第三章 真実の愛までどのくらい?

第21話 王様ゲーム

 私たちは、順調に西の樹海へと辿り着いた。そこには、普段誰も足を踏み入れてはいないようで、生い茂った枝葉で陽光は私たちをまだらに照らし、足元には獣道だけが消え入りそうに細く続く。

 遠くで何かが遠吠えをし、正体不明の鳥がギャーギャーと悲鳴のような声を上げて飛び立った。

「隊列を崩すな」

 ディレミーンが囁く。

 先頭にディレミーンとプラミス、後列に私とコニー、コージャスタスとアイルを挟むようにして獣道を行くのだった。後方の見張りは、マルだ。

「コージャスタス、動くな!」

 私は鋭く言って、矢を放つ。

「ひいっ!」

 矢尻はコージャスタスの肩を掠めて、すぐ横の木肌に突き立った。

「な、何をするゴースト!」

 私は無言で矢を抜く。その先には、大蛇の頭を射貫いた遺骸が絶命して刺さっていた。それを払い、また私は矢をつがえる。

 コージャスタスは肝を潰して、礼を言う事さえ失念しているようだった。お礼して欲しい訳じゃないから、要らないけど。

「足跡がある……近くに、何か、、居るよ」

 コニーが、常人の目には見付けられない痕跡を探し出し、警告を発する。

 メキメキッ……。近くで、木の枝のしなる音がしたかと思うと、不意に巨大な蜥蜴とかげが振ってきた。長身なディレミーンよりも二回りほど大きい。

 肉食の鋭い牙が並ぶ口を開けてこちらを威嚇すると、長い尻尾を揺らしてプラミスを打った。プラミスは、上半身を丸めて衝撃に耐える。

 ディレミーンが、長剣を中断の構えから横に凪ぐ。それは正確に大蜥蜴の左目に当たって、ギャアと悲鳴が上がった。

 私も、右目を狙って大弓を引き絞る。だけど動く的を射るのが初めての私は、狙いを外し矢は大蜥蜴の右上腕に刺さった。

 怯んだ大蜥蜴の眉間を目がけて、プラミスが戦斧を上段に振りかぶる。その切っ先は見事に急所を捉え、大蜥蜴は断末魔の声を上げて絶命した。

「ハア……ハア……」

 私は、初めての戦闘に鼓動が暴れるのを感じていた。そんなに動き回った訳ではないのに、息が上がって目眩がする。

 ディレミーンが大蜥蜴の遺骸から矢を抜き、私に差し出してくれていた。

「ほら、ゴースト。大丈夫か?」

「ああ……少し休めば、大丈夫……」

 言いながら、立ちこめる血の匂いに、腹から何かがせり上がってくるような感覚を、必死に耐える。ディレミーンが察して、背中を優しくさすってくれた。

「最初はみんなそうだ。吐きたいなら、吐いてしまえ」

「う……大丈……夫……だ」

 私は守られたい訳ではない。これくらいで吐いていては、この先、足手纏いになる。そう思うと、自分の身体をコントロールする事が出来た。

 その後は、双頭の狼や大蟻おおありと戦った。

 オークなどの亜人種が居ない代わり、自然とは異なる姿をした凶暴な野生動物が研究所を守っているのだった。

 特に狼は、群れをなして戦略的に私たちを取り囲んだ。全身鎧のプラミスに比べて、動きやすさを取って部分鎧のディレミーンは、腕やすねに噛み傷を負ってしまった。

「ディレミーン!」

「ああ、このくらいいつもの事だ」

 事もなげにディレミーンは笑うが、私は一つ試したい事があった。

「座ってくれ」

「ん? 何するんだ?」

「ジッとして」

 私は集中して、ディレミーンの身体の上に手をかざす。

『……生命いのちノ精霊ヨ。血肉トナリテ、傷ヲ塞ゲ』

 私の片言の精霊語に応えて、ディレミーンの中に宿った生命いのちの精霊が力を増し、内側から光を発して傷の流血を止めた。

「神聖魔法も使えるのか?」

 一般に、回復魔法は神に仕える者だけが使えるというのが常識だったから、ディレミーンは驚いて目を見張った。

「試してみた事はなかったが……エルフの女性だけが使えるという、回復魔法だ。本当は完治させたかったが、私の力では止血をするのが精一杯みたいだ」

「凄い……痛みも軽くなった。ありがとう、ゴースト」

 ディレミーンは不思議そうに腕の傷を陽の光に翳していた。

 コージャスタスは、もう何度目になるか、吐くものもなくなってただえづいていた。アイルが、背中を摩っている。

「……見付けた!」

 そこへ、落ち葉の積もった地面や木立を注意深く観察していたコニーが、声を上げる。

「プラミス、そこの木にあるせみの抜け殻に手、届く?」

「ああ、届くが……この抜け殻が、どうかしたかの」

 何気なく言って、プラミスが抜け殻に手をかける。本来なら乾いたそれは崩れてしまうのだろうけれど、硬度を保ったまま、抜け殻はガコンと音を立てて押し込まれ、目の前の大樹の腹がスライドしていつか見た鉄の箱が現れた。

「やったよう!」

 コニーが飛び跳ねて喜ぶ。

「ここが……スライムの研究所か。コージャスタス、着いたぞ」

「うう……ぐえっ」

「コージャスタス様」

 しっかりしろ。男だろ。

「早く乗らないと、閉まっちゃうよう」

みなが動き出す。

「コージャスタス様、失礼します」

 そう言うとアイルは、同じくらいの背格好のコージャスタスを、横抱きにした。いわゆる『お姫様抱っこ』というヤツだ。

「ア……アイル!?」

「少しの辛抱です、お許しください」

 神通力で動く鉄の箱の中に、六人と一匹は収まった。ディレミーンが、『B1』と書かれたボタンを押す。

 コージャスタスは、普段可愛がっているアイルに抱き上げられているのが恥ずかしいのか、終始無言だった。

 足が地を離れるような錯覚を起こす浮遊感の後に、鉄の箱の扉が開くと、外よりも眩しい、目の痛くなるような白々とした空間が広がった。

『む……誰だ』

 姿は見えず、声だけが天井から木霊した。

 途端、アイルの腕の中から下り立って、コージャスタスが威厳をもって話す。

「私はザティハが国の王、コージャスタスだ! くろーんとやらで子供を作って欲しい。金に糸目は付けん」

 さっきまでゲーゲー言ってたくせに、安全な場所では、王スキルが働くんだな。

『……ふむ。王とやらに興味はないが、金の使い方は気に入った。では、金貨千枚で請け負おう』

「安い買いものだ」

『地下五階に来い。私はそこに居る』

「分かった」

 そしてディレミーンを振り返って、尊大に言った。

「地下五階に連れて行け」

「ああ……」

「……コージャスタスが王だって、忘れてたな」

 戸惑い気味のディレミーンに笑うと、彼も釣られて笑った。

「確かに」

 そして再び私たちは、鉄の箱に乗り込んだ。ディレミーンは今度は、『B5』と書かれたボタンを押した。

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