「泉ののろい」その5
で、話は戻ってしまうが大蛇のままのマグヌス宰相殿は、まばゆい物でも見たかのように首を曲げて目をそらした。
そして言うには、
「私は竜と蛇の子として産まれ、変身能力をもっていますが、あなたにぶざまと言われたくはない。しばらくこのままの姿でゆるされよ」
それにしてもさすが竜につらなる大蛇。尾はちゃんと再生していた。
「ゆるすもなにも、この国には王以外、あなたの行動を制することのできる人間などおりません」
「ふう、リリアの娘よ。その王すら叱咤するその気性、まことに母親似と見受けた。ほあっははは」
大笑して、急に声を落とす王だった。
「リリアか。見たところは変わってなかったが、得意の術で若返って見えるようにしてるのか? 懐かしいな。昔は仲間として共に戦いを繰り広げたものだが。何度も死線をくぐり抜けて。今は何もかもが懐かしい」
なぜだ、宰相、といつもの調子で尋ねると、
「ずっと、いや、この一夏、涼しく泉の底で眠っていたからでありましょう」
「私を目覚めさせたのが王子サフィールでなかった理由はなんなのだ」
「さあ、田舎娘でもたぶらかしておられたのでしょうかねえ。なにしろ花乙女と結託なさる首尾の良さ。たぐいまれなる情報通ですな」
「そこ! 聞こえたぞ。父上まで! だれが必死で方々行方を捜し回っていたと思っているのですか」
「聞こえんな。いまひとつ」
「聞こえませなんだ。古老めにはとんと」
「急に耳が遠くならんでください!」
王子は彼にしては大きな声で、苛立たしそうに糾弾した。
「さあ、帰ってリリアの店でお茶でも飲みましょう。強制連行でもそのくらいは許されるのでしょう?」
王の後をするすると蛇行するマグヌスは、泉から遠ざかるほど人の姿をとりもどしていった。サフィール王子は暗い目をして後に続いた。手には薬瓶を持って。
「老人達はいつもこうなんだから」
と、いう台詞を飲み込みながら。ついでに先ほどの泣き顔も二人が忘れてくれる、わけはないな、と胸の内でつぶやいていた。
そんなことはどうでもよかった事なのだが。
アレキサンドラが瞳を輝かせて言った。
「竜か。そうか。ではマグヌス殿は空を飛べるのでしょうか? 昇竜のごとく!」
「……王子、あのように申す乙女は珍しいことです。逃すものではございませんぞ」
ひそ、とマグヌスはサフィール王子に耳打ちした。どうしたらいいかわからなくなってしまった王子は間抜けにもアレキサンドラ自身に尋ねる。
「な、なあ。城にいる宰相が偽なのはわかったが、どんなヤツなのだろう。マグヌスよりも恐ろしい正体を隠しているのだろうか」
「なんのために泉の水をくんでいらしたのです王子」
「なんだかこれを使うのが怖くなってきたんだ」
「では、それはわたくしが……」
「いやこの私が」
「何をしていらっしゃるのですかー。陽が暮れてしまいますぞー」
と、王を背に乗せたマグヌスがこちらに向かって尾をうねらせている。
「まあ、行ってからのお楽しみ、です、王子」
そのとき微かにだが、彼女が笑んだ。王子がまごついていると、マグヌスの大声で鳥たちがはばたくのが見えた。
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