間章~みなそこの澱みの龍~其の二

 襲撃が思い通りの結果となり、一人、虚空を見詰めてほくそ笑む黒衣の道士。


 その瞬間の事であった。


 「むっ!」


 (この霊力は…)


 澱みの龍に新たな贄を与えて、一仕事を終えた黒衣の道士であったが、北斗の方角と東国から八島を越えて近付いて来る霊威を感じ取り、一瞬、緊張する。

 しかし、ある事実に気付き、哄笑を発した。


 (…霊獣共の力…明らかに以前より劣っている…?) 


 「くくくくっ…遅い…遅いなぁ…霊獣共が!」


 (それでは西洋諸国の侵略に対抗できなかった清国の軍隊と同じ…役立たずでしかあるまいがっ!)

 

「北斗の駄鳥と猫神ごときがっ! 澱みの龍よ!」 


 ザッ! バアアァァァァンンン!!!


 黒衣の道士の指示に従った龍が海面から巨大な頭部を伸ばして晒した。その顎の鋭い歯の間には、引き千切られた犠牲者の肉片が付着している。

 紅の光を宿す複眼が、迫る霊獣たちを睨み付ける。

 

 次の瞬間、淀みの龍の張る霊力のフィールドに、霊威のフィールドを纏う霊獣たちが突撃してきた。


 双方の力が激しくぶつかり合い、それぞれの霊光が相手を飲み込もうと光り輝く。


 果たして―――


 ―――禍々しく酷薄な輝きが、穏やかで優しく輝きを圧倒していく―――


 澱みの龍のフィールドに弾き飛ばされ、日本を守護する霊獣たちは次々と彼方へと消えていった。


 弱体化している今、北斗の白鳥も、猫島の猫の大明神も力が足りぬ!

 

 その予想した通りの、勝利の光景を目の当たりにした黒衣の道士。口元がつり上がり、その口から哄笑と共に冷徹な分析が始まる。


 「反撃の初動…そのセットアップが遅い! 日ノ本の霊的防衛の弱体化! ここに極まれり! もはや我の覇道を阻む者は僅か! いや、絶無!」


 そう言い切り、黒衣の道士…タオシー・オブ・スターレス(暗黒道士)劉黒龍は、己の計画の一部が部下によって順調に進んでいたと悦に入った。


 それは、黒幕である自分たちは表に出ず、我等の属国である。そう指定した国々のテロリストまがいの馬鹿者共に、日本の霊的防衛網を弱体化させるというものであった。


 日本守護の霊獣たちからの勝利…馬鹿者共を部下に唆させた甲斐はあったというものだ。


 悪戯に日本を恨む馬鹿者共は、少々の金額をチラつかせ、愛国心や所属する宗教への忠誠心を刺激してやれば、早々と日本各地の霊場の神社仏閣、霊場に踏み入り、破壊の限りを尽くした。


 昔ながらの中華を名乗る者達の策略であった。


 様々な、唾棄すべきニュースが、新聞、テレビ、ネットに踊った。


 しかし、これが日本の霊的防衛を打ち崩す行為だとは、少数の者しか気付かず、また、言われても本気にしなかった。


 鈍い日本人は、何かおかしいとは思わず、代わりに隣国や、排他的な他宗教の一派にのみ蔑みの気持ちを向けた。

 歴史的な、あるいは宗教的な建造物、各地の草深い社、聖域を犯されても、日本人はその背後にいる者達を見ず、そちらの国々や宗教にのみ注意を払った。


 霊的な防衛網が急速に破壊されているにも関わらず、目を覚ますことができなかったのだ。


 日本人は…日本の呪術師たちもまた、中華の人々…道士との情報戦に負けていた。


 (くくく…これならば…今ならば、あの水面の底の平安京に分け入り、平家の怨霊共から草薙を奪い取り、淀みの龍に与えることができる………その時こそ! 八岐大蛇の霊威を得て、淀みの龍は新たな龍王となるのだ! その強大な力を使役する! 俺こそっ!)


 そんな事態の認識の下、劉黒龍の傲慢な意識は、さらに傲岸不遜となっていった。 


 「今生の魔王! 闇の中華皇帝に…俺はっ! なる!」


 ドンッ!!!!! 


 その身体に満ちた気合を言葉と共に吐き出す黒龍。放たれた波動が周辺の大気を打つ。


「時は満ちた! いざ征かん関門海峡! 今こそ平家の怨霊共より、草薙の剣を奪い取り、我が手にする時なり!!!」


 暗黒道士たる劉黒龍は、仙閣の船首を壇ノ浦のある方向に向ける。その後に、水中のゾンビ潜水船隊と、戦いに勝利した澱みの龍が続いた。

 

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