がテリアの右手を包んだ。
咲也子の気遣いがうれしくて、若干泣きのはいった顔でテリアは笑った。
「はい、お待ちしていますね!」
どこか健気さすら漂うテリアへと挨拶を終え、お世話になったからとミリーのもとに挨拶へ向かったところ、テリアと正反対に滂沱の涙で別れを惜しんでくれた。が、健気さのかけらもなかったことはきちんと記しておきたい。
「本当に帰ってしまうんですか!? マッチョじゃない冒険者は貴重なんですよ? ずっといてくれたほうがうれしいんですけど」
「お家帰る、のー。ツキヒ迎えに来てくれたか、ら」
「おのれマッチョ!」
ツキヒとの会話を聞いていたらしく、止まり木の扉を開くとミリーはすぐに駆け寄ってきた。探す手間が省けてよかったと思ったのは内緒だ。
転移石でまたいつでも来れることを伝えると、絶対来てくださいね、約束ですよ! と指切りまでさせられて。ミリーの目の端には光るものがあったものの、笑顔で見送ってくれた。
咲也子は荷物をまとめて待っているティオヴァルトとツキヒの待つ、人気の少ない池の前に急いだ。その耳にはティオヴァルトがくれたイヤリングがきらりと光る。
待ってくれていた2人に咲也子が近づくと、ツキヒが転移石を咲也子に渡そうとして、ふと手を止める。
「あ」
「ん?」
「ああ?」
何事かとうかがうティオヴァルトと咲也子。のぞき込むように下から見上げる咲也子に、ツキヒは視線を合わせた。しばらく見つめ合った後、ゆっくりと口を開く。
「心配した」
「今さらかよ」
重大なことを告げるように、神妙に頷きながら言うツキヒにティオヴァルトが耐えられずに突っ込みを入れる。本来ならば、再会した瞬間に言わなければならないはずの言葉だが、どうやら勝負に目がくらんで忘れていたらしい。バトルジャンキー怖い。
「観光、楽しかった、のー」
「返事もそれでいいのかよ」
昼時の単語のやり取りよりはましになったものの、若干ずれた受け答えにティオヴァルトは脱力して肩をすくめた。ぽかぽかとした春の日差しにすら慰められているような気がして、ため息をつく。
ちなみに、ツキヒと咲也子はそんなティオヴァルトを不思議そうに見ていた。天然も怖い。
何はともあれ、会話の後に咲也子の小さな手に転移石は渡っていった。
座標の描かれたそれをティオヴァルトと手をつなぎながらぎゅっと握る。
ふわりとした浮遊感を抜けると、赤い屋根、白い壁、湖の岬に建てられた塔。後ろを振り返ると、木造のどこかかわいらしい建物に猫の絵が描かれた看板の喫茶店。
「ただい、ま」
懐かしの我が家だった。
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