第六首 わだつみを 渡りて添わん 黄花紫蘭 白きつばさに 種を運ばせ

 大海わだつみを 渡りて添わん 黄花紫蘭 白き翼に 種を運ばせ


 その様に即興で一首詠んだ私は、新たに封紙を取り出し、再び素早く、折り、畳み、結んだ。


 その折り上げたる四季紙の真名御名しんみょうおんなを、誘飛鳥いざなあすかと申す。

 今回は役目柄、コウノトリ型が相応しいだろうと、その姿通りに折り畳んだ。


 「誘飛鳥よ! 海原を越え、黄花紫蘭の種を我が元へ! 雷の鬼、零鬼が天帝の勅命を果たすが如く、速やかに我が命令を実行せしめよ!」


 急々如律令を日本語に直した呪文を唱え、私は、折り上げた四季紙に通力し、南方の空に向かい、パッと誘飛鳥を投げ上げる。


 次の瞬間、光が奔った。


 その輝きの内部で、コウノトリの姿を結んだ四季紙は、ばさりと大きな翼を拡げたと思うと、あり得ない速度で高空へと舞上がり、虚空に消えた。


 キラン! 


 それを見送った私の背後では、紫羅藍がやれやれといった―――また物好きなことをして。困った折り媛さまだこと―――表情で肩を竦めていた。


 一方、紫蘭の精といえば、憧憬と期待の籠った表情で南の空を見続けている。


 よし。予想通りの紫羅藍の態度は無視することにしよう。


 私は、それよりも紫蘭の精の様子の確認をしなくちゃと、足元の紫蘭の精を見下ろし、その表情を確認することにのみ集中した。


 紫蘭の精は、始めは期待の籠った表情をして天空を見詰めていたが、次第に表情に不安が見え隠れするようになっていた。


 本当に黄花紫蘭の種はやってくるのか?

 本当にやって来たとしても、黄花紫蘭は無事に種から育ってくれるのだろうか?

 うまく育ち、来年花を咲かせた黄花紫蘭は、私を好きになってくれるのだろうか?


 いやいや、来年の心配をしても鬼が笑うだけだ。

 今は静かに事の推移を見守ろう。


 私は、小さな花の精がそんなことを考えて、表情をくるくると変化させる様子を確認し、悦に入った。


 私が紫蘭の精への返礼を兼ね術を行使したのは、こんな表情の変化を見て楽しむためでもあった。

 少々悪趣味だが、少なからぬ霊力、体力を消費する神通力を行使したのだ。

 この程度は許される範囲。

 許される愉悦であろう。


 愉悦部って言うな! 


 なに? その程度では愉悦部は不合格だって?


 放置した悪の行く末とか考えろ?


 それでも…それでも、見てみたい嫁の困り貌があるんだぁー!


 ひとりツッコミ漫才はこれくらいにして、私は紫蘭の精の笑顔や不安の表情を楽しみつつ、放った四季神の帰りを待った。

 


 そして、私が誘飛鳥を投げ上げた右腕をそのままにして待つこと一分もした頃だろうか。


 空の上から、私の突き出した掌の上にポトリと、飴弾を入れた包み紙のような両端が捩じられたものが落ちてきた。


 触り心地によると、何やら内部には種子らしきものが感じられた。

 

 私はにやりと微笑みを浮かべ、早速、こよりを解くように包みを開いていく。


 もちろん、その内部には、複数の黄花紫蘭の種子が納められていた。 

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