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 半分閉ざされた視界の向こうで、俺の自宅のボロいコンロの前で湯を沸かして包丁で何かを刻む竹中さん。


 洗面所ですっ転んで、後頭部を強打する寸前、何故か背後にいた竹中さんに支えられ、どうしてこの人がここに……と、混乱していたら失神しかけて、足腰立たなくなった俺を竹中さんが肩を担いで布団に戻した。


 少しして。ちゃんと呼吸が整ってから枕元に一杯のポカリを置いて、竹中さんは丁寧に説明してくれた。


 昨日の夜から、俺が起きるまでのこと。



 殆どの記憶が飛んでいたが、どうやら知らぬ間に俺は竹中さんを含め沢山の人に迷惑をかけてしまっていたみたいだ。

 昨晩。俺は接客中にぶっ倒れたらしい。

 一緒に入っていたのは竹中さん。

 レジ打ち中に倒れたのだ、その場にいた客もそりゃあみんな驚いて、店内は軽く騒ぎになったみたいで。

 竹中さんにすみやかにバックルームに運ばれたものの、俺は酷い高熱を出して、どんなに呼びかけられても反応せず、これはまずいと判断した竹中さんは緊急と言って店長を召喚。店長の呼びかけで応援として青山さんも駆けつけてくれたそうだ。


 顔色も悪く、ぐったりとして呼吸を乱す俺の状態を見て店長は近くの病院に連絡。話を取りつけて直ぐに竹中さんの車で俺を搬送させた。

 意識が朦朧としていた俺は、医者の問診にまともな言葉を返せなかったみたいだが。

 医者が告げた診断は意外にも呆気ないものだった。


 食生活の乱れによる栄養不良と。疲労と免疫力低下による風邪。


 夏バテを完全に舐めきって、ソーメンばかり食していた生活が祟ってのことだった。……恥ずかしい話だ。


 点滴を打ち。薬を飲んでしっかり栄養と休養を取れば治るとのことで、俺は竹中さんの運転する車に揺られながら、明け方の四時過ぎに自宅に帰ってきたというわけだ。

 店長と青山さんは、俺と竹中さんの代わりに朝まで勤務を引き受けてくれ、竹中さんは自宅まで俺を送ることを任されたわけだが。


 どこまでもいい人過ぎる竹中さんは熱にうなされる俺を布団に寝かせた後。そのまま帰らずにずっとつきっきりで、今の今まで俺の看病をしてくれていたらしい。


 そんな大変なことが起きていたなんて。全然覚えていなかった。



「すいません……、竹中さん、俺……」

「いいえ。変な病気じゃなくて……良かったですよ」


 鍋に何かを入れながら、振り返らずに声だけ返す竹中さん。

 ほわわーんと台所の方から良い匂いがしてきた。

 なんかこう、コンソメ風の。

 どう見たって人んちで勝手に自分の飯を作っている風には見えない。


「あ、あああ……、竹中さんいいですよ、俺、適当になんか食って薬飲むんで……!」


 これ以上このきったない部屋にこの人をいさせるのは忍びない。

 しかも、明け方の四時から今までってことは、この人寝てないはずだよな。これは……流石にいかん、いかんだろ。


 布団から片腕だけ出して、なんとかして竹中さんを帰そうと、かすっかすの声でしつこく訴えたら、何度目かで竹中さんがゆっくり俺の方に振り向いて、こう言った。


「適当にって……そうめんですか?」


 うひ――。


 顔の半分だけ向けて。呆れたように目を細め。

 睨まれた。


 感じたのは紛れもなく恐怖。



「さ、さあせん、した……」


 応えれば竹中さんはまた包丁で何かを刻みながら、俺に聞こえるぐらいの深い溜め息を吐いた。


 怒らせた、というより、困らせてしまったみたいだ……。


 取りあえず、そーっと真横に置いてあるポカリ入りのコップを引き寄せて口に含んだ。

 扇風機の風量は『中』。

 カーテンは風通しが良いように半分だけ引かれて、この間妹が勝手に取りつけた風鈴が涼しい音を立てている。

 台所の床に真新しいスーパーの袋が置いてあって、それを持ち上げて、中から色々取り出す竹中さん。


 後から聞いた話だが。


 俺が起きることを予想してなにか滋養に良いものを作ろうとした際。引き戸や戸棚の中に、それはもうなんかの呪いみたいにびっしりと詰まったソーメンの山を見て絶句した竹中さんは、ソーメン以外のものを食べさせなければ、と。使命感に似たようなものを抱き、近くのスーパーまで走ったそうだ。

 それもこれも、全く栄養が足りていない俺の為に……。


「もう少し待って下さいね」

「あ、はあ……」


 申し訳なさ過ぎて、俺はそれ以上何も言えなくなって、着信アリのライトが点滅する携帯を開いた。


 何通かきてる。

 あ。店長と青山さんだ。


 ―――――――――――――

【from】店長

【題名】具合はどう?

 ―――――――――――――


 少しよくなった?


 夏風邪だって竹中君から聞い

 たよ、大変だったね。


 こじらせると良くないってい

 うから、明日と明後日のシフ

 ト組み直しておくから、ゆっ

 くり休むんだよ。


 ―――――――――――――


 ―――――――――――――

【from】青山さん

【題名】やだもう(>_<)

 ―――――――――――――

 袴田くん大丈夫!?


 もう凄い心配しちゃったわよ

 ぉぉお!


 あたしと店長のことは気にし

 なくていいから、ちゃんと休

 んで早く良くなってね?


 青山より(はぁと)


 ―――――――――――――


 なんか……。じんときた。

 俺、迷惑掛けたのに。

 この人達。本気で、こんな俺のこと心配してくれてるのか。

 メールじゃなくて、後で電話しよう。


 あ。

 平井さんからもメールきてる。

 やだなぁ、夜勤組ってほんと情報伝わるのはや――、


 ―――――――――――――

【from】平井さん

【題名】無題

 ―――――――――――――

 青山さんから聞きました。

 袴田君大丈夫?(´・ω・`)


 夏風邪はこじらせるとよくな

 いってママンが言ってたから

 、無理しないではやく良くな

 って下さい。


 ていうか……


 竹中ルート遂にキタ━━(゚∀゚)

 ━━ッ!!!!


 弱った袴田君を竹中君が看病

 とか萌えるじゃないですか!

 萌えるじゃないですか!?

 \(//∇//)\


 ちょっとちょっとぉ!二人と

 も!いつの間にそんな関係に

 なっちゃったのお!?


 これはやばすぎるでしょお!

 \(^q^)/\(^q^)/\(^q^)

 /


 この美味しいネタは是非とも

 あとで詳細kwsk!kwsk!


 どうしよう!胸の高鳴りが抑

 えられない!!


 竹袴

 ありがとうございまァすッ!

 \(^q^)/


 ―――――――――――――


 見なかったことにしたくて画面を閉じた。


 最早どこから突っ込めばいいのかわからない。


 店長と青山さんのメールでほっこりしていた気持ちが一気に冷めた。

 というか極寒の地に飛ばされた。


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