―114― 救出(4)~囚われの船~

 トレヴァー、ヴィンセント、フレディが、貴族パウロ・リッチ・ゴッティを長期に渡る監禁状態より救出したのとちょうど同刻、ルークも剣を手に兵士たちを囚われの船の廊下を進んでいた。

 ジムやルイージはじめとする悪党どもによって散々に荒らしつくされた船の中を。至るところに犠牲者たちの血が飛び散り、中には犠牲者の肉体の一部まで転がっているこの船の中を。



「ロビンソン、お前……(アドリアナ王国の船で)休んでいなくて平気なのか?」

 ルークの隣を歩く兵士――水泳大得意で、ヘアスタイルも水への抵抗を少なくした坊主頭の兵士イライジャ・ダリル・フィッシュバーンが問う。

「ああ、平気だ。手当ては受けたし、俺はまだ動くことはできるんだから」

「そうか、それならいいんだが……」


 イライジャは、ルークの腫れて変色した顔をチラッと見る。

 もちろん、イライジャも全くの無傷なわけなどなく、血が滲んでいる自身の傷口はまだまだ痛み続けている。

 しかし、男の目から見ても、なかなかにイケメンであるルーク・ノア・ロビンソンの今の顔面は思わず「ひ、ひでえ……」と顔を背けたくなるような有様に変わり果てているのだ。

 時間とともに腫れも引き、肌の色も元へと戻るに違いないが、負傷しているルークが自分たちの船内で休むことより、この”囚われの船”における救出と調査を優先させている主な理由は人出不足にあるだろう。


 ペイン海賊団との戦いによって、”双方ともに”多数の犠牲者が出た。身も蓋もない言い方をすれば、どちらもその頭数を削り取られた。

 なんとか生者の天秤へと乗ることができた者たちも、全員の傷が完全に癒えるまで待っているわけにはいかない。ただでさえ減ってしまった戦力はさらに二分されることとなるが、船に残る組と囚われの船へと向かう組に分かれて行動している。

 

「なあ……ロビンソン」

「ん?」


 数秒の沈黙の後、イライジャが再び口を開く。

「お前……あいつら(ペイン海賊団)のリーダー格っぽい2人と弓矢使いとは知り合いだったんだろ?」

 自分から話を切り出したにもかかわらず、イライジャは”やべ、まずいこと聞いちまったか”というように、自分の口元を押さえた。


 しかし、ルークの反応はイライジャの予想とは違っていた。

「……”あの3人”とは、数年前まで同僚だった。そのうちの1人とは、俺とディランは友達だった……」


 再び沈黙が流れる。

 イライジャは予測づけた。ロビンソンが言っている”そのうちの1人”とは、他の海賊たちとはどこか違う空気をまとっていたエルドレッドという名の弓矢使いに違いない。


 ルークは、そしてディランも、エルドレッドが海賊となってしまったことを今でも信じたくはないのだろう。だが、エルドレッドは非戦闘員である2人の航海士を殺害し、その後、甲板での戦闘においてトレヴァーに、そして他の兵士たちにも弓矢を向けたことは事実だ。エルドレッドが海賊であることの証明だ。



 そして、イライジャはこうも思う。

 あの相当に戦闘馴れ(もとい殺戮馴れ)していることが初見でも分かった――イライジャのところにまで空気をビリビリと震わせるがごとく戦闘能力の高さが伝わってきたペイン海賊団のツートップの1人に、ルーク・ノア・ロビンソンはあっさり殺(や)られちまうわけでもなく、持ちこたえ続けて、こうして生き残っている。

 ロビンソンの顔はボコボコになっているが、やりあっていた”赤茶けた髪ののっぽの海賊”の顔もボコボコになっているだろう。

 もし、ロビンソンが(それとハドソンもか)もっと早くから本格的に剣を握り始め、兵士として訓練を積み重ねていったなら、今よりもっと上にいけていたに違いないと。

 イライジャ自身も、少年時代より自分の身体能力にかなりの自信を持っていたからこそ、兵士へと志願した。

 しかし、この広い世界にはいくら素質を――自分と同等か、それ以上の素質を持った者であっても、”機”をなかなか掴むことが出来ない者や素質を生かすことなく人生を終えたであろう者も多数いる。さらに言うなら、その素質を人として許されない方向へと活用している、ペイン海賊団の上位メンバーのような者たちもいるのだ。


 あいつらは、甲板にいた兵士たちだけでなく、操舵室にまで外から襲撃をかけ、アドリアナ王国の船の船長ソロモン・カイル・スミスまでをも手にかけている。

 スミス船長の長男のバーニー・ソロモン・スミスと、イライジャは同じ港町組の兵士であった。

 お調子者の一面はあるも基本真面目なイライジャと、全体的に不真面目でサボり癖があり女好きを前面に押し出しているバーニーは、会話自体は普通にするもそれほど仲がいいわけではなかった。

 しかし、バーニーの泣き腫らした顔を見たイライジャの胸は痛まないわけがない。それに、イライジャもバーニーも、ともに訓練を積んできた仲間たちを多数亡くしているのだ。




「フィッシュバーン……」

 重苦しい沈黙を破ったのはルークだった。

 そして、彼は続ける。

「”もともとこの船を動かしていた船長”を、あいつらが見逃すはずなんてことはまずないな」

「まあ……そうだな。気の毒だが絶対に殺されてるはずだ。あいつらは獲物の船にいた女たちは生け捕りにするが、男は皆殺しだ。船長だけじゃなく、副船長や航海士たちも、男は全員殺されていることは間違いない」

「……ということは、ペイン海賊団の中にもこれだけ大規模な船を動かせる野郎がいて、そいつはおそらくこの船に残っているままだと……」


 イライジャが頷く。

 ルークが言う通り、ペイン海賊団はほぼ引き分けのまま退却していった(回収されていった)が、まだ海賊どもの数人がこの船の中にまだ残っているであろう。

 自分たちの船に侵入していた海賊――男としては小柄な方であるが見事なまでに頑強な盛り上がった両肩をした浅黒い肌の海賊のように、”回収漏れとなってしまった海賊たち”がこの船の中で武器を手に息を潜めていると……



 だからこそ、自分たちアドリアナ王国兵士は単独行動はとらず、複数で――最低でも2人1組でこの船の中を調べている。

 本来なら、ルークの隣にいるのは”いつもなら”ディランであったはずだ。

 しかし、救出前のヒンドリー兵士隊長による即席でのチーム分けの際、ルーク・ノア・ロビンソンとディラン・ニール・ハドソンは別チームへ振り分けられた。

 これは意図的なものであるだろう。

 甲板で生き残った兵士たちは皆、ロビンソンとハドソンは”アドリアナ王国側に立って戦い抜いたことは知っている。しかし、彼ら2人は、あの悪名高いペイン海賊団の中に複数の知り合いを持つ者たちでもあるのだ。

 当たり前だが、ルークもディランもこのチーム分けにはそのまま従った。

 ディランは今、おそらくヒンドリー隊長たちと行動をともにしているであろう。

 



 一方、イライジャと肩を並べ、剣を手に廊下を進むルークは思い出していた。

 クリスティーナなる魔導士に完全に回収される直前のエルドレッドの様子を。


 エルドレッドは、何かに気づいたらしくハッとしていた。

 いや、”気づいた”のではなく、自分とディランを見て、何かを――後方の船にいる”誰か”のことを思い出したようであった。

 そして、こうも言っていた。

「クリスティーナ! 待ってくれ! 後ろの船にはまだ、ラ……」と。


 なお、戦闘中に自分を言葉責めしてきたルイージの言葉もルークは思い出す。

「……お前(ともしまだ生きていたらディランも)は生け捕りにして、連れて帰ることにするわ。まずは、その洒落た金髪をツルッパゲにして、人質の超ド級のブス娘と強制公開ファックさせてもいいしな。いや、何より、”あいつ”とホモらせるか。あのラ……」と。

 エルドレッドもルイージも、自分とディランが知っている”ラから始まる名前の誰か”のことを言おうとしていたのではないか?


 ルークは考える。思い出そうとする。

――ラ……ラ……ラ……ランディー?!?

 海賊となっていることなど到底想像できないランディー・デレク・モットの――パッチリとした瞳にビックリするほど長い睫毛がビッシリの彼のあどけない顔が、なんとルークの脳裏にパッと浮かんでしまった。


 しかし、ルークは慌てて、かぶりを振る。

――ま、まさか、そんなことあるワケねえよな。エルドレッドだけじゃなく、あのランディーまで海賊に……それもペイン海賊団の一員になっちまってるなんて……そんなこと……!!



 ルークの様子に気づいたイライジャが「どうかしたか?」と不思議そうに彼を見た。

 しかし、その時であった。


「うああああああっ!!!」


 廊下の先から――まさに自分たちの進行方向より、男のものだと思われる甲高い絶叫が聞こえてきたのだ! 

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