「邪眼の娘と狼男」いよいよです

 それにしても、相変わらずリリアの店は、きのこみたいなオレンジ色の屋根。



 外まで張り込んで二階への階段を覆っている、おかしな格好だ。


『リリアのお店』悪いが笑ってしまう。いつも。


 正式名称は『エステティック・リラクゼーションハウス』と言うのだが、外観はと言うと、よく言って親しみやすく、気取ってない。だが滑稽すぎてワンダーランド。


 夢のよう。


「お母さん!」


 少女が戸を開くより早く中から人が……厳しい面持ちのリリアが飛び出してきた。


「アレキサンドラ! そのまま、結界に入って来てはダメ!」



「え?」


 結界ってなに? と、尋ねるいとまもあらばこそ。


 彼女の踏み込んだ先に、幅一メートル程の白い帯状の波紋が浮き上がった。



「これは……」

 

 彼女は言いながら、抗いがたい何かに身体を引っ張られるのを感じた。


 じり、と少しずつ波紋を侵し、乱してゆく。そうたいして強い呪いではないが、いかに小結界でも破られれば施した術者へも相応の反動が出る。


 結界はやや過剰に反応している。

 アレキサンドラ、リッキー……彼女の何かに。



「だめ、だめよ! 止まってちょうだい!」


 結界の中からリリアが飛び出してきた。


 待っていましたとリッキーから、青い光線が放たれる。

 

 悲鳴がリリアの口から発せられた。



 壁に透明な波紋が広がり、その中にリリアは叩き伏せられたのだ。



……信じられないものを見た。


 その青い光線は少女の眉間の少し上の額から出現していた。


 そして、それによってリリアを捕らえ、射すくめていた。



「アレキ、サンドラ!」



 彼女の眼は異様に輝き、リリアを見つめた。


 視線を合わせただけで相手を不幸に陥れ、殺しかねない『邪眼』で。


 リリアは宙にはり付けにされた。その衝撃でアレキサンドラはなんとか目が覚めた。



「お母さん!」



 彼女は駆けつける。


 でも、リリアは少しも苦しそうにはしていなくて、覚悟はできていた、という表情で、意識を失う寸前、彼女にかけられた呪い、『邪眼』を封印にかかった。



「なあに、何をするの、お母さん」



「アレキサンドラ、愛していますよ。これまでも、これからも」



 そういうと、彼女は二本の指をアレキサンドラの震えるまぶたにあて、封印術をこらした。



「アレキサンドラ、私もおまえと同じように、不完全で未熟なのです。でも、人はそのときもてる力で、精一杯のことをするしかないの」


 と言って、今度こそ力を失って、リリアの身体は弛緩した。


 以来、リリアの店に、しばらく明かりが灯ることはなかった。








「うああアー!」



「リッキー、リッキー!」



 自分の名を呼ぶ優しい声に、リッキーは目覚めた。ここは友人宅だ。


 あまり迷惑もかけられないというのにもう、何度目か。



「ごめん……ボク、また……」



「ううん、しかたないよ。あのリッキーのお母様があんな風になっちゃったんだもの」



 自宅の二階には母がこんこんと眠り続けている。


 母の身の回りのことはいつもサロンで竪琴をつま弾き、雇われ音楽家の学生が定期的に診てくれている。


 断ったが再三申し出られ、ありがたく受けることにした。それに原因が自分だと思うと母に触れることすら許されない気がした。



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