本篇 第一局 旧東海道沿い~横浜の激戦~饕餮顕現

第八首 古来より 続く御役目 引き継げと 酒の席にて 語るともがら

 横浜市という都市がある。


 その由来は………知りとうないし、どうでもよい。


 この私、四季しきのすみれには目的がある。


 ドドドドドドドド…バァアアアア~~~ン!


 それは、年若き青年から老成した翁までが、人生の供として求めるもので、横浜市の由来など、あまり関係ない代物である…たぶん。


 そのものとは、ズバリ…酒である。


 ドンッ!


 それも…無料ただ酒だぁ~! ヒャッホーイッ!!!


 私は今日、数少ない男性の友人がおいくら万円の清酒を奢ってくれると言うので、公共交通機関を乗り継ぎ、関西方面からここまではるばるやって来ていた。


 だからこそ、こうして某有名異能漫画の雰囲気など出して、子供のようにはしゃいでいられるのだ。


 いや~、関西からだから正直、疲れた。


 しかし、無料ただ酒を前にして、引くすみれさんではないのだ!


 携帯していた小型で長方形のアレで連絡を取った結果、すでに先方はそのお高いお店で待っているとのことだ。


 なんでも、それは私にとってあまりよろしくない職業への勧誘とのセットらしいが、無料な酒の魅力は、そのデメリットを上回った。


 お高い、おいくら万円の無料の酒を飲めるなら、そのくらいのデメリットは笑って腹の内に飲み込むこもう。そんな現実的な選択をした私であった。


 「あそこか…さて」


 目的地の前に着いた私は、一旦手前で間をおいてから、その暖簾を潜るのだった。



 清きもの 濁りしものも 同様に 愛してやまぬ 酔いの素なり



 そんな一首を心の中で諳んじながら。



 ◇ ◇ ◇


 「折り媛? 私が?」


 私が遠方から訪れた友にそう告げられたのは、まだ旧暦で卯月しがつ、新暦では早月ごがつの頃。

 横浜の小洒落た居酒屋で、さかずきを傾けながらのことだ。


 我が国お馴染みの串焼き諸々に、異国情緒あふれる独自のオリジナルソースを添えて提供し、お酒と共に楽しませる。


 そんな趣向を売りにする、いわゆる今風のお店である。居酒屋と一言に言ってしまうには、かなり内装がモダン且つクールだった。


 「…ふう。それで、どのくらい包まれて私を勧誘に来たのよ。それくらい教えなさいよ」


 そんなお店で待ち合わせし、男性の友人と久方振りに差しで飲むことを楽しんでいた私は、杯に注いでもらっていた清酒を一気に飲み干し、その勢いも借りて友人に事と次第を吐けと迫る。


 土御門の連中から、どれ程の金銭をもぎ取ってこの仲立ちを引き受けたのかを。


 「…ははは。これだけです」


 自分の杯を傾け日本酒を飲み干した後、空いている右腕でVサインを出す二十代前半の青年。


 本名、永月ながつきのほとり。


 天狗あまつきつねの一族と称される、月夜見流大槻家の末孫たる優男、今の世に珍しい陰陽博士を生業とする男性であった。


 「…二本…二百万?」


 「いえ、ゼロの桁数がもう一つ多いです。すみれさんの説得が成功すれば、後でもう一本です」


 「おお…そりゃ魂消たなあ…私を説得するだけで成功報酬三千万か…もっとお高いお酒を注文しなくちゃ。良いわよね?」


 「ええ。構いませんが…提案は受け入れて貰えるのですかね?」


 「んー? 中身を聞いてからね。なんで平安の頃になんて姓を押し付けてきた連中が、今さら私に折り媛なんぞやってくれと? 今は21世紀よ。最低限、それを聞かなきゃ答えられないわ…女将さーん、お酒追加ね!」


 「はい。ただいまー」

 

 桜をあしらった着物姿の女将から追加オーダーの清酒を受け取り、豪快に呷る私。お酒が入って少し朱の刺した貌を永月に向け、先方の事情と雇用条件を聴くべく詰め寄る。


 とはいえ、先ずは酒と肴を楽しもう。硬い話は後で良い。


 私は言いたい言葉を酒に溶かして、豪快に胃の腑へと流し込む。


 「だが質問には急がずゆっくり、正確に応えるように♪ 本当にゆっくりでよいから♪」


 そう言う私は、それは本心だと態度で示すために今度は串焼きに手を伸ばした。


 そして先人の酒飲みが残した言葉を呟く。

  

 「遠方より友来たる また楽しからずや」 


 遠方から来た友の飲み明かす夜は、まだまだこれからなのだ。急ぐ必要もあるまい。それがこの時点での私の本心だった。


 「賢しみと 物言ふよりは 酒飲みて 酔ひ泣きするし 優りたるらし」


 「もだ居りて 賢しらするは 酒飲みて 酔い泣きするに なほしかずけり」


 私が続けて口ずさむ古の酒の和歌に、同じカテゴリーの和歌で返す水月。 


 共に讃酒歌など戯れに口ずさみつつ、私たちはその日、久方振りの短い酒宴に興じたのだった。 

 

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