第五首 恋しきは 海原越えた 南西の 異国に咲きし 黄色の花
私の前に姿を現した紫蘭の精は、にっこりと笑い掛け、差し出した私の両の掌の上に乗った。
そうして、自分の本体がなぜ、この場で独りもの悲しく咲いているかを語り出した。
旧き神の末孫の方、聞いてください。
私が恋しく想うのは、
ずっとずっと昔、私がまだ生まれる以前、咲き誇る先祖の姿を褒め称えた人間の童女が、楽しい時間を過ごさせてくれたお礼にと、語っていったのです。
遥か南方の異国に、私の同胞がいるのだと。
そして、紫蘭と黄花紫蘭は、出会えば問題なく子を成すことができるとも。
その記憶を受け継いだ私は、種子の時分に小鳥たちに、少しでもよいので異国の近くへと運んでくれと頼み込みました。
そうして、この地まで運んで貰って、根を下ろしたのです。
私は、四季の巡りの果てに再び種を飛ばし、海原を渡らせ、何時の日にか我が子を黄花紫蘭と娶わせたいのです。
「それで、あなたは群生地から離れ、ここで孤独に咲いていたのね」
私は、そんな紫蘭の精の告白を聴き終え、健気な想いをスッと胸に納めべく、言の葉として結び、呟いた。
それを聴き、こっくりと肯く紫蘭の精。
なんと感心な。
そんな小さき身体しか持たぬ身で、大きな夢を果たそうとは。
私、そういうのって嫌いじゃない。むしろフェイバリット!
先程、紫羅藍に言われた―――孤高に咲く花に余計なお節介を焼くな―――という忠告も、俄然、説得力が増してきた。
忠告してくれた相手に反発して、紫蘭の精の迷惑も考えずにを呼び出しちゃうなんて、私はなんとさもしい心の持ち主なのか。
これは反省せなばなるまい………反省。
お猿さんを思い出して、その真似のように肩を落とす私。
そんな私と紫蘭の精に、我が意を近付く紫羅蘭。
「ね? 私が言った通りでしょう」
「ええ。今回ばかりはこの
私の側にさらにゆっくりと近付き、紫蘭の精を覗き込むように眺める紫羅藍の言葉に、私は自分の身勝手な思い込みを認めた。
紫蘭は望んで旅に出たのだ。せっかく旅立った群に連れ戻すがごとくに植え替えようなど、私の要らぬお節介であった。
「あら、素直」
「すみれさんは基本的に素直よ。まるで私が聞き分けが良くないような、誤解が生じる言動はやめてよ、紫羅藍」
「ふ~ん」
くすくす悪戯っぽく笑う妖は、童女を見るような視線を私に送って寄越す。子供の時分に失敗をして、当時近所のお姉さんに同じように笑われた記憶を思い出し、私は少し動揺した。
とはいえ、今は紫羅藍に文句を言っている場合ではない。
「…苛めないでよ」
紫蘭の花の前に腰を下ろしている私は、上目使いにそう隣に立つあやかしに言い返す―――道士服の上からでも解る、形の良い膨らみにドキリとしつつ―――と、改めて紫蘭の精に向き直り、質問に答えてくれたお礼を言い、謝罪をする。
「私の呼び掛けに応えてくれてありがとう。無配慮にあなたの姿を結んでしまってごめんなさいね。悪気はなかったの」
そう謝罪すると、紫蘭の精はゆっくりと首を横に振った。
それどころか、私のような山の斜面に咲く花の想いを聴いて下さったのは、あなたが初めてですと一礼し、逆に謝意を示してきた。
こう丁重に謝意を示されては、私も誠意を込めた所作と、お返しの品を取り寄せることで、謝意を示さねばなるまい。
私は、紫蘭の精を結んだ人型を地面に置くと立ち上がり、一歩、二歩、三歩と後に下がると、背筋を伸ばしてから、地上の紫蘭に向かい一礼した。
「別れる前に、御礼をさせてね。あなたの大願が叶うことを祈って一首詠み上げるわ」
そして、精霊との結びを解く、霧散無償の型を逆結びとして施す前に、紫蘭の幸福を願う和歌を一首詠み、ある品を取り寄せる咒を行使する事とした。
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