間章~夜天に舞う鏡は亡き霊たちの姿を映す~其の二
飛天夜叉の御鏡。
それは、現代の技術で製造された等身大のただの鏡であった…術法による強大無比な特殊能力が付与されていなければ…の話ではあるが。
ただの立ち見鏡の延長線上にあっただけの道具は、暗黒の道士の力により、別の何かになっていた。現在は空を飛ぶ漆黒の翼と半透明の羽衣を持ち、亡き霊たちをその身に留め、命令によって解き放つ忌むべき呪物となっていたのだ。
さらに、使用者たる道士の千里眼の術によって、監視装置の役目も担える便利さも兼ね備えていた。故に先程まで部下の監視役として、遥か上空から地上の一点を映し続けていたのだ。
だが、つい先ほど新たな指令を受け、飛天夜叉の御鏡は次の指令を遂行すべく動き出した。
豪奢な縁取りがなされた黄金の側面部分。そこから伸びる一対の漆黒の翼が羽搏き、半透明の羽衣がゆらゆらと揺れ動いた。そのようにして巨大な鏡は羽搏き、地上に向かい急速下降を開始した。
本物の三種の神器のように
そんな御鏡の第一の目標は、二人の女道士の救出…それは二番目だ…ではなく、女道士二人の護衛役として配されていた巨大キョンシーであった。
なぜなら、まずは敵を阻む防壁を用意しなければ、窮地にある仲間を助けるような真似は不可能だからだ。
そんな合理的な判断でサキガケを放った御鏡は、今度は御鏡の縁を変形させ、ふわふわと宙に浮いていた羽衣を挟み込んだ。
連れていく女道士二人の体重が、羽衣のみに掛かると支えきれない。故に黄金の縁を変形させ、羽衣を支えることを見込んだ処置をとったのである。
こうして、サキガケを壁にした後に、女道士二人を羽衣で包み込み、御鏡は戦場から離脱しようというのである。
今や空を裂いて下降する御鏡の表面は輝き、どこか不安を掻き立てる淡い発光体を複数解き放つ寸前であった。
それは、御鏡内部に宿っていた水害死者の亡霊。その魂の歪んだ成れの果てであった。
澱みで満たされた海底にあるという龍宮。その主たる澱みの龍の端末たるサキガケだった。
ポウッ…ゴッ!!!!!
放たれるサキガケ。その数五つ!
はっと異変に気付き、上空に意識を逸らす四季すみれ。現在は、四季の女神二柱を憑依合体で身体に宿す存在だ。
そんな姿で女道士二人を追い詰めていた四季すみれが、魔の御鏡の素早い行動に気付いた時には、すでに放たれた複数のサキガケが、巨大キョンシーの身体に飛び込まんとしていた。
「
すみれが叫ぶ!
一手。スミレがサキガケを迎撃するには一手遅かった。
すみれがサキガケを寸前で迎撃するのには、初動が間に合わない。吹雪を使うにも、椛手裏剣や氷の長剣を使うにも、一瞬だけ準備が必要だ。
今回は、そんな反撃の
それに今、敵はサキガケだけでも女道士二人だけでもなく、上空にも存在していた。その霊威の強さによって、すみれはどうしても目の前の敵だけに集中はできなかった。
不意である上に、距離を越えて感じる強大な暗黒の道士の力に、すみれは一時的に威圧されてしまったのだ。
それだけ劉黒龍が操る御鏡が優秀だったのだろう。遥か上空での隠れ方といい、素早い下降といい、サキガケを放つタイミングといい、非常にしたたかであった。
ある意味、すみれの初動が遅くなったのは仕方のないことであった。
そうして、すみれを嘲笑うように巨大キョンシーの身体に飛び込んだサキガケというと…。
…バキッ! バキバキバキッ! グシャッ! ガキィッ! ズガァッ…
…四裂五体。
元々、別々の死体の継ぎ接ぎで巨体を造られていた巨大キョンシーの身体が、異音を放って複数に裂けはじめた。
そして、何たることか!
裂けたそれぞれの身体は、次第に美女、美少女といって差し支えのない姿へと変形…水死体のような白い肌と血走った瞳。異様に攻撃的な部位が一体化した四肢。水棲生物のような毒虫のような角や尻尾を覗いて…していった。
美しさとグロテスクさが、歪んだバロック調の芸術品の中に無理矢理詰め込まれているような、流動的な印象の女性たちが誕生した。
彼女たち五体は、すみれの前にゆっくりと立ち上がり、行く手を遮る。
もし、この時点で四季すみれが折り媛の御役目に就任していれば、彼女は、我等の宿敵、真打の登場かと軽口を叩いたことだろう。
しかし、この時、折り媛にはなっていたい四季すみれは、暗黒の道士の力を受け、かつてない程に強化されていたサキガケに対し、一言だけ感想を述べた。
「Bad」
故に、四季すみれはそう一言だけ発現して、サキガケたちとの戦闘に移行した。
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