第十七首 紅き土 砂吹き荒ぶ 大地へと 疾く帰還せよ 悪しき獣よ

 凶悪な悪意を霊威として纏う、自由意志を持って行動する四凶がそこにいた。本来、私が倒すはずであった道士の頭を飲み込んで、身体を口にぶら下げたままで。


 (あ、この展開知ってる)


 悲報:第2ラウンドのお知らせWWWWWWWってやつだ。ソースは長方形で小型の、掌に馴染む形のあれで視聴したアニメ。


 それはそれは嫌な経験だった。


 あれでは画面が小さくてもう駄目だった。二度と見ないと決めたことを思い出す。確かにあれでは病気になりそうである。


 聞くところによると、各国の子供の間では斜視(黒目が中央内側に寄って戻らなくなる)の原因になっているらしい。


 って、話が脱線した。戻す。


 どうやら、私は四季神の遠隔操作を駆使して、召喚者を食い殺した饕餮と戦わねばならない運命のようだ。ただ、私にはまだ余裕があった。


 本物の饕餮と埠頭で相対しているのは、私が操る四季神の梟たちであって、私本体は遠く離れた青葉インターチェンジ付近にあった。


 また、呪術すそ返しでもあるまいし、件の饕餮の使役に失敗した道士のように、術が破られたなら配下が反逆するなんてデメリットはない。


 だから私は、片手間に子供の斜視の原因など連想していられたのだった。


 とは言っても。 


 「こりゃ…骨が折れるわね…」


 (…封印術が必要だな。術者の支配下から離れて実体化した饕餮か…大陸由来の怪物相手なら、陰陽術の五行封印…いや、まずは水行の攻撃…たとえば海水を操って穢れを限界まで削らないと、どんな封印も意味がなさそう…それに…)


 「…駄目だ。手数が足りない…」


 ただでさえ四季神の遠隔操作は精密さが要求される。それに加えて仲間不在では、切り札の用意も不可能だ。

 せめて、饕餮の隙を生み出してくれる、心強い仲間でもいれば話は違うのだが。だとえばヒーロー属性の持ち主とか。

 

 フュオオオオオオオオオオオオオオ…


そこに、大質量の物体が大気を切り裂く飛行音が。


 「間に合ったか! 月夜天狗みかがみ、見参!」


 月の光に照らされて現れる気障なあいつ。空飛ぶスポーツカー、スカイライナーに乗って来やがった。

 もちろん、私がいる青葉インターにではなく、海岸沿いの道路側の埠頭。真に顕現した饕餮の前にである。


 「good!」


 さすがはヒーロー。タイミングよく登場するものだ。

 

 月夜天狗の登場に、四季神の梟たちが翼を拡げて嬉しそうに啼いた。拍手喝采。


 そんな梟たちに見詰められる月夜天狗と饕餮が睨み合い、埠頭で火花が散った。饕餮の意識が、自然と先の戦いで強敵と知った月夜天狗側に集中する。


 この隙を梟たち経由で知った私は、チャンスを逃さない。


 これならば私にも、饕餮封印のための新たな選択肢が、栄光への路筋ロードが見えてくるというものだ。


 「空を舞う三柱の四季神ふくろうよ。姿を変えて、新たな姿を現し給え!」


 酔う時分 酒の供たる 鱏鮫よ その時期までは 海の主たれ


 「永依えいの酔鮫!」


 私は勿体ぶらずに隠し玉の新術を開帳する。某カードゲームの融合召喚ならぬ、合体折紙召喚を。


 スゥゥゥ………パァアアアア!!! 


 私は、一旦は折り、畳み、結んでいた霊力を霧散させ、四季神の梟たちの姿を消し、白紙へと戻した。闇色の空に紙中央の五芒星が煌めく。

 そして、残っていた霊力を使い、三枚の四季紙でそれぞれの部位を折り、合体させることで、現実には実在しない巨大なエイのような、サメのような怪魚の姿を現世に結んだ。


 その真名御名を永依の酔鮫とし、私は新たな術を横浜の埠頭近くの海上で完成させる。


 ッザブンッ! ゴポポポポッ! 


 空中に顕現した、鱏の身体のように扁平な翅と尖った長い尾、鮫のような胴体を持つ怪魚は、そのまま海面へと飛び込む。

 複数のエラから海水を体内に引き込み、後方に噴射することで沖へと高速移動する。


 すべては、饕餮への攻撃準備を整えるためにである。


 その頃。


 道士の頭を固い顎で砕いた真の饕餮は、その口から垂れ下げていた身体を一飲みして、空中の月夜天狗みかがみ、スカイライナーへと跳び上がり、襲い掛かっていた。


 タンッ! グワッ!


 速い!


 だが、それは月夜天狗みかがみも反射速度では負けていない。反射速度に見合った身体能力を発揮して、饕餮の素早い攻撃に対応した。 


 シュウウウ…カッ! ブワワッ! 


 ブンッ! ガシィッ!


 月夜天狗の胸元の神器の一つである勾玉が光輝くと、天狗の身体の筋肉が霊威と共に一回り大きくなった。


 なんたら戦闘民族のスーパーモード2みたいである。


 神器によって強化された身体で、圧縮された悪意ある霊力、霊威の塊である真饕餮の肉体を受け止める。

 ほとり君は、そのようにして真饕餮の初撃を受け止め様に巧みにいなし、衝撃を逃した。 


 この時点では、ヒーローと四凶の力は五分と五分! 互角だった!


 「うおおおおおっ!」


 ブンッ!


 真饕餮の巨体の前脚を掴み、力任せにぶん投げる月夜天狗。


 しかし、何たることか!


 大人しく投げられたと思った真饕餮の各部位が、不気味に蠢き、変化している!


 頭の角は水牛のように長大になり、背中には翼。尻尾は蛇のように伸び、蠢き始めていた。


 (あっ。これ某有名バトルアクション漫画のラスト付近で見たことがある。無駄な要素を切り捨てて、新たな姿になるヤツだ。)


 それが、真饕餮の変化を目撃した私の感想だった。


 私たちにしてみれば、勘弁してもらいたいところであったが、さすが四凶の饕餮である。


 依代を捨てて霊力のみの身体を造り出し、そして召喚者を殺害して喰らったことにより、真饕餮は、相手によって姿を変化させることを会得したのだろう。


 真饕餮は、日本の一般人を守護する側の私たちにとって、なおのこと放置できない強敵になっていた。

 それこそ、日本中の財貨を喰らい尽くすような、厄介な怪物に。


 「くそっ! この国はお前のための大地じゃない! 乾いた大陸の奥地に帰りやがれ!」


 真饕餮と初太刀を合わせた月夜天狗みかがみは、邪悪な意志に触れてしまい、怒りを覚えた。

 それは、日本にある財を喰らい尽くそうとする気持ち悪いものであった。

 そのストレスを祓うように天狗は真饕餮に向って叫ぶ。


 「大人しく帰る気がないなら、ぶっ潰して無理矢理消し去ってやるぜ!」

 

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