間章~みなそこの澱みの龍~其の四

 暗黒の道士たる劉黒龍。いまや我が世の春と、新たな目的地である関門海峡のある古戦場跡、壇ノ浦へと向かって行く。


 一方、神代から存在する澱みの龍は、覇業へと突き進む劉黒龍に大人しく付き従い、海中を移動していた。


 数千年前の神代の頃。


 淀みの龍は、まだ沖に集まった水害死者の雑多な魂でしかなかった。その魂が寄り集まり、こよりを捩じるように一体化し、太い縄のようになり、ついには長大な蛇の如き海の龍になるのには、それから数百年の時を経ることが必要と………


 ピシッ! パキッ! パキンッ!


 「むっ!」


 哄笑を止めて、振り向く暗黒の道士。 


 見れば、仙閣の内部に調度品のように置かれた五体の鬼神像…その中の一体が突如として真っ二つに割れたていた。

 時刻は、まだ日が変わる前。

 覇気を発しつつ豪快に笑う楼閣の主の行為に、水を差すかの如くであった。


 ゴンッ! ガランッ!

  

 暗黒の道士が見つめる前で、鬼神像は中央の頭の先端から真下に伸びたひびの衝撃により、二つに割れて、重力に引かれて左右に倒れていった。

 その残骸が、耳障りな怪音を響かせる…


 「…五星道士の一角を倒せる術師が、日本列島にまだ存在していたか………面白い!」


 配下の生存と直結している像の崩壊で、事態をあらましを理解した暗黒の道士は一旦マユを顰めたが、すぐに口元に笑みを浮かべた。


 陸を離れて海の龍の如く、強大な力を蓄えた自分と、いまだに陸の上で足掻いている小童では、格が違い過ぎる。


 取るに足らん。 


 「しかし、陸の上で我が配下…囮としての使った連中と戯れている程度では、この今生の魔王たる劉黒龍には届かんぞ! 痴れ者奴がっ!」


 劉黒龍はそう言葉を吐き捨てると、今は小童の心配などしている時ではないと、仙閣の移動速度を上げる。


 目指すは、草薙の剣がある壇ノ浦、水底の平安京。


 五星道士の一角を倒せし術師たちがどれ程の力を持っていようと、自分が何者にも敗北しない存在へと昇華していまえば何の問題もない。


 今の優先順位は、あくまで草薙の剣を手に入れ、澱みの龍を龍王へと成さしめること。


 それが実現すれば、海流と群雲を操り颶風神(台風)すら自由に操ることが可能だ。海底地震を誘発させることによって、津波も自在に引き起こせることだろう。


 それが実現してしまえば、日本列島も含め、世界に生きる何者も、劉黒龍に対抗できることは不可能となる。


 劉黒龍は、その領域まで、ずでにもう一歩のところまで差し迫っているのであった。


 「遅い! 遅い! 遅すぎるぞ、日本人共め!」

 

  再び哄笑し、暗黒の潜水船団を率いて海原を渡っていく、今生の魔王である劉黒龍であった。

 そんな魔王を乗せて海原を進む仙閣。

 その後を追うように海底を蠢く、長大な龍の姿が一瞬だけ水底に透けて見えた。

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