―115― 救出(5)~囚われの船~

 廊下に響き渡った甲高い絶叫。

 ルークとイライジャは、剣をバッと構え直し、絶叫の発生源へと駆け出した。


 何があった?!

 やはり、この囚われの船の中には、ペイン海賊団の残党が潜んでいたのか!!


 聞こえてきたのは、確かに絶叫であった。

 だが、絶叫というよりも”断末魔”といえる声であったのやもしれない。

 自分たちの味方か敵か、そのどちらか分からぬ者が発した末後の声としか思えなかった。



「――どうした?!」

 イライジャのその声に続くがごとく、ルークも断末魔の発生源と思われる部屋へとバッと勇み入った。



「!!!」


 真新しい血が飛び散っている部屋の中には4人の男がいた。

 ルーク、イライジャの見知った顔であるアドリアナ王国の兵士の3人、そして床の上に剣を手にしたまま仰向けに倒れている”見知らぬ若い男”の1人であった。


「こ……この部屋から物音が聞こえてきて……っ……調べようとしたら、中にいたこの男がパニックを起こして剣で斬りかかってきて……!!」

 血がポタポタと落ちる剣を手にした兵士――つまりは床にてすでに事切れている”見知らぬ若い男”を斬った張本人であるらしい兵士が言った。

 彼の傍らの、今にも剣を振りかざさんばかりであったらしい2人の兵士も黙ったまま頷いた。

 斬りつけた側の話をルークとイライジャは聞いている、というか”もう斬りつけた側の話しか聞けない”が、状況を聞いた限りは「正当防衛」に該当するであろう。


「きっ……斬っちまったよ……! この男、もしかして……この船に”元々いた者”だったんじゃ……!」

 ペイン海賊団相手には勇猛果敢に戦い抜き、今は生傷の痛みにも耐え調査を行っていた兵士あるも、もしかしたら自分はこの船に”元々いた者”(自分たちが本来救うべき人質)を誤って殺害してしまったのでは、とその顔色を青に近づけ始めていた。


 いや、この男は間違いなく――と、ルークとイライジャが口を開く前に、彼と行動をともにしていた兵士のうちの1人が彼の肩にそっと手を置いた。

「…………こいつは絶対にペイン海賊団の者だと思う。こいつのこの風貌からして、お上品な船の乗組員にはどう見ても見えない」


 確かにその通りであった。

 凄まじい死の形相であることを差し引いても、薄汚れたような色合いの衣服や海上生活が相当長かったと思われる日に焼けた肌なども含め、この男の風貌全てが荒々しい海賊でしかないことを鮮明なまでに証明していた。

 表の社会で生きていた者では断じてない。


 数刻後には死後硬直が始まるであろう男の手が握りしめ続けている剣に、イライジャがチラリと目をやる。

「そうだな。その手の剣の”使い込まれ具合”からしても、こいつはペイン海賊団の1人には間違いない。……さっき、俺とロビンソンが操舵室付近を確認した時も、犠牲者のものと思われる大量の血痕が残っていた。この船の船長や副船長の生存も絶望的と見られる。そうだとしたら、海賊たちの誰かががこの船の舵を握り、俺たちの船を後方から追い上げていたはずだ。もしかしたら……こいつこそ、”この船を動かしていた海賊”だったのかもしれない」


 なかなかに鋭く、また”自分たちが確認することもできない真実”を見事に言い当てたイライジャ・ダリル・フィッシュバーン。

 真実、今、冥海へとその魂を旅立たせたばかりのこの若き海賊は、この囚われの船の舵を握っていた。適度な戦艦距離を保ち、獲物たちの船を襲撃直前まで怪しまれることなく追い上げていたことからして、もともとは船舶関係の仕事に就いていた者であったのかもしれなかった。

 ジム&ルイージの指示であったのかは分からないが、この海賊は甲板への襲撃には参加せず、囚われの船内にて待機していたのだろう。

 しばらくしたら、”いつもの勝敗結果”――負け知らずのペイン海賊団の大勝利が自分にも知らされるであろうと……

 しかし、今日に限ってはそうではなかった。

 そのうえ、自分の仲間たちはこの船に誰一人として戻ってはこず、なんと獲物たちが何人も連れだってゾロゾロと踏み込んできたのだ。

 身を潜めていたも、うっかり物音を立てて獲物たちに見つかってしまい、パニックを起こして斬りかかったものの、獲物の1人に返り討ちにあってしまった、といった経緯であった。



 この部屋にいた3人の兵士のうち、黙っていたままであった最後の1人が、顎をしゃくりながら言う。。

「おい、ロビンソン……お前、”こいつの顔”に見覚えはないか? こいつも、お前やハドソンの元オトモダチってオチじゃあないのか?」


 ”元オトモダチってオチ”。

 能天気なところがあるルークであるが、この兵士の言葉に含まれていた棘にさすがに気づかないわけなどなく、グッと眉根を寄せた。


「……この海賊は俺の知らない顔だ」

「本当にそうか?」

「本当だ」


 キッパリと言い切ったルーク、というよりも本当にこの男の顔に見覚えがないため事実をハッキリと答えたルークに、兵士はやけに突っかかってくる。

 イライジャが、”こんな時に揉め事の火種を起こしている場合じゃないだろ”と言うように、目で兵士を諌めた。



 ルーク・ノア・ロビンソンとディラン・ニール・ハドソンが、アドリアナ王国の兵士として自分たちとともに戦ったことは、兵士たちも皆、頭では分かっている。

 しかし、自分たちの仲間を奪ったペイン海賊団の奴らの中にも、ロビンソンとハドソンは人脈(?)を持っているのだ。

 悪名高き極悪非道なペイン海賊団の中に……


 それに、あいつらのリーダー格の1人であるらしい”赤茶けた髪ののっぽの海賊”が甲板に軽快に姿を見せた時の「……お! ルーク・ノア・ロビンソンとディラン・ニール・ハドソンじゃねえか! お前ら、甲板(ここ)にいたんだな」という言葉からしても、あいつらはロビンソンとハドソンがいることを知って襲撃をかけてきたに違いなかった。

 そもそも、ロビンソンとハドソンがいたがために、自分たちの船は狙いを定められたのかもしれないのだと。



 イライジャに無言の諌めを受けた兵士であるも、なおもルークへ向かって口を開く。

 いや、なおも突っかかる。


「なあ、一体、どんな生活送ってたら、お前らは”あんな海賊になるような奴ら”と知り合えるんだよ? ”まともな生活”送ってたら、まず友達どころか知り合いにすらならないと思うけどな。今は違っていても、”根っこは同じ”じゃねえのか?」


 ハン、と鼻を鳴らす兵士。

 おそらく彼は、両親揃った家に生まれ、衣食住にも困ることなく、兵士となるべきための門を”ストレートにくぐる”ことができたのであろう。

 ルークやディランとは、生まれた時から環境の土台が違っている。

 彼は、まだ子供である者たちが、その日一日一日を生きて抜いていくだけで必死であった生活、言葉は悪いが”本当の底辺生活”を知らないのだ。


 棘が含まれているというよりも、棘は剥き出しとなり、部屋の空気を今にも突き破らんがごとく、震わせていた。

 剣から血を滴り落している兵士も、その彼の肩に手を置いたままの兵士も、それを感じざるを得なかった。

 何より、相当に気が強いであろうことが見た目からも想像できるルーク・ノア・ロビンソンが険しい顔で怒りを抑え込んでいることも、この空気の震えをさらに強いものとしているのだ。


 いつものルークなら間違いなく言い返していた。

 けれども、ここまでの事態となったのは、自分とディランが原因でもあるのだ。

 突っかかってくるこの兵士だって、友を、仲間をペイン海賊団に殺されて悔しいに違いなかった。



「……そこまでだ。別に俺がリーダーってわけじゃねけど、ここでウダウダ言ってる場合じゃねえだろ。殺されちまった俺らの仲間のためにもよ。まず、今の俺らがすべきことは、この船内を調べ上げて、人質となっていた女がいたら保護し、海賊の残党がいたらなるべく生け捕りにする。そうだろ?」

 イライジャが剥き出しとなっていた棘を、言葉を持ってして削ぎ落しにかかる。


 緊迫していた空気の震えはわずかに弱まる。

 ルークと一兵士の衝突しあっていた視線は、どちらともなくスイッと外された。

 一時休戦。

 だが、刺さった棘は削がれただけであるため、完全に抜けてはいない。これからの旅路においても、抜けないかもしれない……

 


 ”希望の光を運ぶ者たち”と、地道に訓練を積み上げてきていた兵士たちの間には、目に見えぬ溝が刻まれていた。

 そして、ペイン海賊団襲撃後の今、その目に見えぬ溝は一層深くなってしまってしまった。

 とりわけ、ルークとディランの2人はそのより深い溝に隔てられてしまったのだ。

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