―100― 襲撃(44)~「引き上げろ!!!」~

――”このまま心中したくなんてねえだろ?”


 ジムは、あろうことかディランの前でフレディをペイン海賊団へとスカウトした。


 ジムも分かってはいるのだ。

 無敗を誇る俺たちペイン海賊団ではあるが、”自分を含む上位メンバーたち”はともかく、ペイン海賊団側も全員揃って帰ることはできないと……

 でも、それはいつものことだ。自分やルイージも含め上位メンバー10人前後だけはほぼ固定されたまま、増えたり減ったりを繰り返している。たまに才能と根性のある野郎は、固定されている上位メンバーへと食い込むこともある。

 

 減っちまったペイン海賊団の人員を確保するために、ジムは今まさに生か死か、殺すか殺されるかの戦いをしている相手であるフレディをスカウトした。フレディの腕が、なかなかのモンであることをジムも認めたのだ。


――このグレーの髪のすばしっこい野郎……仮にこの野郎が魔導士なら、あのキモいクリスティーナみてえに、何か気とかいうわけわからねえモンを放出してくるはずだ。それをしねえってことは、単に傷の治りが人間離れして早いだけの兵士に違いねえ。それに”こいつの剣筋”…………(襲撃の)ぶっつけ本番で剣の腕を自己流で磨き上げてきた俺やルイージ、(俺には及ばないけど)瞬発力はあるがどこか粗削りな面がまだ見えていたディランに比べると、かなり長期間にわたって訓練されたことが明らかに伝わってくる剣筋だ。真面目に訓練を積んできた正統派の兵士ってとこかよ……



「おい、てめえ……イエスかノーか、意思表示ぐらいしろっての」

「…………返事をしないのが、返事だってことぐらい察しろ」

 フレディはきっぱりとノーの意思表示を――スカウト前もスカウト後も一切変わらぬ、海賊たちへの闘志を宿らせた剣をジムへと向かって発した。


 ハン、と鼻を鳴らしたジムは、フレディのその闘志をまたしても防御した。

「あのよぉ、俺がこうして殺(や)りあっている野郎をスカウトすることなんざ、海賊生活の中で初めてなんだぜ。当然、スカウト相手に袖にされたのも初めてだけどよ」

 

 獲物(トレヴァー)に見事に背負い投げをされたルイージだけでなく、相方のジムも本日の襲撃で”獲物であったはずの者(フレディ)をスカウトしてしまう”ことを初めて体験した。


「……ゾンビ野郎。もう一度言うが、寝返ンなら今というこの時しかないぜ。入団儀式でフ●チンになって俺の足でも舐めりゃ一度目の誘いを袖にしたことも許してやるわ。後ろのアホディランなんて気にするこたあねえ。そいつと一緒に生首となって、俺たちの船の船べりに並べられたいか? 正義なんて不確かなモン貫き通して、各自たった1個だけしか与えられていない命を無駄に捨てたくなんてねえだろ。それに時の流れとともに、”男が所属するステージ”が変わるのは当たり前だっての」

 両唇の端に血を滲ませたまま、ジムはニタリと笑う。

 各自たった1個だけしか与えられていない命。

 その命を、ジムたちペイン海賊団は罪なき大勢の者たちより奪いつくし蹂躙してきたというのに、どの口が言うのか。

 そして、”男が所属するステージ”。

 仮にフレディの場合、「希望の光を運ぶ者たち”+アドリアナ王国の兵士」から、「アドリアナ王国に仇なす極悪非道なペイン海賊団の正統派な剣の使い手」に、所属するステージが変わるということか。

 明らかな性的虐め付きの入団許可(ステージ変更)。ジェームス・ハーヴェイ・アトキンスは、性的にサディスティックな傾向を見せていた。



 しかし、当たり前ではあるも、フレディがジムのスカウトに乗るはずなどない。

 自分が劣勢にあることに気づいていても、死への恐怖から我が身可愛さに即座に振り返って、仲間であるディランの喉元を掻っ切り、ジムの手を取るなんてことはあり得ない。

 ジムもそれがはっきりと分かったらしい。

 2回目のスカウトまで袖にされた。

 こいつもディランと同じく、どんな辱めを受けようと、命を奪われようと、俺たちに屈することはない。敵として出会ったこいつとは、最初から”最期まで”敵同士で終わるってことか、と――



 けれども、冷たくも荒い息を吐き続け、静かではあるも熱い闘志の炎を燃やし続けているフレディは、ジムのスカウトには乗らなかったが、ペラペラと喋る彼が垂らしている”綻びの糸”――無駄口には乗ってしまった。

「…………なぜだ? 俺が”かつて”所属していた軍の中にも、お前ほどの剣の使い手はまずまずいなかった。これほどの力を持っていながら、なぜ、お前はアドリアナ王国ににこの力を捧げなかった?」

 フレディが問う。

 彼のその喘ぐ息には、普通の人間ならあるはずの熱はこもっていなかった。

 戦闘中に思いもよらないことを問われたジムは、”おいおい”と馬鹿にしたようにまたもやそのわりと形のいい鼻を鳴らした。


「はあぁぁ? 国に捧げる? ンなもん、いつの時代の話だっての、若いってのに、てめえは随分と時代遅れのレトロな野郎だな」

 時代遅れ。

 確かにそうかもしれない。

 本来なら、フレディとジムの間には200年の時の隔たりがある。

 フレディは、彼が本来生きるはずであった時代の約200年後に生きている若者と、ジムは奴が生きているこの時代より約200年前に生きていたはずの若者と今、対峙している。


「……チューセイ(忠誠)とか、ンなクソダリいことするわけねえだろ。たまたま生まれた大地の王族や貴族サマが俺たちに何をしてくれるってんだ。お高く止まったセレブどもにこき使われる働きバチになるより、海で”自由気ままに”飛び回る毒バチになった方がずっと利口ってわけだ。ま、幸いにも俺たちペイン海賊団の野郎どもはこうして天職見つけられたわけだしよ」


 俺たちの天職。

 ジムとルイージ、その他のペイン海賊団構成員たちが、親の名前も知ることもなく、満足な躾や碌な教育も受けられない環境に”生まれてしまったことについては”責任はない。

 けれどもだ。

 奴の相棒のルイージが、無惨に斬り殺した航海士ドミニク・ハーマン・アリンガムや、そもそもルーク、ディラン、トレヴァーたちの人生の始まりも孤児からであったが、彼らには犯罪歴などもちろん皆無だ。いわば物質的&精神的な富裕のピラミッドの最底辺で生まれた彼らであるが、人の道を外れたことなどはない。

 約200年前に未婚の母の元で産まれた(いや多分、産み落とされて、碌に母に抱かれたこともなかったであろう)フレディにだって、いわば富裕のピラミッドの最底辺――生まれながらにして、働きバチになるしかない階層の出身であった。

 

 フレディとディラン、そしてジムとの違いは、この世に生を受けた時の階層ではなく、そこからの生き方だ。

 今、こうして刃は交わえども、生き方だけは絶対に交わることはない。

 そのうえ、今、フレディがその背中に背負っているのは、一足先に冥海へといった6人の仲間の心残りと無念。そして、彼が魂からの忠誠を誓い守らんとしているアドリアナ王国と”希望の光を運ぶ者たち”だ。



 重なり合う剣。重なり合う荒い息。

 フレディにはジムの熱い息が伝わってきたが、ジムにはフレディの”熱い息”は伝わってこなかった。

 ジムの幾度目かの刃を、幾度目かに防いだフレディ。

「……お前は……いや、お前たちは確かに強い。場数だって、俺たち以上に踏んでいるだろう。でも、今日はディランがずっとお前を”足止め”していてくれた。ずっとディランと戦っていたお前は、”この甲板全体”をリーダー格として見てはいたつもりなんだろう」

「?!」

 ”ディランに足止めされていた”という言葉(事実)のみを抜き出したジムが、眉をグッと吊り上げる。

 俺はディランに足止め喰らっていたんじゃねえ。昔から、そいつ(ディラン)はわりかしできる(身体能力の高い)野郎だっただけだっての、と。


 けれども、フレディが奴に本当に伝えたかったことはそのことじゃない。


「……まだ分からないのか? 俺でさえ、うすうす見え始めている”この戦いの結末”がお前には見えないのか?」

 ジムだけでなく、彼の声を後ろで聞いたディランも――ジムに潰された視界から回復していないディランもハッとした。

 

 先刻まで、ディランとジムはともに各々の若く青い雄の肉体より湧き上がり燃えたぎる熱と血の渦の中にて、剣と拳にてやりあっていた。

 彼ら2人が巻き起こした血の渦のやや外で戦っていたフレディが分かり始めている、この戦いの結末。魔導士の力を持っていないフレディにすら”見え始めている”この戦いの結末。

「……俺たちとお前たちの生き方は違う。けれども、このまま続くと、違う道を走っていても俺たち全員”逝くつく先”は同じだ」 



「てめっ、何を……!!」

 即座にビシッと青筋を立てたジムであったが、奴はわりかし素直に生来の洞察力でサッと甲板を見回した。

 俺より格下の戦闘能力と経験値のゾンビ兵士が何か含んだ物言いをしやがって、俺に何が見えていないんだっての。クールぶって分かったような口を聞きやがって……!


 ジムの瞳がとらえた光景。 

 どういった状況で対戦相手がチェンジとなったのかは知らねえけど、ルイージは”アホルーク”と、そしてルイージと殺りあっていたはずの”あのデカいの”は、うち(ペイン海賊団)の”いつも気色の悪い掛け声をあげる野郎”と殺りあっている。

 そして――

 うちの奴らの何人かもアドリアナ王国のクソ兵士どもも、物言わぬ死体になって転がっていやがる。でも、そんなことは想定内だ。いつもいつも、全員揃って本船に戻れるわけがねえ。無敗の俺たちだって、全くの”無傷”というわけにはいかねえモンだ。


「――!!!」

 けれども、ジムは気づいた。

 捨てられた人形のように血の気を抜かれた顔で転がっていやがる死体の中に、”いつもなら絶対にいるはずのない者”がいることに。


――ロジャー……!!!

 鉈使いロジャー・ダグラス・クィルターが死んでいる。

 口回りを赤く汚し、驚いたように目を見開いたまま、奴は死んでいた。


 ”いつものロジャー・ダグラス・クィルター”については、襲撃後の祝宴において、自分が鉈で仕留めた獲物の数や犯した女たちの体の具合を事細かに自慢げに話をすることが、奴の一種の恒例行事であった。

 だが、今日、あいつは死んでいる。

 ”いつもなら”生者側の天秤に確実に乗っているはずのあいつが……


 ディランと殺りあっている真っ最中であったジムは知らないことではあったが、ロジャー・ダグラス・クィルターは、”ほぼ襲撃開始直後”に、奴が真っ先に倒すつもりでマーキングしていた兵士隊長パトリック・イアン・ヒンドリーによって瞬殺されていた。

 ペイン海賊団における、いわゆる固定された上位メンバーであるロジャーにとっても今日の対戦相手は分が悪すぎた。

 いや、分が悪すぎるのはすでに冥海へと向かったロジャーだけではない。

 互いに相手が悪かったのだ。

 

 フレディの言葉がジムの脳裏で反芻される。

――”俺でさえ、うすうす見え始めている”この戦いの結末”がお前には見えないのか?”

 正義や忠誠、欲望と反逆と、抱えているものもそれぞれ違い、違う道を走っているアドリアナ王国の野郎どもと自分たちペイン海賊団。


――”このまま続くと、違う道を走っていても俺たち全員”逝くつく先”は同じだ” 


 俺たちの力は全体として見れば、伯仲している。

 このまま剣を交え続けたとすると、どちらか一方がたった1人になるまでは”完全なる決着”はつかないであろう。

 頭数だけを削りに削り取られて、そして最終的には……そう、逝きつく先は、皆……!!

 


「――――引き上げろ!!!」

 血の渦の中より巻きあがったジムの怒声が、甲板に響き渡った。

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