第67話 カムバック
困った。
アイちゃんがいなくなりました。
最後にアイちゃんと会ったのは昨日、放課後に暗くなってから学校で別れた時。その日からアイちゃんが帰ってこなくなった。でもアイちゃんが一人で出歩けるのは夜だけなので、最初は気にならなかった。また翔太君の家に遊びに行ってると思ったのです。
でも、朝起きてもアイちゃんは帰ってきていなかった。学校に行って翔太君に聞いてもアイちゃんは来ていないという。
それからずっと家に帰ってこない。学校にも来ない。
「アイちゃーん、カムばぁあくー!!」
部屋の窓から夕日に向かって叫んでみた…………でも、返事はない。
真面目なアイちゃんが帰ってこない……これはちょっと異常です。
それにアイちゃんにはいろいろ制約がある。一人でいるのは辛いはずだ。何か事件にでも巻き込まれているのかも。誘拐とか。
「あ、でもアイちゃんを誘拐できる男の人っているのかな?」
アイちゃんはああ見えて、とても強い。そして、変態さんとかには容赦がない。もし襲われでもしたら、アイちゃんは結構本気で殴るでしょう。たぶん変態さんは、命に支障が出るほどの怪我をするはずだ。それくらい強い。
「もしかして、変態さんの死体を隠すとかしているのでは!?」
証拠隠滅中なのかもしれない。
もしそうなら、水臭いな。言ってくれれば手伝うのに。
__プルルルルル、プルルルル
電話が鳴った。
相手を見ると、山田さんだった。
そう言えば少し前に、私から電話していた。人探し、アイちゃんを探すのを依頼しようと思って。
「はい、もしもし浅上です」
「ああ! すみません、山田です! いやあ、すみませんねえ、仕事中だったので出れなかったんですよ。まさか、浅上さんから電話をくれるなんて! ……何かあったのでしょうか?」
「山田さん、人探しをお願いしたいのですが」
私が、そう言うとしばらく返答に間があった。
「……人探しッ! ええ? 人探しの依頼ですか? 浅上さんが……僕に!?」
山田さんの声が大きい。
「ええ、そうです。お願いできますか?」
「はい! 喜んで! 喜んでお受けいたします! ああ、お代は結構ですよ。いつも浅上さんにはお世話になっていますから」
「そういう訳にはいきません。払います」
「いやいやいや、水臭いこと言わないでください。大丈夫です! 僕と浅上さんとの仲じゃあないですか!」
一体どんな仲なのでしょうか?
「払います」
「いあいあいあ、そんなお気になさらず! そもそも、僕がこうして仕事をしていられるのもですね……」「払います」
「あ、あのぉ。浅上さん?」
「払います」
「……そうですかぁ、いやぁ。相変わらず欲がないですねぇ。そんな清廉なところが素敵です。ええと、それで人探しの依頼でしたよね、探すのは誰なんですか?」
聞かれると、心構えをしていても……答えにくい。
「……アイちゃんです」
「ええ!? 愛さんですか? えっと、あの。お友達の?」
「……はい」
「そうですか。それは……心配ですねえ。いや、お任せください。この山田、浅上さんの力になりますよ!」
「ありがとうございます」
山田さんに、そう言ってもらえて素直にうれしかった。
山田さんは電話してから30分でやって来た。相変わらず早い。
ちなみに山田さんが運転している車はミニのクーパー。前の国産中古車から乗り換えて、景気がいい様子です。
家の玄関で山田さんと合流する。
「こんにちは、浅上さん! ああ失礼、今はもうこんばんわ、ですね! いやーまだ日が暮れるのは早いですねー」
外は真っ暗。
それを見て、少し失敗したと感じる。
アイちゃんが心配で山田さんに連絡したけど、もう遅い時間。これから探すのもどうかなと、考える。
「じゃあ、さっそく探しに行きましょうか!」
山田さんが言う。
「あ、すみませんこっちから頼んだのに。ええと、でも、もう暗いですけど……今から探しに行っても山田さん迷惑じゃありませんか?」
「トンデモナイ! 浅上さんと夜のデートとでも思えば! ……ああ、すみません。冗談です冗談です。そんな目で見ないでください」
「そうですか」
なんだか、気にして損した。
「いやア、失礼失礼。じゃあ、さっそく探しに行く……前に、愛さんを探すということですが。事情を説明していただけますか? どうしていなくなったとか。後、愛さんが行きそうな場所とかも分かれば教えてほしいですね」
そんなこと分からない。
アイちゃんが行きそうな場所と言えば、翔太君の家くらいしか思い当たらないし、いなくなった理由なんてさっぱりです。
「ええと、行きそうな場所と言えば、翔太君の家くらいですけど」
「ああ、翔太君! 知ってます知ってます。お二人は確か恋人でしたよねえ。いいですねえ、彼女がいるって。翔太君がうらやましいです。いやあ、僕もそろそろ彼女がほしいというか、できれば再婚相手が……」
長話は無視する。
「居なくなった理由は……わかりません」
「……ああ、そうなんですかぁ。残念ですね。あ、でも翔太君に確認はしてるのでしょうか?」
「はい、心当たりはないそうです」
「そうですか。じゃあ、ええと。愛さんは携帯電話をお持ちでしょうか? 連絡先を教えてもらえたら助かるのですが」
「アイちゃんは携帯持ってません」
「えええええええ!? 携帯持ってない……今時そんな女子高生が存在するのですか? 浅上さんでも持っているのに」
山田さんが大げさに驚く。その後、疑わしそうにこちらを見てくる。
「持ってないです。それと、私でも持ってるってどういう意味ですか?」
気になる言い方をしてくる、ヘボ探偵。
「いやいやいや、すみませんすみません。でも、本当に……持ってない?」
「持ってません」
「別に悪用したりはしませんよ? これでも仕事として心得てますから、情報漏洩なんてしませんし、変なちょっかいかけたりもしません。なにせ、僕には心に決めた人がいるのですから!」
胸に拳をあてながら力説する山田さん。
「ホントーに持ってないんです」
でも、アイちゃんが携帯持ってない事実は変えられない。
「そ、そうですかぁ。困りましたね」
「アイちゃんが携帯持ってないと困りますか?」
「はい、というのも携帯の位置情報でいる場所が分かったりするんですよ。特に電源が入っていると、もう確実に分かったりします。でもなぁ。持ってないのかあ」
山田さんは残念そうにつぶやく。
その様子を見て、私は不安になった。
「……山田さん、アイちゃん見つかりますか?」
「ああ、すみません。心配させちゃいましたね、でも! ご安心を!! 大丈夫です、人探しの手段は他にも色々ありますので。まあ、立ち話もなんです。とりあえず、車に乗りませんか?」
山田さんはそう言って、車の助手席を開ける。
確かに玄関先で話し込んでもいけない。
私は大人しく助手席に乗った。
__バタン。
ドアが閉まる。
「取りあえず、話をするのに近所の喫茶店に行きますよ」
「この近所に喫茶店はありません」
「そ、そうでした。じゃあ、市内までになりますが、構いませんか?」
市内までは一時間くらい掛かる。
「はい」
でも、仕方ない。私はすぐ返事をした。
車が走り出す。
「えーと、愛さんが居なくなったということですが。愛さんのご家族は、どう考えてるのでしょう?」
「……え?」
山田さんがアイちゃんの家族について聞いてきた。
そういえば、アイちゃんはずっと私の家で生活している。それについて不思議に思わなかったけど、これは変だ。
もしかして、いのりが何か変な細工をしているのかもしれない。
考える。
どうすればいいのかを。
「わかりません」
はい、わかりませんでした。
「……わからない? ああ、確認してないということですか?」
山田さんが不思議そうに言う。
「は、はい」
「そうですか。ええとですねえ、警察に探してもらうという手もありますよ。その場合は、ご家族から警察に行方不明届を出して貰う必要がありますが。そうすれば、後は警察が探してくれます」
「そ、そうですか」
アイちゃんのご家族の認識はどうなっているのでしょうか?
私にはまったくわかりません。
でも、普通の状態ではないと思う。
だって、今まで一年近く、私はアイちゃんと生活してる。
その間アイちゃんから家族の話はなかったし、向こうから何か言ってくるようなこともなかった。
考えれば、絶対におかしい。
急に自分が立っている場所が、ふわふわとする。
今まで当たり前と思っていたことが、ゆっくりと崩れている感じ。
「で、出来れば警察には頼らない方向でお願いできませんか?」
私はそう言うしかなかった。
「……何か事情でも?」
山田さんがこっちに顔を向けた。
「すみません……ちょっと説明しづらいと言うか」
「……そうですか、いや構いません! まあ、何か事情がある方からの依頼がほとんどですからね、探偵の仕事というのは」
「すみません」
「はははは。いいんです、いいんです。……でも、正直困りました。警察を頼れないとなると難しいんですよねえ、居なくなった女子高生を探すのって」
山田さんは少し顔をしかめながら言う。
「そうなんですか?」
「ええ、もし男だったらですね。知り合いとか行く当てがない場合は日雇い労働者してたり、炊き出しが出る地域なんかに居たりします。まあ他に行く場所がほとんど無いんですがね。でもね、女の子は行こうと思えば何処へでも行けるんですよねえ」
「それで、どうやって生活するんですか?」
私は不思議だったので聞いた。
「……まあ、こういう事はあまり言いたくないのですが。ほら、女の子の場合は男に養ってもらえるでしょう」
「え? でも女子高生ですよね。それって犯罪なんじゃないですか、そんなことする男の人います?」
「幾らでもいますね、残念ながら。それに愛さんみたいに可愛らしい子なら尚更です、お金貰って生活もできますよ」
「アイちゃんはそんなことしないと思います」
私は少し強く言ってしまった。だって、それはアイちゃんが嫌うことだから。
「ああ、すみません。一般的な女子高生を探すときの話です。確かに愛さんには、当てはまりそうにありませんね。うーん、やっぱり携帯持ってないというのが痛いですね。持ってたら今時の子はサイトに書き込みしてたり、探す手立てがあるんですけど。……取りあえず、市内のネットカフェでも回ってみます?」
「ネットカフェですか?」
「ええ、家出少年少女が泊まるオーソドックスな場所です。市内なら何か所かありますよね。行ってみませんか?」
「はい」
もともと探す当てなんてなかった。だから、山田さんにお任せだ。
暗い夜道を車が走る。
ヘッドライトで照らされた範囲だけ、世界が浮かび上がって来る。
こんな暗い道が、私は好き。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます