―53― 襲撃(5)~囚われの船~

「そ、ジムの言う通り。ランディー、お前、自分のことを振り返ってみろよ。確かにお前はヘタレで足も悪いから戦闘能力皆無だし、女をヤったこともねえから、ずっと情けねえチェリー(童貞)のまんまだ。でもよ、お前も今まで何もしてこなかったというわけじゃねえっての。そのパッチリお目目で何を見た? そして、俺たちに何を知らせた?」

 ルイージがジムに加勢する。

 ”俺らも悪党だけど、お前もその悪党の立派な一員なんだよ”と、ルイージはフフンと得意気に鼻を鳴らした。


 ランディーは、またしても何も答えることはできなかった。


 人外の者と形容してもいいほどの視力の持ち主であるランディー・デレク・モット。

 彼は、その澄み切った神がかり視力を持つ瞳で、大海原の遥か彼方に見える船の姿をジムたちに知らせていた。

 そもそも、明日に予定されている”数多の血と悲鳴が飛び交うであろう襲撃”のきっかけを作ったのも、他ならぬランディーであった。

 アドリアナ王国の港町の薄汚れた酒場にいたジムとルイージに、”民衆からの盛大な歓声に包まれながらつい先ほど港を発った者たちの中にルークとディランがいたこと”を知らせてしまったのだから。



「お前よぉ、ロビンソンとハドソンを神格化でもしてんじゃねえのか。あいつらが、この数年間、どんな仕事をしてきたのかは知らねえけど……あいつらは俺たちみたいに数々の修羅場をくぐり抜けてきたわけでもねえだろうし……多分、夜な夜なホモりながら、のほほんと小銭貯めて暮らしてたんだろ。正義漢ぶった、あの甘ちゃんども、絶対に小便もらして俺らに命乞いするぞ」

 そう言ったルイージの視線は、”ぜってえ、そうだよな”と同意を求めるかのごとく、ジムへと移った。

 ルイージの視線を受けたジムは、ルイージには何も答えず、ゆっくりとその視線をゴッティへと移した。そして、ルイージの視線もゴッティへと……



 2人の恐ろしい海賊からの視線。

 引き続き、海賊たちの獲物である状況には何ら変わりはないゴッティは、またしてもすくみあがった。

 

「おっさん……特別にてめえにも、話しといてやるよ」

 ジムが片方の唇の端を歪めた。

 まるで、ルイージのような笑い方をしたジム。

 ”あの世への土産話でもしてやるよ”との意味もたっぷり含んだ嫌な笑みだ。



「明日、俺らが”潰す船”には、俺らの知り合いが2人乗ってる……超ド平民のあいつらがどんなコネを作って英雄面しているのかはしらねえけど、昔消えちまったなんとかって国を救い出すための国を挙げての華々しい出国だったらしいぜ。まあ、てめえはその2人の野郎とは面識があるはずねえから、どうでもいいとして……てめえの問題は、俺らが”潰す船”がアドリアナ王国直属の船だってことだよな」


 ジムの話に、ゴッティはハッとした。

 いや、正確に言うと、”アドリアナ王国直属の船”という言葉にハッとしたのであった。



 ゴッティは、襲撃を受けた後、内部を荒らされつくしたこの船がエマヌエーレ国ではないどこかの国の港に、数日間ほど停まっていたことは知っていた。

 だが、この船に残されていた海賊たちが、どこの国の港に停まっているかなど、もちろん囚われの身の自分に教えてくれるはずがなく、アドリアナ王国に停まっていたことをゴッティは今、初めて知った。

 そして、外道ども――悪しき海賊たちは、昔の知り合いが乗っているアドリアナ王国直属の船を追いかけている……


 王国直属の船。

 アドリアナ王国から命令を受け、大地を発ったその船には、当然のことながら、優れた身体能力の持ち主であるうえに、兵士として最高峰の訓練を受けている者たちが乗っているということと同義なのだ。


 

 パオロ・リッチ・ゴッティは、約6年前にアドリアナ王国の首都シャノンの城で催された式典に参加したことがあった。

 広大な大地を治める長である威厳に満ちた国王ルーカス・エドワルド。

 王妃エリーゼ・シエナは”長年にわたる病のため”、式典には出席してはいなかったが、第一王子と第一王女の姿は遠目からではあったものの、ゴッティはしっかりと確認していた。

 第一王子ジョセフ・エドワードと、第一王女マリア・エリザベス。

 ともに輝く金髪の、15才の兄と11才の妹。

 アドリアナ王国一高貴な兄妹の姿は、まるで神が天使の兄妹をこの世に舞いおろさせたのではないかと、ゴッティに錯覚させるほどの美しさであった。

 第一王子と第一王女の周りだけ、より清涼な美しい輝きに満ちているかのようにも思え……


 歴史ある荘厳な城と、美しく気品に満ちた王族たち。

 そして、城に控えている兵士たちの身なりは折り目正しく、ムダな動きなども一切なく、訓練されたことが如実に分かるものであった。佇まいからして、違っていた。


 現在は、アドリアナ王国も、そしてゴッティが生を受けたエマヌエーレ国も、国全体としては見事なまでに平和で、戦火があがる可能性は極めて低い状況にある。

 けれども、ひとたび戦火があがれば、首都シャノンの城に控えていた、あの規律正しい兵士たちは各々の剣や弓を手に愛する者や守るべき者のために戦う雄姿を見せるだろうと……

 もしかしたら彼らこそ、このペイン海賊団を一網打尽にできる実力と正義を併せ持っているのかもしれない、と――



 ゴッティの顔に浮かんだ、その”かすかな希望の光”を、ジムはいち早く見て取ったらしい。

「おいおい、おっさん、てめえも腹ン中の考えがすぐ顔に出るタチだな。そこの短小ヘタレ(ランディー)といい勝負だ。てめえ、明日、俺らがアドリアナ王国の兵士たちに成敗されて、てめえや嫁や娘を救い出してくれるって期待してんだろ……だがよ、このペイン海賊団から逃げきれた船は、”今まで”一隻もいねえんだよ。敬われるべき超セレブのてめえのこの船の警備だって、このザマだってんだ。正直、アドリアナ王国の兵士だって、たいしたことねえだろ」

「……アドリアナ王国の直属の船をボコって壊滅させたとなりゃ、ペイン海賊団の名もさらにとどろくこと間違いなしってモンだ。それに、自分たちが生まれた国と殺(や)り合うとか……なかなか、デンジャラスな展開だっての。それに、もしかしたら、あの船は巷で噂のジュー(銃)ってシロモンを乗せてるかもしれねえし」

 ジムに頷いたルイージが、言葉を継ぐように続けた。



 そして、ジムは――

「良かったなあ、おっさん……このヘタレ(ランディー)が全力で俺らを笑わしにきてくれたおかげで、とりあえず今夜だけは助かったな。てめえの”残り少ない人生”ン中じゃ、こいつが希望の光を手にした天使にも見えんだろ。でも、そいつに期待するのは無駄だぜ。役立たずのうえ、スペシャル弱っちいし、いつも誰かの背中を追うことしかできない奴だからよ」


 自分の言葉を聞いたランディーが即座に赤く染まった頬を引きつらせ、唇を噛みしめたのを”確認した”ジムは、ルイージへと向き直った。

「さてと、ルイージ……他の野郎どもを集めて、明日の襲撃の打ち合わせでもしとくか。期待に胸と股間を膨らませ、マスかいてる野郎は、軽くしばいて中断させるとするか」


 ”マスをかく”という単語を聞いた、ルイージがブッと吹き出した。

「……野郎ども、ここしばらく、女抱いてないから相当たまってんだろ。もちろん、俺もだけど。でも、若くてキレーな”都会の女”ってのは、そそるぜ」


 明日自分たちが襲撃し、何もかも奪いつくす予定のアドリアナ王国の船には、首都シャノンで教育を受けた若くて美しい侍女が乗っていると、ジムやルイージだけでなく、この船にいる海賊たちは踏んでいるのだろう。

  

「まあな……女なら、どんなにドブスでもババアでも、ある一定のマニアには受けるから裏娼館に売る用に今は生かしているけどよ。明日潰す船には、ちゃんと”俺たちのが勃つ”女が乗っていることを願うか……そろそろ、俺たち用の女も手に入れないといけねえことだし。犯(や)り過ぎて壊しちまうかもしれねえけど」

 ジムの口から吐かれた今の言葉には、ゴッティとゴッティの妻と娘に対しての悪意と侮辱がふんだんに含まれていた。それと、ジムの残忍な性欲も……


「ああ、それと……この船にいた船医は他の野郎が瞬殺しちまったことだし、女だけでなくあの船の船医らしき奴も殺さないように根回ししておくか。絶対に船医の1人や2人は乗っているだろ。俺らがこの先、肉を削ぐ機会が皆無とは絶対に言い切ねえし」

 フンと鼻を鳴らしたジムは、ゴッティにチラリと目をやった。

 ゴッティに対する”念押しの”脅しであった。

 ”俺たちはてめえへの制裁を、今夜は一旦、中止しただけだ。これから先、てめえの振る舞い次第で、制裁開始となることだってあるんだぜ。あの船に乗っている船医を脅して仲間に引き入れて、てめえの肉を削いでも簡単に死ぬことのねえようにしてやる”とジムの榛色の鋭い瞳は、そう語っていた。

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