死神少女4
突然現れた少年はレテーナに振り返ることなく真っ直ぐにロハンと対峙する形を取っている。一見して気絶しているように見えるロハンだが、念のためということなのだろう。
「久しぶりです。アンナを隠してくれてありがとう。ナイス判断って言いたいけど、自分を犠牲にするのは大反対だよ、俺は。しかし侵入するのに骨が折れたね、ここはさ」
表から入ろうとしたのだが、門には鍵が掛かっていたので無理矢理壁をよじ登ったのだという。暗闇のせいでレテーナからはよく見えなかったが、彼の身体には幾つものかすり傷があった。
屋敷に忍び込んで、まずは一階を調べている間に二階から怒鳴り声が聞こえ、慌てて駆けてきたらしい。するとアンナが部屋から飛び出し、ロハンがそのアンナへ向かってナイフを突き刺そうとしていたので咄嗟に行動に出たということらしかった。
「そんな、薬品で眠らせたのに……」
「薬品で?……その辺は後で」
ゆらりと起きあがり、怒りをぶつけてくるロハンを一瞥する。やはり気絶までには至っていなかったのだ。
「ロハン。お前の信じている神は、おそらくお前の考えているような存在じゃない。ただの女の子だ」
「何を言う。貴様も見ただろうが!」
「だからこそ言ってるんだ。俺は彼女を知っているからこそ言えるんだよ」
「お前が何を知ってるっていうんだぁぁ!」
デタラメに飛びかかってくる相手の力を右手で受け流し、足払いをかける。勢い余ってまたも転がるロハンをハンスは見下ろした。ロハンの動きは出鱈目で、とても武道を嗜んでいるような者の動きではない。逆にハンスは父親に叩き込まれた体術のおかげで、この程度の相手を封じるのにわけはなかった。
「お前は思いこんでるだけなんだよ。その思いこみで、彼女にこれ以上罪を重ねさせることは絶対に許さない」
「なんだと……。まるで人間のような言い方をして」
「人間だよ。俺たちと同い年の、女の子だ。アンナも怯える必要なんてないんだよ。彼女は、アンナを殺す気なんてまったくないんだから」
はっとしてアンナは口元を押さえる。
「テースおねえちゃん、が……」
「そうだ、その名前だ! お前達が選ばれたというなら、僕はどうなる!」
「違う。そんなのはお前の思いこみに過ぎないんだ。お前が神なんて望まなければ、彼女は現れない。彼女が選んだんじゃない……彼女は選ばないんだ、きっと誰も」
「顕れるね。彼女は、僕の前に。あの時言ったんだ。もう一度来ると。僕の前にね!」
「思いこみなんだよ、それも。人は死のうと思えば自殺出来るし、生きようと思えば足掻けばいい」だが、その唯一の神は一人の少女で「ただ神だと祭り上げて、たった一人の逃げ道を無くし、そんな少女に人殺しをさせるなんてどうしてお前らはそんなことを望むんだよ」
「何を言って」
「お前らはそうやって彼女を死神に祭り上げただけなんだ。彼女は人間だ。死神じゃない。けど望まれた」
「だから何を言ってるんだ」
「俺は七年前、彼女が死神になる瞬間を――見てしまったんだ!」
怒鳴る。声が屋敷中に響き渡りガラスを震わせた。
「今でも後悔している」
七年前、あの部屋に閉じこめられた七人の子供達。
「お前はただの女の子に人殺しをさせようとしているだけなんだ。神に認められたなんてほざいて、死ぬ勇気がないくせに、どうして偉そうに語れるんだよ。でもな、死ぬより生きる方がマシだ。お前は死にたいのか、それとも神に会いたいのか」
頭の中は混乱している。ハンス自身も何を言いたいのか、半ばわからなくなっていた。それでもハンスは自分自身にも必死に言い聞かせる。死神というのはテースの望んでいる姿ではない。ただ、望まれた姿なのだと。人が死を望むからこそ彼女は死神としてその命を狩りに行く。彼女を止められないのならば、せめて死のうとしている人間を止めることぐらいしか彼には出来なかった。
「人殺しをさせる人間達こそ、本当は罪を被らなければいけないんじゃないのか。自分を殺せと願うことが、本当の罪なんじゃないのか……」
これでロハンが本当に止まってくれるかわからないが、これ以上、彼に向ける言葉も思い浮かばない。
「でも、それじゃあ」
制服を掴んでいるアンナが、ぽつりと呟く。
「ただ、望んだだけで罪を背負うことになっちゃうよね」
「それは……」
「そうよ、テースお姉ちゃんはきっと、そう思ってる」
罪があると思い込んでいるのか。人が罪を与えているのか、それとも自ら罪を重ねているのか。誰が最も悪く、誰が糾弾し、誰を裁けば良いのだろうか。人間の願いが神をこの世に降臨させたのならば、それを願った人間こそが本当に傲慢な存在ではないのか。
アンナがそこまで考えて言ったのかどうかは定かでない。しかし、とハンスはアンナへ振り返る。
「……もう帰ろう。いつまでもこんなところにいちゃ風邪を引くからな。孤児院のみんなも心配している。もうすぐアンドレアフさんだって来るはずだ」
アンナの手を取って連れて行こうとした時、レテーナだけがそれに気付いた。
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