―89― 襲撃(33)~いつもの覗き見~

 この神人の船の遥か下で――穏やかな海にて、リアルタイムで繰り広げられている”残酷動画”に、やはり首だけのマリア王女は性的興奮を隠せず……そもそも、彼女は隠す気すらないようであった。

 船の甲板にて、彼女の大好きな”男という性を持つ者”たちが命がけで戦っている。

 汗をにじませ戦う勇ましい男たち。彼らの姿は、幾多の怒声と呻き声、そして飛び散る血によって無惨なデコレーションをされていく。

 本来の彼女の雄を受け入れる器官は、あの船の内部にあるというにも関わらず、彼女の魂はすでに快楽によって濡れているのは明らかであった。



「…………」とマリアから目を逸らしたサミュエル。


――キモ…………本当にいかれてやがるな、あの王女。仮に今のこの時代より遥か昔に生まれていたら……闘技場なんかで男たちを猛獣と戦わせて、その光景をワインを手に眺めて恍惚としていそうだ……こいつは、オーガストとは別の意味で”本来の枠”にはめこみたくなってくる。絶対に表に出しちゃいけない人間だって枠にな。まあ、この女はいくら地上においては、このうえない美貌の高貴な王女様と言えども、今のこの神人の船の中じゃ一番の役立たずなわけだ。腕っぷしがそう強いわけでもない人形職人の庇護(とフランシスの応急処置)によって、生を紡いでいるだけなことを本当に分かっていやがるのか? 頬を薔薇色に染めている場合じゃねえだろ……


 そして、サミュエルは”最後の1人”へと視線を移した。

 マリア王女と同じく、瞳を輝かせている女へと――


 両刀使いの超武闘派レディ、ローズマリー・クリスタル・ティーチ。

 つやつやとした丸顔のなかのぱっちりとした瞳を輝かせている彼女であるが、彼女の瞳が輝いている理由はマリア王女とは全く違ったものであった。

 リアルタイムで繰り広げられている”戦闘動画”に見入っている彼女の瞳は、猟奇趣味によってではなく”戦士”として輝いていたのだから。



 ゴホン、とわざとらしい咳ばらいをしたフランシスが彼女に問う。

「ローズマリー……あなたはこの戦いの勝敗の行方につきまして、どのようにお考えでしょうか?」


 甲板で戦う者たちと同じく剣を握る者である女戦士・ローズマリーは、その輝き続ける両の瞳を”覗き見のさざ波”に固定したまま、フランシスに答えた。


「…………おそらく”決着はつかない”と思うぜ。”急激な天候の変化”が起こる可能性は非常に低いみてえだし、船の甲板の上での戦いには地形なんてモンも関係はねえ。ンでもって、あいつらと海賊たちは、個々の能力の差っていうのはもちろんあるが”全体としてみると”ほぼ五分五分ってトコだからな」


 未来の欠片を掴むことができる魔導士の力を持って生まれたわけではないローズマリーであったが、彼女のそのコメントには妙な説得力をこの部屋にいる誰もが感じた。

 もしかしたら、彼女は”天性の戦闘能力であり、それをさらに鍛え上げた戦闘能力”で、甲板にいる者たちの戦闘能力とそれに基づく未来の欠片を掴みとっているのかもしれなかった。

 その彼女が”決着はつかない”とにらんでいる。と、いうことは……



「しっかしよぉ、お前はいつになったら、私に”機を与えて”くれるってんだ? 廊下をダッシュするトレーニングもお前は”船が揺れるからやめろ”って言うしよ。部屋の中での筋トレしかできねえワケで、いつまでもこんなところにいちゃ、体もなまりまくっちまうぜ」

 少し語気を荒げたローズマリー。

 フランシスとサミュエルをのぞいた他の者たちに緊張感が一瞬で走る。

 彼女もネイサンと同じく、自分の活躍の場を大将であるフランシスになかなか与えてもらえないことで、相当にフラストレーションがたまっているのだろう。



「ローズマリー、あなたが腰に差している、その2本の剣を振るう機会を切望しているなら……私は今すぐにでも、あなたをあの船の甲板に向かわせることが可能です。ですが……甲板に下り立ったとしても、あなたはいったい”どちら側に”立って戦うおつもりですか?」

 フランシスの率直なその問いに、ローズマリーは「…………」と言葉に詰まる。

 確かにフランシスの言う通りだ。仮にローズマリーが両手に剣を握り、あの甲板にドスン!と、下り立ったとしても、人間社会における悪の象徴といってもいい犯罪者集団・ペイン海賊団と”希望の光を運ぶ者たち”を含むアドリアナ王国の兵士たちの、一体、どちら側に立って彼女は戦うというのだ?


「……”わあった”(分かった)よ、フランシス。今日”も”この船で大人しくしてりゃあいいんだろ。ま、お前が今見せてくれている、この光景だがまずまずの見ごたえがあるしよ。けどよ……どうもまどろっこしくもなってくンだよ。お前がこうして映し出している野郎どもの”次の動き”まで見えちまって……」



 そのローズマリーの言葉を聞いたサミュエルは考える。

――この女……戦乱の時代に生を受けていたなら、そして何より男として生まれてきたなら、歴史に名を遺す大魔神級の兵士となっていたかもしれねえな。頭はそう抜群にきれるわけじゃねえけど。俺たち魔導士とはカテゴリー違いではあっても、この女も力を規格外の力を天から与えられた者ってわけか。


 仮にローズマリー・クリスタル・ティーチが男として生まれていたとしたなら、その人生の始まりは孤児院であったとしても、正式な兵士となることができ、その優れに優れた戦闘能力を”社会的に”認められていた可能性は高いなんでもんじゃない。ひょっとすると、この神人の船の中にではなく、着実に出世の階段を上がるアドリアナ王国のエリート兵士たちの中に男として生まれた彼女の姿があったかもしれない……



 ローズマリーも女に生まれたがために、苦しみの中にいる。

 ヘレンも女に生まれたがために、今もなお苦しみ続けているが、ローズマリーの苦しみは彼女とは違う種類のものであった。

 この神人の船にいる3人の女のうちでは、王女マリア・エリザベスだけが”女に生まれたこと”と、女として神の祝福を受けたかのような美貌を、苦しみではなく快楽の種として生きてきたのだ。



「フランシス、お前の顔はちゃんと立てるからよ。一つだけ頼みがあンだけど……」

 わりかし素直で聞き分けのいいローズマリーに、フランシスは「?」と少しだけその整った眉を動かす。


「こうして、甲板の野郎どもをまんべんなく映してくれるのもいいだけどよ。”一か所に固定”ってこともできんだろ?」

 覗き見のさざ波から、スッと目をそらし、フランシスに向き直った彼女のまるまるとした頬は、なぜか”うっすらと薔薇色に”染まっていた。


「あン中じゃ、3人の野郎が特に強いことが伝わってくる……兵士隊長の長髪のおっさん(パトリック)と、ペイン海賊団のリーダー格っぽい野郎(ジムとルイージ)ども3人だ。そのうちの1人に……あの赤茶けた髪でひょろ長い体躯の海賊に、焦点を定めることって可能か? ……いや別に、あの海賊にも、”あの海賊とやりあってる野郎”にも何の興味もねえよ。負けたらそれまでだったってわけだし……」

 やけに長い前置きと、誰も聞いてもいないのに否定へと入った後半。

 ”恋する乙女のごとく”瞳をほんのわずかに潤ませ、頬を薔薇色に染めたまま、やや早口でまくしたてたローズマリーの”フランシスへの本当の懇願”については、この部屋にいる彼女以外の者たちは一発で分かった。

 それほどに彼女は分かりやすかった。

 

 ”赤茶けた髪でひょろ長い体躯の海賊”を映してくれというのは、彼女の単なる口実だ。

 あの海賊が優れた戦闘力を持っていることは、天性の戦闘能力を持つ彼女から見ても確かではあるのだろう。

 だが、彼女は”あの海賊とやりあっている者”の姿を映してほしいのだ。彼の姿が見たいのだ。

 そう、”希望の光を運ぶ者たち”の1人であり、ローズマリーより4才年下の逞しい肉体の青年、トレヴァー・モーリス・ガルシアの姿を――

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