【R15】人生は彼女の物語のなかに(今風タイトル:生真面目JKの魂が異世界の絶世の美人王女の肉体に?!運命の恋?逆ハーレム?それどころじゃありません!)
―23― ”まだ”穏やかな船内にて起こったある事件(5)~だが、事件の前にアダムの過去の一場面へと~
―23― ”まだ”穏やかな船内にて起こったある事件(5)~だが、事件の前にアダムの過去の一場面へと~
生まれたばかりの子供を捨てる理由の”主たるものは”経済的困窮によってである。
アダムとサミュエルが生まれた、約83年前にあっても、そして現在にあっても――
かれこれ数世紀前より、アドリアナ王国では「子渡し人(こわたしにん)」と呼ばれる職業があった。その文字通り、親から捨てられた子供を孤児院などへと引き渡す職業である。
生物学的に親であるその者たちは、自分たちの子供を餓死させる、または自分たちと”すでにいる子供たち”を餓死させるよりかはマシかと考え、望んでいなかった子供を約十か月と十日ほど妻の腹に宿し、生まれて間もない我が子を「子渡し人」に託す。
この「子渡し人」には一つの絶対条件があった。
年齢、性別は問わず。だが、”文字の読み書きは必須である”と。
「子渡し人」は、我が子を捨てる親たちより、口頭で子の名前を聞き、それを文字にして、目ぼしい孤児院へと引き渡す。
無論、経済的に困窮している者たちが、字が読め、子供の名前などを紙に書くことができるはずがない。正確に統計をとったわけではないが、読み書きに長けている可能性は3%未満(つまりは0%ではないが、わりと0%に近い)といったところだ。
”学ぶ機会を得ることができなかった”下級階層に生まれた者が、学ぶ機会を与えられる上級階級の家に迎え入れられることは、まずないことだ。
身分という決して越えられぬ壁。”越えられる”ことなど、稀な壁。
その壁の外にいる最下層の平民夫婦は、避妊についての知識も乏しく、また避妊具を買う金があるなら、自分たちや今いる子供たちの食費に回したいと考えるタイプであるのだろう。よって、「子渡し人」に託される子供は、第4子以降が多いらしいとのことであった。
中には、望んでいた性別の子供が生まれるまで、妊娠出産と”子渡し”を繰り返し続けた夫婦や、「子渡し人」に子供を渡す前に出産時に妻が子供もろとも亡くなり、まだ幼い子供たちが残され、夫は子供の面倒を見切れず出奔したケースもあったらしい。
そのうえ、信じられないことだが「子渡し人」は自分に我が子を”渡す”――つまりは”捨てる”両親の名前や職業を探索したり、記録に残したりなどといったことはあえてしない。
そして、馬鹿正直に自分たちの本名を名乗る両親などもいない。
「子渡し人」に子供を引き渡した時点で、その子供は国の子供――アドリアナ王国の子供となる。
だが――
生物学的な両親より、子供に唯一贈られるものがある。
名前だ。
その名前は、両親が聞いたことがある幾つかのファーストネーム、ミドルネーム、ファミリーネームを組み合わせて作ったものであるだろう。
生みの親からの最初で最後の「名前」という贈り物。
そして、子供が一生付き合っていかなければならない贈り物であるが、結構いい加減――いや、かなりいい加減な名付けである。
まるで、自分たちは物語の登場人物に名前だけをつけて、後はその物語を書くことも読むこともせず……
誕生だけさせられ、作者から放り出された物語の主人公である子供たち――
「子渡し人」は、目ぼしい孤児院に子供を名前とともに引き渡し報酬を得る。
アドリアナ王国内の衛所にて”正規登録されている”孤児院では、新たな子供の届け出とともに、王国より教育費が孤児院に1人分上乗せして支給されることとなる。よって、「子渡し人」は孤児院から、何パーセントかのマージンをもらい、生計を立てている。
子供の方も、孤児院からの届け出とともに、戸籍を得ることができ、同年代の子供たちとともに孤児院にて成長していく。
だが、孤児院とは名ばかりの、不衛生で怪我や病気をした子供に適切な治療を受けさせることもない劣悪な施設も中にはある。
孤児院で働く者たちも大半が下層の出身であり、孤児院で育つ子供たちも下層で生き、下層で死ぬことが決定しているから、正確な読み書きを教わることもまずない。
ただ、同年代の子供たちが集まって生活している場所といっただけであり、やはり子供が何人か集まれば(いや、子供でなくとも何人か集まれば)……虐めや差別なども発生し、中には子供同士の制御のきかない喧嘩で死者が出るなど地獄のような事件も過去にはあったとのことだ。
そして、10才にもなれば、(特に男児に多い傾向があるが)孤児院を飛び出し、働き始める者も大勢いた。
だが、アダム……そしてサミュエルが育った孤児院は、非常に特殊な孤児院であった。
その孤児院の管理者の名は、”ヘルキャット”。
50を過ぎた夫と、30を超えたばかりかと思われる妻の2人で管理していた。
20才以上の年齢差の夫婦。
彼らが並んでいると夫婦というよりも、父と娘のようであった”ヘルキャット夫妻”。
そして、ともに魔導士としての力を持って生まれた”ヘルキャット夫妻”。
そう、彼らが「子渡し人」から預かり、育て上げるのは”魔導士としての力を授かって生まれた子供”のみであった。
”魔導士としての力を授かって生まれた子供”は、そもそも絶対数が普通の子供よりも少ない。それに加え、アドリアナ王国中から、魔導士として生計を立てられる捨てられた子供をかき集めているというわけではない。せいぜい、近隣の町から、数年に1名といったところであっただろう。
よって、魔術のみならず、文字の読み書きもばっちり、平民にしては多くの蔵書を持っているヘルキャット夫妻が育て上げる子供は、アダムが彼らの元にいた15年間においても、せいぜい5人以上から10人未満の間を行ったり来たりしていた。
ちなみにヘルキャット夫妻は、「15才になったら1人で生きていけ(私たちがあなたを1人で生きることができる様に育て上げたのだから)」といったスローガンを掲げていたため、24才のアダムも9年ほど前に孤児院を出ていた。
だが、年に一度か二度、アダムがヘルキャット夫妻の元を訪れると、皺も白髪も増えゆき、妻の方には贅肉もつき、夫の方は背骨が曲がりかけているヘルキャット夫妻であったが、以前と変わらぬ笑顔を彼に向けてくれた。
「子渡し人」によって、生後わずか3日のアダムがヘルキャット夫妻に託されたのは、夏の日差しが和らぎかけてきた季節であったらしい。
それを教えてくれたのは、アダムより7才年上の少年であった。言わなくてもいいことを、物心ついたアダムに伝えた(アダムがどういう反応をするのかを見たかったんだろう)その少年。
彼は、重大な歴史の一ページの目撃者であるかのごとく、アダムに”アダムがアドリアナ王国の子供となった日”のことを教えてくれた。
アダムを抱えた「子渡し人」(ひょろひょろした、やけに目が大きく、色の白い小男であったらしい)が、ヘルキャット夫妻に以下のことを伝えていたのを自分は扉の外で聞き耳を立てながら聞いていたと――
「待ち望んでいた初めての子供だったとのことで。けれども、こんな”得体の知れない”子供が生まれるなんて、思いもしなかった。自分たちの両親からも、この子を家に置くことを反対されている。だから、しかるべきところで育ててほしいと……」
得体の知れない子供。
ごく普通の、何の力を持たない人間の夫婦から、魔導士としての力を持つ”光輝く”子供が生まれた。しかも、アダムの放つ光は並大抵ではなかっただろう。
待ちに待った待望の子供――長男がこの世に生まれ出た時、アダムの両親には喜びや祝福よりも、困惑と恐怖が勝ったのだろう。
実際に魔導士の力を持つ(反抗期の)子供に両親が殺されたという事件も過去には起きている。
自分たちの手には負えない力を持って生まれた子供などはいなかったことにして、アダムを捨てた両親は、次こそは普通の子供を望んで、子づくりに励み……
アダム・ポール・タウンゼント。
本来なら、両親(それに加え両方の祖父母まで)が揃った家の長子として、すくすくと育つはずであった彼。
実を言うと、アダムの名は彼の両親からの贈り物ではなかった。
彼の両親は「情が移ってしまうから……」とのことで、名前すら彼に贈ることを拒否した。
あまりにも、不憫に思った「子渡し人」が彼の名を一晩中考え抜き、”アダム・ポール・タウンゼント”と名付けたとのことだ。
血のつながりなどない他人であり、ほんの一日ぐらいしかともに夜を明かさなかった者が、一生懸命考えてくれた自分の名前。
アダムが人生で最初に受けた”祝福”の贈り主は、親ではなく、同じ時代を生きる1人の優しき者であったのだ。
そして――
アダムがヘルキャット夫妻の元に受け入れられた、わずか1カ月後――
どこか物悲しい秋の風が本格的に吹き始めた日の早朝。
孤児院の前を一台の馬車が通り抜けていった。
いや、正確に言うと通り抜けたのではなく、その馬車は孤児院の前に赤ン坊を素早く、あまりにもささっと手際よく置き去りにしていった。
豪奢なつくりの馬車。そして、その馬車を引く馬の毛並みすら立派なものであったとのことだ。
どこからどう見ても貴族しか乗ることを許されないような馬車より置き去りにされた赤ん坊。赤ン坊がくるまれていた毛布も、貴族の子供しかくるまることが許されないような代物であった。
置き去りにされた赤ン坊は、男児であった。
馬車がこの男児を置き去りにしていった光景を窓から見ていた少年より話を聞いたヘルキャット夫妻。彼らは、どう考えても貴族の落し胤としか思えない子供を腕に抱え、困惑していた。
貴族の家で、魔導士の力を持った子供が生まれるということ。
そのこと自体は、喜ばしいというか、一族の繁栄に繋がることである。
ひょっとしたら、首都シャノンの王族に直々に仕える魔導士になるという名誉に与れるかもしれないのだから。
魔導士の数は少ないため、平民の中からも魔導士のスカウトを行っているらしいが、もともと貴族の身分を持っていれば平民出身の魔導士よりも、より早く”首都シャノンの王族に直々に仕える魔導士”への切符を手に入れることができるだろう。
そのうえ、今、ヘルキャット夫妻の妻の腕の中で泣いている、この赤ン坊は、生まれながらにかなりの力の持ち主だ。
わずか1か月前にこの孤児院に迎え入れた赤ン坊(アダム)にも匹敵するぐらい――
それにも関わらず、この赤ン坊は孤児院前に置き去りにされた。
おそらく、置き去りにした従者たちは、ここが魔導士専門の孤児院ということを知っていたのだろう。
理由は一つしかない。
この赤ン坊は、表には出せない赤ン坊であるということだ。
嫁入り前の貴族の娘が情を通じていた身分のない男との間に孕んでしまった、もしくは貴族の妻の不貞による不義の子か……?
ヘルキャット夫妻は、どちらもまずまずの力の持ち主であり、この赤ん坊に残っている残留思念のような気を辿れば、元々の親のところに辿り着くことは難しいことではなかっただろう。
けれども、そんなことをしても何にもならない。
この子の親は、この子を捨てたのだから……
赤ン坊をこの孤児院にて引き受け、”アドリアナ王国の子供”として、他の子供たちとともに育て上げることを決めたヘルキャット夫妻。
アダムと同じく、生みの親から名前すら贈られることなかった赤ン坊の名前は、ヘルキャット夫妻が考えて名付けた。
サミュエル・メイナード・ヘルキャットと――
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