第二十八首 いとし君 したう想いを 笛の音に 乗せて伝えし 月夜さやけし
いやあ、恋する乙女の想いは凄いね。僕も圧倒されちゃう。
さて、事態のネタ晴らしをしてしまえば、音響リンクの最初の相手は水月ほとりだ。
先程、不意に屋上のサキガケ二体に突き刺さった月影の矢による冴え渡る攻撃は、月夜天狗に変身した彼が、影を操る神器の形を弓矢にして遠距離から撃ち放ったものだ。
ちょっと僕の想定していた方法とは齟齬が生じていたが、夏月ちゃんの音響データリンクとコラボした、遠距離からの正確な攻撃だった訳。
僕は、同じ四季の女神の依代であるすみれちゃんと夏月ちゃんをリンクさせて、サキガケの動きを先読みして圧倒しようとした。
だけれど、最初に夏月ちゃんの思慕の情念が向かったのは、ほとり君だった。
夏月ちゃんのほとり君に対する思慕の情念が、最初に向かうのは当然と言えば当然だった。
そのことを、僕は計算に入れていなかった。
それで僕はやれやれだぜと現実を受け止めて、作戦を変更。
ほとり君に月夜天狗に変身してもらい、狙撃によるすみれちゃんの後方支援をしてもらうことにしたのさ。
その決断が、先程の結果に繋がった訳だ。
そう。思惑の成否、物事の次第はどうあれ、今こそサキガケ二体を碧奇魂の人型に封じるチャンスだ。
いまや屋上のサキガケ二体は、飛来した月影の矢に身体を撃ち貫かれて満身創痍。行動不能になっている。
何がどうなっているのか。そんな事の次第が分からないまま、敵と味方は驚愕して動きを止めている。
今の内に不意打ちに不意打ちを重ねてしまえ。
戦いに卑怯も汚いもあるものか。敵の頭数を減らせるうちに減らすんだ。
(やれ。夏月ちゃん!)
あずさゆみ 響かせ祓う 弦打ちの 穢れ退け 荒魂しずめ
夏月ちゃんが和歌を詠み、四季紙二枚を発動させた。
その封紙は、真名御名を梓の弦打ちと申すものだ。封紙二枚は重なって弓へと変化し、その弦を夏月ちゃんが爪弾くと、ブィィィィィィィンンンンンンンと穢れを打ち払う音波が発生し、空間を伝っていく。
無論、抵抗力が激減したサキガケ二体がその霊的音響攻撃に耐えられる訳もない。霊力を限界まで削り取られて、身体を維持する謂れと霊威のフィールドが消失していく。
「アアアアアアアアアアッ!」
「オオオオオオオオオオッ!」
ヒュンッ! ヒュンッ! ポトリ。 ポトリ。
怨嗟の叫びを上げるサキガケの魂が、弓の中へと引っ張られて封じ込められた。残された身体はシュウシュウと白煙となり消え失せていく。そして、梓弓は消え去り、
ふふん。よくやったね夏月ちゃん! 碧奇魂ふたつゲットだぜ!
「good! 勝機は逃さぬ!」
そんな仲間を失う事態に驚愕する残りのサキガケたち。そんな彼女等の耳を打つ声が響く。
敵と味方では、当然、仲間を失った側の方が衝撃が大きい。その差が、すみれちゃん佐保ちゃん側と、サキガケ残り三体側の勝敗を分けた。
「行くです!」
一瞬早く事態に対応したすみれちゃん。佐保ちゃんの春の追い風に乗り、氷結二刀流で鋭く踏み込む。
はっと気付いた最前列のサキガケがカウンターを仕掛けようとしたが、技のセットアップはどうしても一瞬…いや、半瞬遅れる。
また、精神的な立て直しが遅かっただけではなく、佐保ちゃんの追い風に押された分だけ、腕を振る速度が鈍ったことも関係したのだろう。
ズドバァッ! ズバァッ!
敵の右側を駆け抜け様に、霊威フィールドごと胴抜き一閃。同時にもう一刀で、甲殻が一体化した左腕を切り捨てる。
疾き乙女 冷たき刃 振り下ろし 無用な枝葉 切り裂きて征く
哀れ。
最前列のサキガケの上半身と左腕が、地面へと落下して転がる。
これで三体目。
良い流れだ。我々は相手に戦いらしい戦いをさせないで順調に撃破している。すみれちゃんの真似をして言えばgood!な展開であろう。
「So Long! SAKIGAKE! 全弾持って逝きなさい!」
ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ………
疾き乙女 縁もゆかりも 無き筋を 置き去りとして 過ぎ去りて征く
………シュパンッ! シュパンッ! シュパンッ! シュパンッ!
疾き乙女 過ぎ去る処 死を咲かせ 戦場舞うは 紅の華
続いてすみれちゃんは残り二体のサキガケに対し、近距離から椛手裏剣を吹雪に乗せて撃ち放った。
現実の戦いはターン性のバトルじゃない。だから一々、サキガケが攻撃を繰りだすのを待ってやる必要もない。
すみれちゃんは無慈悲に。相手のペースに一切乗らずに。断固とした連続攻撃を実行した。サキガケに反撃の機会は一切、与えはしなかった。
(きゃははは!)
(よしなに!)
僕自身にも、竜田ちゃん宇津保ちゃんのご機嫌な思念も伝わって来る。自分たちの力を使って無双するすみれちゃんと二柱は、楽しく憑依合体をしているようだ…斃される者たちにしてみれば、恐怖以外の何物でもないだろうが。
ビュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!
「…」
「…」
椛手裏剣を含む吹雪が止むと、そこにサキガケの姿は残されていなかった。吹雪手裏剣と吹雪に飲み込まれ、上げるべき怨嗟の叫びもかき消され、残った美女、美少女の姿も、その中で煙の如く消え失せていた。
「封印します!」
そこに空中から、浴衣ドレス姿の夏月ちゃんが封紙三枚を投げ入れ、サキガケの本体たる、水害死者の魂を人型に封印するのであった。
ポトリ。 ポトリ。 ポトリ。
(御見事! 菅家の姫君よ。お味方の大勝利ですぞ! さあ、碧奇しき御魂を!)
僕は夏月ちゃんにそう思念を伝えて後、人型に封じた碧奇魂を回収するように促した。
「了解です! 回収します!」
碧奇魂を回収すべく地上、すなわちビルの敷地へと舞い降りる夏月ちゃん。その視線がすみれちゃんの視線と絡まり合う。
互いを認識した女神の依代二人。共に無言である。しかし、何事か声を掛け合うことはなくとも、互いに近付きあって、パチンッと手と手を叩き合わせて勝利を喜び合った。
ハイタッチってヤツ。
まあ、無邪気な夏月ちゃんと違って、すみれちゃんは初めて出会った女の子の胸の大きさを、チラリとだけ見て確認していたけど…見なかったことにしよう。
そして。
夏月ちゃんは、碧奇魂の回収。
すみれちゃんは、ビル三階の一室に残る土御門の御大に会いに行った。
すみれちゃんとしては、折り媛の御役目を受けるにしろ、受けないにしろ、あの翁に事情を聴いて、今後を決めなければならないのだ。
程なくすみれちゃんは、土御門の御大の身柄と安全を確保するだろう。
他のも、何かと細々としたことは残っているものの、兎にも角にも、このようにして国土管理室、ビル一階の敷地での戦いは決着の運びとあいなった。
お味方側の、堂々とした勝利であった。
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