第二十七首 君と添い とげんと致す 乙女らは 皆うるわしく 雅なるかな

 やっぱり、この年頃の女の子に一番訴えるのは、恋愛感情なんだよね。


 僕は、この計画に未来を賭けることにした。凛とした意思を依代たる夏月ちゃんに向け、訴える。



 (聞け! 夏月! そんなざまであの男が! 水月ほとりが捕まえられると思うな!)


 (このままでは、あの男に呆れられて、何も始まることなく貴様の恋は終わるぞ!)


 ビクンッ!


 僕の思惑通り、水月ほとりの名を聞いた夏月の鼓動がビクンと跳ねて、羞恥心で火照っていた肢体に緊張が走る!


 僕は内心苦笑しつつ、さらに続ける。


 (あの大和男子やまとおのこは己の使命を果たして、怪物を倒して、今またここに向かって来ている! すみれへのメッセンジャーとしての使命も果たしてだ! それに比べて夏月! 君の慌てぶりは何だ!)


 (そんな様では、とてもとても立派なほとりと貴様が連れ合いが取れる訳がない! 貴様はこのままオロオロふらふらと、状況が改善するまで他者にすべてを任せて遊んでいる心算か! 馬鹿め!)


 (夏月よ! 本当にこのままでは、ほとりは他の女へ靡いてしまうぞ! それで良いのか! ここで自分こそがほとりに相応しいと証明してみせて、吾奴の心を掴み取ろうとは思わんのか!)


 そこまで僕に言われて、夏月ちゃんはぷるぷると身体を震わすことすら忘れてしまったかのようだった。

 しかし、憑依合体している僕には解った。

 夏月ちゃんの身体の内側では鼓動は高まり、細胞が生み出す熱量は飛躍的に増していた。



 これは、成功したな。開き直ったようだ。

 

   

 「…筒姫様、私に戦う方法を教えてください」


 そう呟く夏月ちゃんから愛する男性へと寄せる想いと、この身体も共にしたいという決意が、奔流のように僕に伝わってくる。


 そんな大切な相手に侮られて、恋愛対象と見て貰えない。


 それは、年頃の娘子おとめにとって想像するだけで恐ろしいことだ。


 それこそ生き地獄。たとえ恐ろしい化け物と戦う事になっても、そんな事態だけは避けたいだろう。


 このせつないまでの想いこそ、女性の本質だった。


 僕が恋する気持ちを引き合いに出して煽ることで、何はともあれ今は戦うべき時だと、夏月ちゃんは思い出したようだ。


 煽った者として、僕はその想いに応えよう。 


 (勿論だとも。僕から知りたい情報を取り出すイメージをしてごらん。平安以前から続く菅原一門の血が、やり方を覚えているはずさ)


 「イメージ…解る。このせつない想いを笛の音に乗せて、ほとりさんや…みんなに伝えれば良いのね」


 (そう。伝えたい想いの丈と反響定位エコーロケーションを高次元で融合させて、兵器のデータリンクならぬ、音響定位リンクを構築するのさ)


 「音響定位リンク…それが新しい力」


 (そう。相手の動向を観測して伝え、常にみんなが先手を取れるようにする高次元の後方支援。これこそ僕、筒姫と憑依合体した依代の本領さ。さあ、始めよう!)


 「はい! あの人にすみれさんや佐保姫さまを助けて見せて、私が相応しい相手だって、振り向かせてみせます!」


 (その意気だ。僕も君を応援するよ!)


 僕の応援の下、夏月ちゃんはそっと唇を篠笛の唄口へと押し当てて息を吹きいれた。


 恋に真剣に向き合う事で乙女は変わる。今の夏月ちゃんは、僕、筒姫の依代として相応しい力を振るおうとしていた。


 その頃。


 すみれちゃんはビルの屋上での戦闘は不利と見るや、その場に残ることに拘らずに地上へと一旦エスケープしていた。吹雪を五体のサキガケに撃ち出した反動を利用してバックジャンプ。

 然る後、一回転して一階の敷地へと華麗に着地していた。


 五体もの女性型サキガケたちに囲まれて一人で戦うのは、さすがに無理があったのだろう。


 その隙に、敵の女道士二人は、空飛ぶ鏡の怪異によって戦場からの離脱状態に入っていた。

 冷静に考えて、こいつらの追跡は今は無茶だ。詳しい事は、生き残った土御門の翁に聞くとしよう。


 問題は、放たれたサキガケが宿った死体! その変化共だ!


 その残された、亡霊と死体のハイブリッド怪異たる女性型サキガケたちは、三体がすみれちゃんを追い一回敷地へと跳躍。すみれちゃんを追わない二体は屋上に残り、何やら呪詛の準備を開始した。


 「サキガケが打ち込ん来るです。すみれちゃん、気をつけて!」


 「地上戦は任せて! 呪詛返しは任すわ!」 


 その危機に際し、すみれちゃんは椛の手裏剣を鍔とした氷の太刀を二刀流に構え、女性型サキガケたちを佐保姫と共に迎え撃つ態勢を敷いた。


 すみれちゃんは、本当にうまく竜田ちゃんと宇津保ちゃんの力を使い熟す。佐保ちゃんとの連携も堂に入っていた。

 先の戦いで、饕餮とやらとの戦いを御鏡に任せ、体力を温存していたこともあるのだろう。

 その分を今、存分に使用しているのだろう。


 なんで一階の敷地にいない僕が、そんなに詳しくすみれちゃんの状況を把握できているかというと、もちろんエコーロケーションを駆使しているからだ。


 だから、もう一つ慶事と祝うべき事態が密かに進行していることも、把握できていた。


 それは…


 ヒュン! ヒュンッ! ドスッ! ドスッ!


 ⁉ オオオ…オオオオオオオオオオオオオオオオオ………


 遥か遠方から撃ち放たれて来た月影の矢の二本が、ピンポイントに屋上に残っていたサキガケ二体の胴体を撃ち抜いていた。

 完璧な不意打ちとなったようで、二体の呪詛が止んだ。周囲の重苦しい雰囲気が途端に和らぐ。 

 

 「今です!」


 この驚くべき事態に、浮遊の術でビルの外に飛び出して来たのは、僕と憑依合体した夏月ちゃんだ。


 その腕の中には、対サキガケ用の封紙数枚が、封印の切り札として存在していた。


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