第143話 今日も明日もボールに大地は回って歌って ①

 彼女たちは決起した。

 おっさんI次の監督はS級ライセンスを保持していた。これでヴァッフェはとやかく言われることはない。が、はた迷惑なことに彼女たちは新しい監督を拒否。自分たちが剣に監督を続けさせるために戦ったことを切々とおっさんBに訴えた。

 一悶着あったのち、俺はその後の2試合を指揮し、引きこもり生活に戻った。

 ヴァッフェのユニフォームの背中、そで、スカートに新しいスポンサーの名前が入った。



 あまりの長さに俺の体にコケし始めている。

 喫茶店のねえちゃんもまだ帰らないのかとこちらをにらんでいる。しかし小砂羽は淡々とインタビューを続けた。

「最後にお聞かせください。どうしてサッカーの、それも女子サッカーの指導者を目指そうとしたんですか?」

「サッカーの指導者の資格を持ってるって嘘ついてさ、オリンピックん時の金メダル見せたら信じちゃったんだよ。サッカーで金メダル取ったことないのに。まさかサッカー関係者がだまされるなんて思わないじゃん。なんかノリでこうなっちゃった」

「真面目に答えてください!」

 俺は口を開け宙を見上げた。今日はこの調子で怒られっぱなしだ。

 仕方がない。


「実は俺はなでしこリーグという名称が嫌いだ。大和撫子という言葉は内向的で控えめであれという意味を内包している。そんなの男の願望、都合にるものに過ぎん。下手したてに出ても損することばかりだ。


 一方で日本は女性がスポーツをすることを奨励している。俺はここを足がかりにしようと決めた。フェミニズムの一助になれれば幸いだ。

 ……こんなもんでどうだ」

「素晴らしい!」

 心にもないことをひねり出すと体から松が生えそうになるな。

 

 11月。俺はB級コーチを取得。

 とある日、フランは怒り狂って俺の目の前に、何か見覚えのある本を投げつけた。俺の生涯をつづった『I am gay』だ。

「何が気にくわないんだよ」

「わたくしとの仲を公表しなさいって言ってるのに! これじゃ後退じゃない!」

「お前はまだ15歳。俺にも世間体ってもんがある。公表なんかしたら社会的に抹殺される」

 ともかく、俺に向けられていた疑いの目は一冊の本によって霧散……いや、緩和された。

 次は男子の指導を! と思っていたのだけれど。これはこれで障害にはなりそうだった。ま、しゃーなし。


 12月。3部リーグに相当する、なでしこチャレンジリーグ、オニギーリ茨城の米倉という男から監督をやらないかとオファーが届いた。指導者としての経験を積むに当たって歓迎すべき申し出だ。

 俺は断りの電話を入れた。

 年の瀬に、ヴァッフェは来期もなでしこリーグに参戦するとのアナウンス。


 2月。おっさんBに「あなたじゃなきゃダメなんです」と言われメロメロになった俺は請われるがままクラブハウスに向かった。気がつくとトップチームコーチの契約を結んでいた。

 ま、茨城に移り住んでマンションの掃除を業者にまかせるのもどうかと思う。去年植えた薬木達にもまだまだ世話が必要だ。その日のうちに教え子達から感謝の書き込みが降り積もった。



 2月24日。

「ククリぃ、今期のおすすめワン?」

「今期は豊作~。ダーリン・イン・ザ・フランキス。恋は雨上がりのように。伊藤潤二『コレクション』。衛宮さんちの今日のごはん。ゆるキャン△。ラーメン大好き小泉さん」

 そしてフランがログイン。

「久々だねー」

「ねー」

「さ、始めるぞ」

 剣もIN。

 おや? と、モーニングスターは眉を上げた。


「お前らは勇敢に戦い、善戦の末、1部残留を果たした。優勝は17勝1敗でエレメント横浜。ランスはU-19日本代表に選出された。メディアはエレメント戦の勝利も含め偉業だのミラクルだの騒いだが、連中はなんでも大げさに報道して感動秘話にしようとする習性があるので浮かれている場合ではない。ミラクルってのはレスターがプレミアを制したことぐらいでなければいけない。あれに比べればよくあることだ。

 

 サッカーには夢がある。

 

 可能性だけで言えばその辺の大学サッカー部が天皇杯を優勝して、ACLを優勝して、CWCクラブワールドカップを優勝することだって可能だ。


 さて。Jリーグの話から。

 浦和レッズは世界でも有数の熱狂的なサポーターを抱えるチームだ。観客動員数も日本トップで、収益も上がる。こういうチームはよく攻撃的な選手ばかり獲る病に罹る。強豪と呼ばれるチームは頻繁に相手チームにリトリートされ、なかなか入らないゴールにたびたびフラストレーションを覚えるからだ。傲慢になっている。


 それでも強けりゃ勝てる。攻め倒してしまえばいい。しかし、歯車が狂いゲームを支配できなくなると守備の時間が増え、小兵が多いチームでは不利を余儀なくされる。得点64はご立派だが失点54は下位のものだ。7位に終わった。だがリスクは覚悟の上。これがペトロビッチのサッカーだ。解任されている。

 柏木は『すべての外国人監督のなかで、最も日本人の良さを理解したうえで戦ってきてくれたと思う』と語った。

 ……。日本代表監督にも聞かせたい言葉だ。


 マンUは中盤より前目の選手にはひどく金を掛けるが最終ラインはおざなり。アーセナルももっと立ち位置をわきまえるべきだ。アーセナルにとって足の速いFWオーバメヤンを活かすのは一工夫必要だ。簡単ではない。ただしリトリートしておくだけで脅威になるだろうから、強豪相手かリードしたときにはもちろん有用だ。もっとも、本来真っ先に獲得すべきはソリッドなDFだと思うが。

  

 これにはシャツの売れ行きも絡んでいる。イタリアであればDFの名前が入ったグッズもよく売れるだろうが、他の国はそうはいかない。だから攻撃的なスターを獲りたがる。


 1mでも、10cmでも前でボールを奪えれば、より良いカウンターにつなげられる。いいDFがいることでも得点力の向上が望める。守備も同様でいいFWがいれば相手は前に出ることを躊躇ちゅうちょする。サッカーは攻撃と守備が一体だ。野球やアメフトのように分離していない。近年、レッズは大物外国人を獲っていない。強かったときのレッズにはエメルソン、ポンテ、ワシントンなどの格が違うアタッカーがいた。後にレッズの監督としても活躍するブッフバルトのような統率力のある選手もいた。しかし近年の浦和の補強は契約切れ移籍金0を狙ったものばかり。

 DAZNマネーで順位による見返りも大きくなった。思い切ってビッグネームの補強を考えて欲しい。


 余談だが過去、アーセン・ベンゲルは名古屋グランパスで日本に小さくない貢献をした。そして日本を愛し、稲本、宮市、浅野と日本人を獲ったが、失敗に終わろうとしている。何だか申し訳ない気持ちだ。



 普通、その国の首都ともなれば強豪と言われるチームが存在するものだがJリーグは例外だ。おそらく、Jリーグに関心がない人が多いせいだ。

 地方であればその地域の誇りをチームに乗せ、サポーターに変身する人が現れる。しかし東京はその必要がない。東京は誰の目からも日本随一の都市だ。人口減少社会にあって若者はこぞって上京し、未だ東京の人口は伸びている。

 人口を考慮するとFC東京はもっと観客を増やせるはずだ。無論、ヴァッフェもトップを目指さなくてはならない。


 9月時点では誰もが鹿島の優勝だと思っただろう。しかし失速し、川崎に優勝をさらわれた。以前にも話したが風間監督の川崎は攻撃至上主義。

 それが原因で負けることがあった。昨シーズンに就任した鬼木監督はうまくバランスを取って勝つための最適解を求めた。

 川崎のフロントはユニークなアイディアでサポーターへのおもてなしホスピタリティを図ることでも有名で、J2から這い上がり近年になるとすっかり強豪の仲間入りを果たしている。

 

 やはり、出身地は気になるもので。体格を重視して選手を獲り、J1残留を果たした札幌は、浦和を解任されたペトロビッチを招聘。ポゼッションサッカーのイメージがあるが札幌の選手達とどんな化学反応を示すか興味深い。当然、歯車がかみ合わない可能性はある。


 どうやらFFAオーストラリアサッカー連盟には学習能力があったようでW杯予選を通過後、ポステコグルー監督を解任した。

 当然だ。長所を活かさず短所で戦う指揮官では続ける意味はない。


 しかしオーストラリアがW杯GLで戦うデンマーク、フランスに対してはポステコグルーで良かった気もする。旧来のサッカーに戻しこの相手に対しオーストラリアがフィジカルで戦っても利はない。むしろポステコグルーのやり方の方がうまくいく可能性がある。コンフェデではドイツに対して2-3の接戦を演じた。

 日本やタイにパスサッカーで挑むのがおかしいのだ。明確にミスマッチ能力のギャップがあったのだからそこをかない手はない。まあ、引き出しがそれしかないのかもしれないが。


 で、無職になったポステコグルーを横浜F・マリノスが獲った。これは面白い試みだ。少なくとも不協和音は鳴らないだろう。

 

 後はガンバ大阪。レヴィー・クルピを日本に呼んだ。俺好みのパスサッカーを見せてくれるだろう。遠藤保仁も重用されるかもしれない」

「鼻毛カッター」


「おととし亡くなったヨハン・クライフは言った。


『2年目の方が難しい』


 そんなわけがない。2年目の方がノウハウが蓄積し、また選手のことも理解できてよりよい指導が出来る。

 翻って海外サッカーを見てみよう。

 モンテッラ監督のミラン。大枚はたいて補強したが成果出ず、解任。

 昨シーズンプレミアを制したチェルシーのコンテ監督。解任がささやかれている。

 昨シーズンブンデスを制したバイエルンのアンチェロッティ監督。ご解任。

 昨シーズンリーガを制したレアルマドリーのジダン監督。クラシコになったスーペルコパで連勝。強気なピケに『初めてレアルが上だと感じた』と言わしめた。しかしリーガが開幕すると昨シーズンの強さはどこへやら。もうバルサにユダでも現れない限りリーガ優勝はない。

 ルイス・エンリケ政権下のバルサも1年目に3冠。ペップ政権下のバルサも1年目に3冠を獲得している。

 他多数だがこれぐらいにしておこう」


 フランが声を上げた。

「いいですか? でもモウリーニョは2年目が強いと言う実績があります。そしてペップのマンチェスターシティも1年目は冴えませんでしたが2年目、破竹の勢いです」

「これは痛いところを突かれた。異論はない。では考えねばなるまい。この前者と後者を分かつものは何だろう」

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