第三十二首 つどいたる 八雲八重垣 はにしの等 来たる嵐に 挑むというらむ

 およよよよっ!


 私が、てるのお尻を追い掛けて車検場の内部へ入っていくと、来客用の一室が関東の呪術師たちによって集会場になっていた。一見すると、主だった各門のお偉いさんはだいたい揃っていたりして。

 彼等の視線が、てると私に集まる。私はちょっと気圧されて後ずさってしまった。 


 「いつの間に…」


 「あんたが国土管理室ビルで戦っていた時間帯には、集合を打診した者達は一仕事終えていたわよ」


 「え? 私があんたに連絡する前じゃない」


 周辺からの視線も憚らずに、そんな、何があってって言うのよ。と態度で示す私。

 こりゃ、てるさんや。隠さずに話のですぞ。


 「…あのねぇ、こっちも大変だったのよ」


 昔なじみの気軽さで馴れ馴れしい態度を取る私に、てるは、はあっとため息を吐いて続けた。


 「だから私たちは無能じゃないと言ったの。関東の龍脈の流れが、この数カ月に渡り変化していたことに気付いた私たちは、独自の調査と対策をしていたの」


 うん?


 「つまり、何者かが意図的に地脈を乱して病気を振り撒いていて、その結果が、最近の季節外れに流行していた風邪や高熱という訳よ」


 !? それって…私とほとり君が酒の席で話していたことの一つだ。その話と合わせれば、辻褄は合う!


 「それで、それを命令した奴等の首領格が、陸地ではなく海上にでもいるんじゃないっかって推理して…近くにいたら自分も病にやられるからね…近海に式神を派遣して探してみたら…案の定よ」


 「倒せたの!」


 私は、てるの説明を色々すっ飛ばして、結果を聞く質問を投げ返した。結論を早よ!


 「駄目ね。結論から言うと、負けたわ」


 「何だ…」


 てるの返答に、私は失望を隠さず露骨に肩を落とした。何もしていないのにずいぶんな態度だと自分でも思う。

 てるの眉がピクリと跳ねて、こめかみがピクピクと動いた気がした。


 もしかしたら、再開したばかりのてるの機嫌が悪いのは、そこで負けたことを告げると、私が失望すると理解していたからかもしれない。


 なんか、私たちは無能じゃないって強調していたし。まあ、てるでなくても負けたら悔しいし、その事実を冷静に話さなければならないことが苦痛なのは解る。


 だが、こうして敵の情報を素直に話してくれる味方がいてくれたと思うと、なんか私、ほっこりします。


 「…何ほっこりしてるか解らないけど…話を続けても構わない?」


 「あい」


 そんな私の気持ちなど置いておいて、てるは説明は続ける。


 「北斗の白鳥と猫神を使役して探していた日本海でね、大和海盆の外れに敵の首領が居ることを突き止めて、集まった全員で霊力を送って対抗したのだけど…無理だった。悔しいけど、奴等にアレが付き従っていたのよ」


 「…アレってまさか…」


 おいおい。嫌な予感がするぞ。


 「…あんたの予想通り、サキガケを操る澱みの龍よ」


 てるが解っているくせにという表情で、澱みの龍の名前を出した。


 マジかよ! あれは確か、この時期は澱みの底の龍宮にいるはずだが?


 監視役は何やってんの!


 監視の弾幕(?)薄いぞ!


 私はそのように、てるの話を否定したいところだった。だが国土管理室ビルでのサキガケ部隊との遭遇戦といい、「そうだね。このごはんおいしいね」と肯定する経験ばかり私の許には揃っていた。


 ただでさえ昨日からの連戦で、仮眠しかできていない私は、さらに陰鬱な気分になった。


 Bad!


 「すみれさん」


 と、そこに遅ればせながら、ほとり君が土御門の翁と夏月ちゃんを連れて話掛けてきた。マスコット枠に収まった佐保ちゃんは車で寝ている。

 どうやら、今からやらなければならない会議の主役は揃ったようだ。


 しかし。


 「…眠い。少しで良いから眠らせてよ」


 私は再び、周囲の人目も憚らずに言いたいことを言ったのだった。さすがに僅かな睡眠で、続けて会議をしなければならない状況は、若さだけでは無理な気がしたのだ。

 しかし…


 「駄目」


 …てるはにっこりと笑い、私の要求を却下した。


 Bad&black! どうにもこうにも要求は通らないと私も思っていましたよ。まる。




 でもこれが、あんな事態になるなんて、これっぽっちも思っていなかった(フラグ)。



 ◇ ◇ ◇



 さて、私は都合などあまり尊重されずに、建物の中に集まった面々での会議が始まった。当然、わたしも強制参加である。

 それは、ゲストに土御門の翁等を招いた、関東の呪術師たち主導の会議であった。


 私が新たに折り媛の御役目に就任することは当然のことと流され…ちょっと悲しいぞ。こらッ!…て、まずは昨日の説明からのスタートだった。

 これは、新たに参加した私たちへの説明と、事態の推移を再確認するための作業だった。


 続いて、龍脈が乱されて、関東に高熱を伴う病気が蔓延している件が話されることとなった。


 敵は用意周到に準備をしてから戦いを仕掛けて来ており、病気蔓延の事態は、それすらも、私たちが知らない何らかの計画の囮かもしれないと、そんな可能性が話し合われた。


 そして最後に、日本海の大和海盆で遭遇した大陸の道士の首領格と澱みの龍の問題となる。

 その途中、ほとり君が、複数の謂れの有る怪物が合成されて使役されたいたと報告すると、ますます事態の深刻さが認識されて、会議は荒れに荒れた。


 とはいえ、件の問題の一つ、海上の道士の首領格や澱みの龍のことは、今の私たちにはどうにもならない。

 精々、日本海側にいる呪術師たちに警告を発するのが関の山だ。京都を中心にしている陰陽博士と、西方呪術師協会の者たちに、「ナニのんびりしていやがる馬鹿!」とお尻を叩く位がしかできないだろう。


 結局、今の私と関東の呪術師たちにできることと言えば。


 まず第一に私が折り媛の御役目に就任して、これから戦闘に出てくるであろうサキガケに、特効の封紙を量産すること。


 第二に、関東、東北を荒らし病気を撒き散らしている怪異を退治すること。


 そして第三に、この場に居るそれぞれが、労力の惜しみなくそれ等に協力し、事態の収拾に勤めることだろう。


 会議は、そんな結論に至って終了したのだった。


 その時間を利用して座ったまま眠っていた私は、夢現に会議の内容を聞いていた。なんか別に言わなきゃならない契約のことがあった気がするが、眠くってそれどころではなかった。


 会議終了後、一同が協力して怪異を退治するぞと時の声を上げて退出した後、私は限界に達してい。座っていた座敷の座布団の上で、コテンッと倒れ込み、深い眠りに就いてしまう。


 私はほとり君みたいに体力のある男性じゃなく、ただの女子大生(?)なんだから。それは仕方ない。

 常に憑依合体して肉体を強化している訳じゃないのだ。

 それに睡眠不足は、どの層の女性にもお肌の大敵なんだぞ。


 「…立て…立つんだ…私…」


 「…仕方ない奴だな。ちょっと頼めるか?」


 「はい。てるさんと二人なら運べると思います」


 「いや、すまん」


 むにゃむにゃと寝言を言っている私の身体は、てると夏月ちゃんが就寝用の休憩室へと運んでくれた。  


 




 まさかこの結果、数億円は吹っ掛けるはずだった私の折り媛就任用の支度金が、実質0円になるとは思っても見なかった(泣)

 何と支度金は私が寝ている間に、世の中に関東呪術師協会の動向を隠す工作資金に使われることになっちゃったのだ!


 おお…日陰者の呪術師は、やっぱり日野富子のように、日本国中から祝福されるという訳にはいかないねぇ。


 ほほほ。


 ほほ…


 …ウフフフフフ………


 …ふふふ………





 …うううううう………畜生………チッキショ――――――――――!!!!!!

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