第三十三首 初音聴き 姿さがせし 我ひとり 表をみれば 唄い手見ゆる
ホー、ホーホケキョ。
私が目を覚ますと、うぐいすのさえずりが聞こえてきた。別名、春鳥、春告げ鳥、歌詠み鳥、初音などと言われる小鳥の鳴き声は、寝起きの頭には心地よかった。
歌枕 眠りに誘われ 忘れ草 夢路の憂い 解きて起きたる
私は、薄目を開けると、そのようにして思い付いた和歌など適当に詠み、ぼうっとした頭の中を整理した。
身体を起こして周りを見渡してみると、少し離れた、寝床から届く場所に飲み物が用意してあった。てるが気を利かせてくれたのだろう。
私は手を伸ばし、置いてあった水差しと、逆さまになって並べてあったコップを一つ取り、一杯のほうじ茶を飲む。
そしてごくごくと水を飲み干すと一息ついて、夢現の記憶を思い出す。
「ふう…」
…酷い夢を見た。
夢の中では、私は支度金も貰えないまま折り媛に就任していた。
眠っていることを良いことに、三人の介添え人と一人の見届け人による、略式での折り媛就任がなされていた。
関東の呪術師の総領である
それを承認する見届け人役は、八重垣の重鎮という布陣だった。
他には愛宕山の杉山さんや、ほとり君と夏月ちゃんの姿もある。
また、神前での就任式である方が良いと、四季の春を司る女神として、佐保ちゃんが上座に上がっていた。
まあ、本物だから当然か。
彼等によって、本来なら
その場に本来はいるはずの私の席にはずっと誰もいなかったが、滞りなく儀式は続いていく。
夢の中で、私は必死に中断しなさいと叫ぼうとするのだが、傍観者の立場は変わらなかった。
そのまま儀式は、本当に滞りなく終了してしまった。
Bad!
「ふうっ…本当、酷い夢だったわ」
そう言って私はハンカチーフを取り出して、額の寝汗を拭き取った。
ホーホケキョ ケキョケキョケキョッ
外の梢の辺りだろうか。休憩室にうぐいすのさえずりが再び聞こえてきた。人前に簡単に姿を現すなんて、ずいぶんと人懐っこいうぐいすもいたものである。
「あの、失礼します。目は醒めましたか?」
しばらく後、そう言って休憩所に姿を現した女性は夏月ちゃんだった。
「…大丈夫よ。何か酷い夢を見た気がするけど、もう眼も冴えたわ。あなたこそ大丈夫?」
(正直、Badな気分。昨日は二柱の女神と憑依合体して無理をしたわ。さっきまでも変な夢を見ていて、肉体的にも精神的にもかなりキツイわよ)
そんな本音はかくして、私は昨日出会ったばかりの菅家の姫君に、努めて心配ない態を装った。正直、気分的には最悪だったが、彼女に無駄に心配をかける必要もないだろう。
なにしろ、昨夜はじめて憑依合体を成功させた戦友、四季の女神をその身に降ろした巫女の御同輩である。
また、突然に職場を失い、同僚と死別した身でもある。
その疲れもあるだろうし、私は彼女と仲良くやっていきたかった。今後の戦友としての付き合いとして、そうすることが重要だと思ったのだ。
「心配してくれてありがとうございます(ペコリ)。私は大丈夫です。夏を司る筒ちゃんと憑依合体して、返って晴れやかな空のような、爽快な気分になりました」
「そう。それは何よりです。これからが大変だと思うけど、お互いに頑張りましょうね、夏月さん」
「はい。それよりもすみれさん…酷い夢って?」
「え? えっと、ちょっと私が寝ている間にね…勝手に私の折り媛就任の儀式が終わっちゃった夢を見て…参ったなぁーと…」
そこまで聞いた夏月ちゃんが、額に汗を滲ませて私から目を逸らした。
What for?
ホーホケキョ ホーホケキョキョ ケキョケキョケキョケキョ…
呑気なうぐいすのさえずりが、三度聞こえてきた。
(…まさか!)
バサッ!
私は最悪の事態に気付き顔色を青くした。掛け布団を勢いよく跳ね上げて立ち上がろうとする。
「うーん…」
立ち上がろうとするが、身体が付いて行かなかった。所詮、私の身体は女子大生のそれだ。無理は禁物なのである。どうやら昨日の竜田姫、宇津保姫との二重憑依合体が祟ったようだった。
ドサッ!
立ち上がろうとして眩暈を感じた私は、再び先程まで寝ていたお布団に上半身を倒れ込ませた。下半身は元々敷布団の上にある。
「きゃっ! すみれさん! 大丈夫ですか!」
(…大丈夫じゃない…それに私の数億円…)
夏月ちゃんの声を聴いた後、私の意識は途切れてしまった。ただ、うぐいすのさえずりがその時も聞こえていたことだけ覚えている。
後々聞いたところによると、本来は私の懐に入るはずだった支度金は、敵対が発覚した大陸の道士たちや澱みの龍対策。それに燃えた国土管理室ビルの秘密を隠す情報操作の費用に全額使われたそうである。
呪術大戦に多額の費用が消費されるのはある意味当然で、遊ばせておくお金が無いのも当たり前のことなのかもしれない。
でも………くすん。
もう折り媛だし…人の上に立つ立場だから…気軽に泣けない。
だからもう、その時外で啼いていたうぐいすの呑気な声を、我が身の空元気の泣き声とでも思うしか手段はなかった。
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