「花乙女」終わり

 アレキサンドラ、彼女リッキーは思った。


 たかが、十六歳になるだけで、こんなに手間暇をかけて着飾らなくてはいけないとは!


 軽量化されたパニエの上に重ねられたスカート。


 祭りでさえなければ誰も着まい。


 マリアに編んでもらっている髪の毛が、ぐいぐい引っ張られて頭痛がする。


 リリーの持ってきてくれた花はその上からかぶせられる花冠となるのだろう。


(ええい! 規則、規則と腹立たしい!!)


 それに、自分より数ヶ月後に生まれたというだけで、羨んでいる子女はなんてラッキーなのだろう。


 母の店は『美容とリラックス』を看板にしているので、そりゃあ、体面もある。


 今後リッキーの薦めるハーヴは売れに売れ、紅は、香水はと友人が尋ねてくるだろう。


 とりあえず、母には貸しがひとつ出来たが、母は知らん顔だった。


 まるで「当然」と言った雰囲気に、リッキーはははあ、と見当をつけた、後になって。


 リッキーが十二歳から、マナーレッスンという名のしごきにあっていたのは、これが目的だったか、と。


 が、のちにどうなるかはさておき、その日。


「花乙女」となったリッキーは、最大級の笑顔でその瞬間を迎えた。





 くるり、くるり、ふわり ふわり


 くるり、ふわり ふわり ふわり





 確かにリッキーは「華」となって、王とその縁者の前で円舞を披露し、天の神に奉じていた。


 花冠を頭上にいただいて、この日のために入念に整備された、うつくしい広場で踊る乙女らの名誉はとどまるところを知らない。


(やあ、隣国の大司教まで来てるや)


 たっぷりと布地を使い、ドレープのきいた幾重ものフレアスカートが、花びらのように大胆に広がる。


 脚を見せないのが嗜みだが、広場にはときに、優しい風も吹く。


 華やかな乙女らの、白く細い足首でも見えはしないかと、男性らがこぞって値踏みする。


     ×   ×   ×


 リッキーは、王であるその人の祝福を受け、初めて人のぬくもりに涙した。


(人のぬくもりが、こんなに暖かかったなんて……)


 彼女は涙ぐんで、目を何度も瞬いた。


 それを不思議そうに、横で見ている王子がいた。


 青いマントを着けている。


 そんな、春の祭りは、本当に短いものだった。

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