第七首 あら楽し 若草萌えて 春うらら 我が行く路を 飾り彩る

 届いた黄花紫蘭の種を、私は油紙に包み紫蘭の脇に埋めてあげた。


 すると、紫蘭の精はたいそう歓び、何度も何度も頭を下げた。


 この幸運を大事にします。

 かならず適切な時期に根を使って種を取り出し、小鳥たちに頼んで山の一帯に撒いてもらいます。

 本当にありがとうございました。


 そう私たちに告げ、再び頭を下げる。


 それを聞いて私と紫羅藍は、にっこりと微笑み、笑い合った。

 

 しばらくして私は、紫蘭の精に別れを告げて術を解いた。紫蘭の精は姿が消えるその時まで、とても嬉しそうに笑顔でいた。


 こうして、私たちと紫蘭の精の邂逅は、双方、笑顔のままで終わりを迎えた。


 事が終わりしばらくすると、私はやわらかな日差しの下、んん~んと唸り声を上げて身体を伸ばした。

 成すべきことは成し遂げたという満足感と、程よい疲労感が私にそうさせたのだ。


 「さて、帰りましょう。お腹が空いたわ」


 私はそう傍らに控えていた紫羅藍に告げると、気分よく帰路についた。何とはなしに紫羅藍の手を取り、共に歩み出す。


 つないだ手の温もりが心地良い。


 今は気分が良いからか、野辺に咲く花々も一段と美しく感じて、より一層幸せだなあと思える。

 

 「首尾よく小鳥が種を運べば、来年はこの辺りにも紫蘭の花や黄花紫蘭が咲くかもね」


 「え? そっ、そうね」


 私が紫蘭の花が自生し易い日向を見付け、並んで歩く紫羅藍にそう話しかけると、そんな、ちょっと恥ずかし気な返事が聴こえてきた。

 どうも彼女は、私と恋人つなぎに手を握り合って歩いているのが恥ずかしいらしい。

 誰かに見られたら恥ずかしいと、頻りに人里の方向を気にしている。


 ふふっ、扶桑の大樹の精(?)も心は乙女か。


 にやり。


 ちょっと黒い笑みを浮かべる私。 


 「来年も、一緒に見に来ましょう。ね?」


 「えっ、ええっ」

 

 「約束だよ」


 私は、紫羅藍が恥ずかしがっていることに気付かない振りをして、約束だよと朗らかに微笑んだ。


 なぜなら、私ことすみれさんは、そんな紫羅藍の恥じらいなんて知ったことではないのだから。

 だってこの幸福感を、紫羅藍と一緒の時間を、大事に大事にして分かち合いたい気分なのだもの。


 ふふふのふ。


 だから私は、紫羅藍が貌を赤らめ、頻りに人里の方向を気にしていても、見て見ぬ振りをし続けるのだ。

 

 私は、ちょっとだけ強くその手を握って、離さない。


 だって、たとえ誰かに見られたとしても、この娘は私の嫁だって見せ付けてあげれば良いだけ!


 それだけの事だもの!

 

 だから今日は、家に帰るまでは御役目はお休みなのだ。


 折り媛としての四季紙作りも、碧奇魂の奉納も、次の御水魂返しの準備も、陰陽博士としての退治も、今日ばかりは後回しにしてしまうのですから。

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