第二十四首 義を見据え 我成すべきと 腰据える 古よりの 決まり事故

 「好機!」


 今だ! 行ける!


 すみれちゃんが撃ち出した椛手裏剣の直撃を受け、周囲に破片をばら撒いたガラス窓。その隙間から、僕は一人ビル内部へと進入を果たした。

 何、今は妖精の少女たち程度のコンパクトな大きさしかない僕だが、大概の相手には遅れは取らない自信はある。

 もちろん、すみれちゃんと憑依合体していれば、上位の力を行使して無双できるのだが、贅沢を言っている場合じゃあない。

 時間とリソースは限られている。今はこのコンパクトな身体で成すべきことを成す。それだけだ。


 なお、ここより僕はソロでの行動になる。故に、この筒姫がこれからの経緯の語り手となろう。


 さて、割れた窓を抜けると、そこは階段の踊り場だった。一階から二階へと昇る階段の中程だ。

 そこに進入した僕だが、はじめに成すべきことはすでに決まっている。


 それは、音響探査によるビル内部の把握である。


 どことも解らぬ場所で、当てずっぽうに行動して時間を無駄にしては、味方の生き残りがいた場合、それをみすみす見殺しにし兼ねない。


 僕は、手持ちの篠笛の唄口に唇を当てる。人間の可聴域外の音を発生させ、反響定位…すなわちエコーロケーションを試みるのだ。


 夏を司る四季の女神である僕は、夏の夜空を舞う動物たちの能力を使用できるのだ。ちなみに、人の聞こえない犬笛の真似事をした理由は、人型の敵に気付かれないためだ。

 外部にいたキョンシーたちは皆人型だった。ならば人が使うビル内部も、人型を使うのが都合が良いだろう。

 そう。 

 今後の行動は、少しでも邪魔が少ない方が良い。

 そんな簡単な推理の上での使用だった。


 それに、敵には聞こえない音で、内部構造の把握ができるなんて素敵なことじゃないか。

 こちら蛇。侵入に成功したってね♪

 

 スパイ並み感。


 「さて………地下室から屋上まで一階ずつ塔のように死体が配置されてる。これが鬼神塚の正体か…特に地下が酷い。運び込んだ死体に罠が仕込んであったな。死体を調べようとした検視官の死体もある…」


 運び込まれた死体が暴れている隙を見計らい、キョンシーにした生贄たちを次々とビル内部の各部に送り込んだか。鬼神塚の完成だ。


 「…生贄が死体が自分で動いて侵入か…悪趣味な…」


 エコーロケーションを終えた僕は、正直言って気持ちが悪くなっていた。冷静に把握した事実だけを口に出していなければ、吐きそうだった。


 「屋上にはすみれちゃんが行ったようだね…へえ、敵の道士は二人とも女か。やっちゃえ、すみれちゃん。そしてビル内部に生き残りは…三階に二人いるな」


 ビルの屋上には、すみれちゃんの素早い行動に動揺した女道士が方陣の内側にいた。一人が動揺してバランスを崩し、方陣の鬼門の方角に置いてあった祈祷用の台座を倒す。設置されていた鬼門の鏡が落下し、もう一人が慌ててそれを拾い直す。


 一方、ビル三階では南側の一室に生き残った二人が簡易バリケードを設置して篭城していた。数体の人型キョンシーが堤を破ろうと体当たりを繰り返している。

 その一室の扉は、体当たりの衝撃ですでに壊れそうだった。


  「今行く!」


 僕は、最短ルートを選び、三階の生き残りの許に急ぐ。他の敵の注意が外に向いている今、僕の移動を妨げる相手はルート上にいない。


 見えてきた!


 ピイイイイッ!


 飛行能力って素敵。問題の一室の近くまで素早く移動した僕は、篠笛で大音響を発する。今度はきっちり可聴域内で篠笛を吹く。


 ビクッ!


 数体のキョンシーの身体がビクリッと震え、一斉に僕のいる方向へと顔を向けた。生きている人間と同じような反射行動だ。

 生前と聴覚器官が一緒だったため、僕による対人間用の手法で、同じように意識を逸らされてしまったのだ。


 そして、複数のキョンシーたちは、新たに現れた敵である僕に、一斉に襲い掛かってきた。

 だが、その行動は、僕にとって飛んで火にいる夏の虫だ。


 「今だ佐保ちゃん」


 ピュイイイイッ


 僕は、外にいる佐保姫に横笛を吹いて合図を送った。穢れを祓う春の息吹を、僕の周辺に最大出力で送ってくれと頼んだのである。

 命の息吹は、キョンシーたちの死霊の力を吹き飛ばしてしまう効果がある。


 「はいです!」


 風に乗って、佐保ちゃんの返事が聴こえた。


 ヒュオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!

 

 暖かく精気に満ちた春の息吹が、佐保姫の声を乗せて運ばれ、国土管理室ビル三階廊下に吹き荒んだ。


 ビュオオッ!ビリッ! ビリビリビリッ! ヒラ…ヒラヒラヒラ。


 フラフラ…フラフラフラ…ドサッ…ドサドサドサッ!


 春の息吹に晒されたキョンシーたちの死の気配が吹き飛びばされて、続いて額に貼られていた鬼神符が効力を失い、次々と剥ぎ取られて宙を舞った。 

 最後には、順番に廊下に倒れ込み、完全にただの死体へと戻ったのだった。


 「佐保ちゃん、グッジョブ」 


 一迅の風が吹き抜けた後、生きとし生ける者は、僕を覗いて篭城していた二人だけとなった。


 こちらはこれで一安心…けれど!


 「この力! やばいのが来てるな!」


 けれど、僕はキョンシーたちの気を引くために横笛を吹いたことで気付いてしまった。状況把握のために、同時にエコーロケーションを試みていたのだ。

 その能力が、僕に新たな危機を知らせた。


 「なんて強力な…神器か? 謂れは兎も角、力だけは三種の神器並みか…」

 

 顕になった敵側の戦力。それによると、なんと劣勢になった女道士ふたりを助けるため、ビル屋上の上空に、強大な力を誇る何かが現れていた。


 「…まいったな…」


 そう呟いて肩を竦める僕。 


 どうやら敵は、僕が考えていた以上に強力なようだ。


 「…油断するなよ。すみれちゃん。竜田ちゃん、宇津保ちゃん」

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