―72― 襲撃(16)~鳥~
兵士たちが”横からの攻撃”を防げるよう円形にバリケードを組んだ甲板の中心にて、魔導士ピーター・ザック・マッキンタイヤーと魔導士ミザリー・タラ・レックスは、互いの手を重ね合い――この船ごとの瞬間移動へ向けて、互いの力をも重ね合っていた。
ピーターが自身の魂の奥底に”睡眠によって”溜めることを余儀なくされている強大な力を今こそ、全放出する。そして、ミザリーは生まれ持った力の面ではピーターほどではないが、類まれできっちりと隙間ないコントロール技術によって、ピーターの力を操縦する。
二人三脚での魔術。
もし、彼か彼女か、どちかでも欠けてしまったら、船ごと(しかも1隻ではなく後続船も含む2隻)の瞬間移動はこの先、あり得ないだろう。
アダムが生じさせてくれた機を逃すまいとしていた彼ら。
おそらく20人以上の魔導士が”混じり合い、膨れ上がった”悪意や欲望の集合体に混じり合っている魔導士1人1人、そう抜きん出た者は多くはなかったのかもしれない。
けれども、大抵の場合、量(頭数)は質(力)を凌駕する。
だが――
やはり「さすが」というべきであった。
存命中ではあるも、魔導士の間では伝説に近い存在となっている魔導士アダム・ポール・タウンゼントは、たった1人の力で、あの集合体を蹴散らしたのだ。
仮に自分たち2人が力を合わせて立ち向かっていったとしても、撃退できる可能性は50%前後といったところであったろう。
この船に乗る者の中では、アダム・ポール・タウンゼントにしか成し遂げられなかったことだ。
自分たちは、自分たちにできる役目を果たす。
この世界の別の空間へと、2隻の船ごと飛ぶ。
船にいる全ての者たち――下で避難訓練の最中であったに違いない少女レイナやジェニーや他の者たち、そしておそらくエマヌエーレ国の貴族が乗っていると思われる船にいる者たち、全ての者を守り抜くために。
ピーターは、自分の力をひとかけらも残さずに全放出するつもりであるらしかった。
彼自身の肉体の命の火が燃え尽きてしまうかもしれないことを承知で……
きっと今ここで、助けることができる者全てを助けなかったら、彼はきっと一生後悔し続けるに違いないのだから……
失敗は許されない。
全ての者の命をかけた瞬間移動だ。
瞬間移動の”発生源”となっている、ピーターとミザリーの2人だけの周りの空間は、ニュルニュルと音を立てながら回転し続けていた。
”発生源”の外にいる他の者たちにとっては、この瞬間移動の光景がどのように映っているのかは分からない。
ただ、自分たちのいるここが渦の中心部として、周りの者たちをもニュルニュルとこの瞬間移動の渦へと巻き込んでいき――
――あとは後続船を……
ミザリーは、ピーターの力がこの船全体を覆いつくし、渦の中に巻き込めむことができたことを確認した。あとは、自分が後続船へと意識を飛ばし、渦の中へと巻き込むことができれば……
この時、敵からの妨害の風が、彼女たちのところに”上から垂直に”入らなければ、彼女たちは後続船をも瞬間移動の渦に巻き込むことができ、おそらく60秒以内に瞬間移動は成功していたであろう。
けれども、上からの鋭い”2本の風”は、アダムだけでなく、ピーターとミザリーの肉をも”狙いを外すことなく的確に”貫いたのだ!
「!!!!!」
ミザリーの左肩に、生まれてからこのかた、一度も経験したことがない激痛が走った。
悲鳴を上げることもできない痛み。
声にならなかった絶叫が彼女の唇から、青き空へと上がった。
この時、彼女の左肩に走った痛み。それは例えるなら、灼熱に炙られ続けていた鋭い錐をグッを自身の血肉の中に押し込まれたような――まるで、かつてのマリア王女が試したがっていたかのような拷問のごとき痛み。
ミザリーのその白い顔が痛苦に歪むと同時に、向かい側のピーターから吹き出た赤い血が彼女の顔を濡らした。
彼女たちはほぼ同時にドサッと甲板へと倒れ込んだ。
兵士たちの驚愕と焦りの声が飛び交うなか、ピーターが低く呻き続けている声――拷問のごとき痛苦、そして何よりも自分と同じく上からの何かに決死の瞬間移動を妨害された悔しさによる呻きにもミザリーに聞こえた。
甲板の中心部で剣を構えていた兵士たちが見たのは、右肩に弓矢が垂直に突き刺さったピーターと、左肩からに”小さな穴があき、そこから黒い煙がシュウシュウと立ち上っているミザリーであった。
そして――
甲板の最前線で剣を構えていた者たちが見たのは、右肩を垂直に貫かれたアダムの姿であったのだ。
「じいさん!」
「タウンゼントさん!」
希望の光を運ぶ者たちの声と、パトリックの声が幾重にも重なりあった。
「くそっ! 上からだ!」
パトリックが剣を手に、バッと青き空を睨み上げた。
真っ黒い影がその空の青を漆黒の絵筆で塗りつぶすがごとく、自分たちの頭上をザアッとよぎっていった。
その黒い影は、やはり鳥の形をしていた。
つい先刻まで自分たちの視覚と臭覚によって、攻撃をしかけようとしていた鳥(でもバージョンアップにより頭は蛇)ほどの大きさでは決してなかった。
突然変異にさらに突然変異を重ねた大きさの鳥か、もしくは自分たち人間がこの世界にて生を紡ぐ前に絶滅した鳥であったと推測すれば、まだ納得ができるかもしれない大きさではあった。
”普通の鳥”の範囲内で、ここまで大きい鳥はいないだろう。
その頭頂部に、毒々しい色彩の両の羽根を悠然と広げている1匹のオウムを乗せ、その背に”弓矢を手にした男”を含む、ペイン海賊団の構成員であるだろう7名を乗せて飛ぶことができるほどの鳥は――
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